秘剣の秘密

「貴様が三歩激突の使い手だとは、分かっている」

「だから、違うって」

 源三はごまかす。


 だが、四法印は退かない。

「今日こそ化けの皮を剥がし、吾輩の千騎剣せんきけんの錆にしてくれる!」

 妹そっくりの黒縁メガネの奥で、漆黒の瞳が光る。


「オレは疲れてるんだ。今度にしてくれ」


「問答無用! 千騎剣、サルスベリ!」

 窓を遮る手すりを滑りながら、四法印は斬りかかってきた。


 ふーみんを庇いながら、源三はカバンで竹刀を受け流す。


「いい加減にしろ。オレは武術の達人じゃない」

「ならば、どうしていつもお前に負ける? 今日という今日は、お前に一太刀浴びせねば!」

  

 四法印が、竹刀で突きを叩き込んでくる。時に正面から、時に死角を狙いながら。

 そのことごとくを、源三はカバンで防いだ。

 

 軽い。

 千騎剣は、一騎当千の剣だ。一体多数を想定している。

 だから、一発一発が弱い。

 いわば、ザコ戦の剣術だ。


 一撃必殺に主眼を置く三歩激突とは、相性がいいとは言えない。


 とはいえ、見逃せないポイントもあった。


 戦闘回数を追うごとに、四法印の動きは速度が増している。彼も彼なりに、腕を磨いているようだった。


 妹に似て、兄の方も顔立ちが整っている。

 性格も、兄の方も真面目を絵に描いたような好青年だ。

 剣術バカでさえなければ。


「お兄ちゃん、めっ!」

 ふーみんが、四法印の前に立って、腰に手を当てる。

 ショートカットの髪が揺れた。

「生徒会長でしょ? 後輩に手をあげたらダメじゃん」


「どけい文佳、吾輩には討たねばならぬ剣客がいるのだ! ここで勝負せねば、恥となる!」


「今でもお兄ちゃんは十分恥だから!」


「ぐ」とうめき、四法印が竹刀を納める。

「今日の所は退いてやる。だが、次はないと思え。いつか、百年前に敗れた屈辱を晴らす!」


 いつの時代の話をしているのか。


 確かに、他流試合にて、三歩激突が千騎剣を破った事実はある。


 千騎剣が多人数を倒すのに適していたのが悪いのだ。千騎剣が弱いわけではない。


「ごめんね、兄が迷惑をかけて。じゃあ、責任を持って連れて帰るから」

 ふーみんは、強引に兄を連れ出す。

「待て文佳! 話は終わってない!」

 プンスカと怒る四法印を引きずって、ふーみんは下足場へと急いだ。

 

「んあー」

 また、逃げられてしまった。


 いつから、彼女を意識し始めたのかは、分からない。

 強面の源三にクラスじゅうが怯える中、ふーみんだけは源三を怖がらなかった。視界に入っていないだけなのかもしれないが、それでもいいのだ。


 だからこそ、自分が武術の使い手だとは、絶対に隠さなくては。


 三歩激突の恐怖を感じたのは、七つの時だ。

 当時の源三は、ここではない土地で暮らしていた。神社に続く石段で友人と遊んでいたときのこと。階段に爪先をとられ、つまづいた。身体を守ろうとして、石段に手を突く。ボッ! という音がして、石段に小さなクレーターができた。

 そんな些細なことでも、源三は転校することに。

 十年経った今でも、友人の怯えた顔が、今でも目に焼き付いている。


 そんな顔、ふーみんにはして欲しくない。


 思い出すと、腹が減った。ファストフードで済ませるか。

 道場では、動きを鈍らせるからと、買い食いは禁じられていた。

 最近、身体がハンバーガーをよく欲している。秘密を隠すことというのは、ストレスがたまるのかも。

 今日は禁を破って、モールにある二キロの名物バーガーでも食してみるか。


「大変だ!」


 寄り道して駅前のモールまで歩いていると、クラスメイトのカップルがオレに駆け寄ってきた。

 また厄介毎かも、と身構える。


「四法印くんが、不良とケンカになって、文佳ちゃんが!」


「ふーみんが!?」


「妹さんを人質に取られて、四法印くんがボコボコにされてるの!」

「あの野郎、無茶しやがって!」


 詳しい場所を聞き出し、源三は駆け出す。

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