第18話 松風の焦燥
院主が入浴している間、松風は血眼で彼女の部屋を荒探しさせていた。
『何も出ないはずがない!』
松風は自分の勘を信じ、絶対に院主の尻尾を掴もうと躍起になっていた。
ここで証拠が出なければ、松風は早々に院主に対して負い目を持つことになってしまう。調度品や道具の中、畳の下まで探させたがやはり、何も見つからない。
しかし、確かに院主の硯には墨が擦られている。
絶対に何かを書いたには違いないのだ。
『おかしい、絶対におかしい』
松風は白髪が目立ち始めた頭を抱えた。
自分の今までの経験では、こんなことはなかった。戦乱の世も、大奥という魔窟でさえも生き抜いて出世してきた自分が、あんな小娘に負けるなんてことは到底受け入れられなかった。
『ああ、あのお方にどう報告すればよいのか』
松風の頭に浮かんだのは、傷つけられた自分の誇りよりもまず、春日局の顔だった。幾ら将軍家の後ろ盾があるとはいえ、公家出身の姫君にあれ程の仕打ちをした挙句「何も出ませんでした」では、流石に外聞が悪い。
部下である松風の尻拭いをするのは当然、春日局の役目だ。独断で動いた自分を、きっと春日は疎んじるだろう。
そうなればもう、松風が生きていく道はない。
『こんなところで、私は死ぬわけにいかない』
追い詰められた松風は、院主が使っていた筆を手に取った。自分の懐紙を取り出し、慎重に墨を染み込ませる。
密書の捜索を行っていた侍女の一人が、松風の行動に驚いて走り寄った。
「何をなさっておいでなのですか!?」
「しっ、声が大きい。ここで見たこと、絶対に外に漏らすでないよ。いいね?」
威圧的な態度で部下の女を黙らせると、松風は紙の上に『六条小路家当主さまへ、慶光院院主より』と優美な筆致で書きつけ始めた。
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