貧乏くじ男、東奔西走

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

秘剣・三歩激突

「ありがとう、源三くん」

「あ、いや」

 宇木うき 源三げんぞうは、服に付いた木くずを払う。

 


 台風で道を塞いでいた倒木を、源三が己の技で破壊したのだ。

 源三に礼を言いながら、数台のチャリやカブ、原付が走り去っていく。みんな、源三は重機とチェーンソーを駆使して、倒木をどかしてくれたのだと思っている。

「もしよかったら、一緒にお食事でも」

 モジモジしながら、クラスメイトは頬を染める。

 

「いいんだ。それより図書室に用事があるんだよ」

 源三は立ち去る。

 クラスメイトの隣にいる男子が、彼女の肩を抱く。

 別に彼女のことを気にしているわけではない。あらぬ誤解を招く前に、退散した方が良さそうだった。


 図書委員の仕事を頼まれていたのだが、台風による道の復旧する助っ人に駆り出されたのだ。

 

「ふーみん、すまん。遅くなった」

 図書委員長の四法印しほういん 文佳ふみか、彼女はほんわかした性格から、クラス内で「ふーみん」と呼ばれている。

「早いね。何かした?」


 言いながら、ふーみんがショートカットの髪をかき上げ、黒縁の眼鏡を直した。長めのスカートで包んだ足を組み替える。


「いや、重機の資料があったからさ、うまくいった」

 見え見えの嘘だ。


「ふうん。重機とかの方が、道を通れなさそうだけど?」

 本に目を移しながら、ふーみん委員長は鋭い言葉を投げかけてくる。

「本当は素手でどかしてたりして」


 射貫くような視線を、ふーみんは向けてきた。だが、すぐにいつものゆったりした表情へ。


「冗談だってば。怖い顔しないで」

「あ、いや。そんな顔してたか?」

「うん」


『三歩激突』


 三歩分の歩幅さえあれば、相手を破壊できる必殺の剣。

 その使い手は代々、帯刀していなかったという。

 幕末を最後に、その技を受け継ぐ者はいないとされていた。

 だが、その血は脈々と受け継がれていたのである。

 

 そして現代、三歩激突を引き継いだのは、わずか一七歳の少年だった。


 今回も、倒木をその技で切り刻んだばかりだ。

 昨日は昨日で、台風による落石を切り裂いた。おとついは、トラックにはねられそうになったネコを歩道へと誘導したっけ。


 いつも、ふーみんと帰ろうとしたときに、何かが起きた。

 その度に、ふーみんを先に帰す。


 誰にも見られていないのが、奇跡のように思える。

 

「ところで、頼まれた資料、持ってきてくれた?」

「あっ!」

 すっかり忘れていた。

 もともと古本を積んだ軽トラックを通すために、倒木処理をしたんじゃないか。

「すぐ、もらってくる!」

「もういいよ。運転手さんが持ってきてくれたから」

 本高校に献本された、文庫本五〇冊が、ふーみんの足下に並ぶ。ふーみんは状態チェックのため、片っ端から読んでいるらしい。

「悪かった」

「いいよ源三君。キミのおかげで本が来たんじゃん」

 本を適当に読み流し、ふーみんは図書館に置けそうな本にチェックを再開する。傷んでいたり、内容が学生向きではない本は段ボールにしまった。

 検見が終わった物から、源三が本棚に置いていく。背の低いふーみんでは本棚に手が届かない。身長が高くガッチリしている、およそ文化系にはほど遠い源三が図書委員をしているのは、この仕事があるためだ。本を扱うのは、けっこう体力が必要なのである。

 

 この図書館は、勉強禁止と言うこともあり、机は受付にしかない。調べ物ならスマホで十分だろうとして、検索用PCも置いていなかった。あるのは過去の新聞くらいである。前時代的な図書室の構造のせいで、利用者は少数に限られている。


 ふーみんは、この旧態依然とした空間が、気に入っているようだった。本に集中できるためらしい。

「ねえ、つまんなくないの? もっと身体を動かす部活の方がいいんじゃ?」

「いや別に」

 もっとも、源三には別の目的がある。ふーみんと二人きりになれるという目的が。そのために、源三は図書委員に立候補したのだから。

  

 ふーみんは、本をパタリと閉じた。

「さて、残りは明日やるとして、帰ろうか」

 

 戸締まりをして、源三とふーみんは鞄を肩に担ぎ直す。


 台風より厄介な相手が、廊下の中央で仁王立ちしていた。

 

「今日こそ決着をつけるときが来たようだな、宇木源三!」

 長身の男子生徒が、剣道の竹刀を巾着から抜く。構えも剣道のそれではない。ビリヤードのキューを構えるような体勢である。


「また、あんたかよ。四法印しほういん 勅佳ときよし

 どうしてこんなヤツが先輩で、生徒会長なのか、源三にとっては未だに謎だった。

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