第25話 信じるもの
色々と、そういう顔は見てきた。
「だっせー」
俺を見下し、馬鹿にする顔だ。あの目、あの口、あの鼻、とてもよく覚えているとも。忘れてなんかやるもんか。
「ほんと、駄目だよな。おまえって」
くそ……天才と比べれば誰だって……!
……もっとだ、もっと努力を。
そうすれば、ある程度はできるようになる。
しかし、俺が認めさせたいのはそういうことじゃなく。
「いやー、頑張ってるじゃん!」
上手くいかなくても、そういう言葉を言ってくれる人はいた。嬉しいんだが、本気の本気でそう言ってる訳じゃないのは、顔を見れば分かった。言葉を聞けば分かった。
どうやら俺を馬鹿にする顔を見続けたせいで、罵倒を聞き続けたせいで、そういう事に鋭くなったようだ。そのせいで、どうにも素直に言葉を受け取れなくなっていた。
実際、そう思われることは仕方ないし、そういうものなんだなと思っていた。
そんな時に、彼女に会ったんだ。
「はじめまして。わたくしはフィア」
そこは彼女のお気に入りの花畑。白・ピンク・黄色……色んな花が咲き乱れる場所で、俺は出会った。
白い衣装を身に纏った、美の化身と。
「はい。俺はジン太です。はい」
目の前には、俺と同じぐらいの背丈の、絵に描かれたような綺麗な女性。その慈しみを感じる瞳に、癒されるような気がした。……あの大きさは目に毒で、困ったが。
俺は滅茶苦茶緊張していた。足が、ちょっと震えていたかもしれない。これは護衛のお兄さんが怖かっただけで、美人過ぎてとか、そんな不埒な理由ではないんだよ。
……その護衛のお兄さんは、どうにも妙な感じだった。なんというか、「俺、要らなくね?」的な態度。感心しないと思ったが、その後に理由が分かった。
そりゃ要らないよな。なんなのあの人。
「失礼ですわね。わたくしのような、か弱い女性に向けて」
悪戯っぽく微笑んで、彼女はそんなことを言う。
「ははは、ナイスジョーク」
君がか弱かったら、みんな貧弱ポーイだ。
「それでも護衛が付いてるのは」
それだけ、大事にされてるということなのだろう。
彼女の自由が、制限されるほどに。
「どうしたフィア。眠そうだな」
ある日の夕方。
「フフ……今日、貴方と会えるのが楽しみで、夜更かししてしまいました」
「それは光栄だが、そんなに何が楽しいんだ?」
花畑に腰を下ろしたフィアの目が、まどろんでいる気がした。
「ジン太様の、旅の話が聞きたいのです。とても興味があります」
フィアはそう言った。周りは夕陽で照らされ、赤く染まって。その中で眼下に座る彼女は、幻想的に見える。
「旅の話か……」
そこで俺は少し悩む。話と言っても、どういう類の話が良いのだろうか。はらはらどきどきの体験……何気ない話……。
「どんな話でも構いません。貴方の体験を、貴方の心情を、聞きたいのです」
綺麗な眼差しで、俺を見上げてくるフィア。やはりドキドキするな……。目を逸らしてしまうっ。
「分かったよ」
俺は話した。貴重な体験から・平凡な体験・お馬鹿なこと・大変だったこと。遭難しかけたとか。ヤシの木が生えた、小さな無人島を見つけただとか。槍を持った半裸の住人に、追いかけられたとか。
「まあ!そのようなことが!」
彼女があまりに楽しそうに聞くものだから熱が入ってしまって、みじめな体験まで事細かに喋ってしまった。人によっては、滑稽すぎると大爆笑する話だ。
「ですが、頑張って乗り越えたのですよね」
それを彼女は、笑うことなく真剣な顔つきで聞いていた。
「……!?」
本当に真剣な顔つきで。
俺はその顔を、まじまじと見つめていた。
「?、なにか」
「あっ、悪い。なんでもない」
それは嘘だ。俺は彼女に見とれていた。その時の彼女の顔は、いつも以上に美しく魅力的に見えたんだ。
「今度は、いつ会えるかな」
それからも何度か交流を重ね、俺は彼女に惹かれていった。
「頑張り続ける貴方の姿勢は」
――もしかしたら、俺より彼女の方が。
「……?」
目を開ける。
暗闇が見えた。
ここは……。
「……俺の、部屋」
間違いなくそうで、俺はベッドに仰向けに寝ている。
布団を少しのけて、上体を起こす。
「……!」
汗が頬を伝う感触。俺は、異常に汗をかいていた。
その理由は分かっている。
(フィア……)
彼女の事だ。
リアメルの誘拐未遂……本当にあれだけで終わりなのか?ジーアは、他にもそれを行った者達がいると言っていた。それなら、彼女は。
(大丈夫なのか)
俺は、もうあの国には戻れない。まんまと利用されて、フィアを危険にさらし、逃走した。
激しく、歯ぎしりする。
(フィルの話では、天上がいると)
あの国に、フィルを仕留めようと天上の追っ手が来ているという話だった。なにやら過去に因縁がある人物らしいが、それでは余計にあそこには近づけない。関係ない人間に、危害を加えようとはしない人物らしいのは良かったが。
「……」
……冷静に考えよう。
リアメルには、ジーアの他にも騎士団長がいる。それになにより、フィアがそう簡単に連れ去られるとは考えにくい。
大丈夫だと、俺は何度も自分に言い聞かせる。
そう、心配はないはずだ。
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