悪役花魁だけど脱走したら大奥で側室になっちゃったんで、とりあえず将軍に毒を盛ろうと思う

水谷 耀

第1話 次期将軍、誕生

「力んでくださいまし、思いっきり!」


 絢爛豪華な室内で、産婆の声が響いた。

 真っ白な羽二重はぶたえ布団で苦しんでいるのは、一人の美しい側室だ。

 黒々とした艶やかな髪を振り乱して、白玉のようなきめ細やかな肌を紅潮させたまま、一心に子を産み落とそうとしている。


 この部屋には何人もの女中が世話係として詰めていたが、その女達とは比べ物にならないほど高位な女が、部屋の隅に上品に座っていた。白絹の上に、金糸をこれでもかと織り込んだ打ち掛けを着こなしたその女は、ゆっくりと呼吸をしながら、出産の様子を固唾を飲んで見守っている。


 だがこの出産の行方を気にしているのは、この部屋にいる女達だけではなかった。部屋の外には、他の勢力に属する女達が詰めかけて、ひっそりと聞き耳を立てているのである。この城の広い長局ながつぼね中が、ビリビリとした緊張感に包まれていた。


 だが一番緊張しているのは、先程の金糸の打ち掛けを着た女であろう。この出産が上手くいくかどうか、赤子が男児か女児か、それがこの女の未来を支配するからだ。


「ああ……」


 美しい側室がお産の痛みに耐えかねて、気を失った。産婆が叫び、世話係達がパニックを起こし、金糸の女の顔が青ざめる。


 その瞬間であった。

 

「おぎゃあああああ!」

 

 元気いっぱいの産声が、部屋中に響き渡った。それはとてつもなく大きく、長局中、いや、将軍様がいらっしゃる中奥まで届いたかもしれない。


「わ、若君にございます、若君にございます!」

 

 産婆の狂喜の声が聞こえる。金糸の女は、そのまま床に崩れ落ちた。


「……勝った」


 女は床に伏したまま、満面の笑みをニヤリと浮かべた。

 

 ――ここは江戸城大奥、将軍がおわす女の花園。

 女が唯一、天下を取ることが出来る場所である。



語句

長局(ながつぼね):大奥女中達の日常の居住空間。

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