第50話 修練苦痛
「おおおっ!!ファイトだっ!!僕ッ!!」
恐怖疾走――。今の僕の状況を言うならば、こうなるのかもしれない。
そりゃもう、こうするしかないだろ。誰だって、こうする。
「全力で、逃げろォオオオッ!!」
練兵場・スカイフィールド内にて、僕は逃げていた。木々の間を抜け、駆ける足。漂う甘い香りを味わう暇もなく、走っている。
「キキキキッ!!」
「キキッ!!」
背後から聞こえてくる、複数の鳴き声と、土を踏み荒らす音。
それらは、どんどん近づいて来ている。差が開かない。
(調子に、乗りすぎたっ)
まさか、こんなピンチに陥るなんて。ジン太の忠告を、ちゃんと聞いておけば良かった。
不幸中の幸い、群れの動きはそこまで速くない。今はまだ、逃げられる。このまま、行動エリア外へ、森林エリアを抜ければっ。
(だが、ここはスカイ・フィールド!逃げ切れるか!?)
ぎしぎしと、心の奥から聞こえる不快音。やっぱり、この場所だときついな!
「おっふ!?」
地面に転がっていた蔓に、右足を引っかける。やべっ!このまま転んだら……!!
「ぐっ!」
ばたんと、前方に倒れる。
僕は急いで体を起こしながら、後方に目を向けた。
「キキキッ!!キキ!」
小型の斧を持った、二足歩行の豚の様な白い獣。
(役所で貰った資料に、あった姿……)
練兵場に出現する敵対存在。【練兵獣】の一種。修練の要素を詰め込んだ才力(サイクロ)を、【内部構築】の技術によって具現化した存在(他にも様々な才力を混ぜ合わせ、生み出されるらしい)。
この森林エリアに生息する【ダッシュポーク】だ。名前の通り、敵対存在を見つけると凄まじいダッシュで襲いかかってくる、危険な奴だ。
強さ自体は、平均より下だが。
(五体までなら、問題なし!いちにいさんしい……あっ、駄目だこりゃ、終わった)
数えて出た数、十二体。とても、相手にできるレベルじゃねぇ。
「や、やってやらァッ!!」
上体に巻いたベルトでしっかり固定した、僕のマイ・武器。それが、残っているなら。
(やれるっ!いや、やるっ!僕にはまだ、隠された力だってある筈なんだーッ!!豚野郎が、なんぼのもんじゃい!!)
僕が覚悟を決め、剣を引き抜き、構える。
「キキキキィ!!」
「キキィ!」
それに合わせるよう、群れの先頭二体が、斧を振りかぶった。
「うおおおおォッ!!」
「!?ジン太ァ!!」
群れを横合いから吹き飛ばす、大きな人型砲弾が突っ込んできた。
その暑苦しい突撃は、確実に熱血ジン太。本当に暑苦しい!
「――しっかし!助かったァッ!!最の高の友よォ!!」
「んなこと良いからッ!お前も、手伝えっ!!この数は、ちょっとやばいっ!!」
三体のダッシュポークが、両側からジン太に斬り掛かる。
「フンッ!!」
ジン太は両腕を広げ、三つの斧を受け止めた。
「キキッ!?」
強靱な防御上昇の前に、砕け散る三つの鉄塊。
「お返しだ」
それ以上の鉄塊が、ジン太の両拳から、三体の獣に放たれた。
「ホギャッ!!」
「グぎゃら!!」
「ききっっ!?」
数発の拳を受けて飛び、地面に落ちていく。
「仕留めた」
その体が土に接触する前に、三体は緑に輝いて。
(緑の炎!あの数発で、撃破したか!すげぇな!)
緑色の炎に包まれながら崩壊し、跡形もなく消える練兵獣。持っていた斧すら、同様に消えた。
(こっちも、よっ!)
それを見ながら、陽を纏った一撃を、目の前の豚野郎にぶち込んだ。
「ぶぎぃ!!」
顔面にヒット。奇声を発しながら、後ろに倒れる。
斬った感触はない。倒し切れてない証拠だ。
(あと何発ぶち込めば、倒せるんだかな。……保つか?)
一撃が重い。腕が、上手く動かない。汗が、頬を伝う。
この状態で戦い続けるのは、至難といえる。
「……せっかく、助けが入ったんだ」
ジン太が群れの多数を相手にしてくれてるのなら、勝機はあるだろう。
「とことん、やってやるッ!!」
向かってくる二体と、起き上がりそうな、さっきの一体。
僕は、器の動力を最大限発揮し、剣を激しく煌めかせる。
「キキィッ!!」
「どらあァッ!!」
斧二つを、真っ向から受け止める。いや、打ち砕いてやるッ!!
激しい金属音を響かせ、再び修練が始まった。
●■▲
「はあっ……!!はあっ……!!」
息を切らし、剣を支えに、立つ姿は非常に頼りなく。
全身がだるく、なにかをしようとすれば、直ぐさま倒れそうだ。
「なんとか、なったか……ぐっ!」
僕の周りには、二つの炎が発生している。どちらも、僕が倒した練兵獣のもの。
戦い、掴んだ、成果の証明。そう考えれば、綺麗にも見えるかもしれないが。
「う……がっ……!!きつい……!!」
綺麗に思う余裕もなく、心を侵す激しい苦痛に翻弄される。
苦しい、気持ち悪い、頭がガンガン痛む。巡り続ける負の感情。ズボンを濡らす傷口が、妙に鬱陶しい。
「右足に、くらっちまったか……」
豚野郎に受けた傷。防御上昇で軽減したとはいえ、それなりには堪えた。
「それに、比べて」
僕は、少し離れて右前方、そこにいるジン太に視線を向けた。
奴の体には見たところ傷がなく、どうやら敵の半数以上を葬ったようだ。
(周りに、五つの炎……それで、無傷かい。おい)
あのトンでもパワーは、想像以上なようだ。……今回は、微妙に様子が違ったしな。
「はあっ……ふぅ……よし」
息を整え、僕はジン太に近づいていく。
(手助け、しないとな)
「はっ……!!はぁっ……!!ハアッ……!!」
ジン太は、仰向けで地面に倒れていた。
顔色は悪く、僕以上に息は乱れ、尋常じゃない汗をかいている。
黒の上着が微妙に破れているが、無傷ではあり、肉体にダメージは負っていない。
(ならば負ったのは、精神に)
【精神負荷】。
練兵獣が持つ、能力と言えば良いのか……とにかく、戦闘の際に掛かる、精神的な負担の事。
(あれだけの数を相手にしたんだ、流石のジン太でも……)
僕の無謀な突撃の所為で、こんな事になるなんて。心の何処かで、奴なら大丈夫だと思っていた自分がいた。
「……わりぃ。負担かけ過ぎちまったな。ジン太」
近づき、片手を差し伸べる。
「はぁっ……!……この、アホが……!はっ……!まあ……結果的には良い修行になった……」
途切れた言葉を発しながら、ジン太は自力で起き上がる。どうやら、手助けは余計のようだ。
相変わらず、根性野郎だな。
「言いたいことはあるが……!まずは、この森を離れてからだ……!ハァ……」
「ここなら、大丈夫だと思うけどな。ダッシュポークの行動パターン的に考えて」
「念の為だ。……木の上から、飛びかかってきたら困る」
「木の上?」
そんな行動はしないと思うが……念の為、離れた方が良いのは納得だ。
「……歩けるかよ」
「問題ない……!これぐらい、青春の力で……!まだまだ……!」
余裕がないせいか、隠している熱血波動がもれているな。
(大した奴だよ。お前は)
背中を叩こうかと思ったが、本当に倒れそうなので止める。それぐらい、ふらふらだ……。
「拠点に戻って、一旦休まねぇとな……」
「……ああ」
ジン太も、休憩には同意のようだ。堪えてるのは、間違いないな。
(森林エリアを出て直ぐの、草原エリア)
このスカイフィールドには、いくつかのエリアがあって、その中の草原エリアに拠点はある。
(休んだら、もっと鍛えねぇと)
とても、スカイラウンドで優勝は出来ないだろう。
それどころか、この場所から出ることすら。
(高山エリアに出現する番人、何人もの戦士を再起不能にしてきた、怪物を倒す為には)
ある天上学院生は、それと戦い、生き延びたという。しかし、彼と一緒に入った仲間は死に、そのショックもあって、二度と戦士として戦うことはなかった。
「折れるもんかよ……絶対に……」
必ず達成する。ジン太と二人で、帰還して。
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