第16話 好き嫌い
「強すぎだろ。あいつ。もう泣きそう。歩くだけで、体が痛い」
次々と物体から発せられる、雇い主の情けない泣き言に、うんざりしてきたノードス。この男は空気が読めない、もしくは読まないと考える。率直に言って、うざったい。
「へー、そりゃ大変だったなー」
応答の言葉には、既に気力が抜けていた。このまま行けば、間違いなく連絡を切るだろう。
「なんか反応冷たいなー!」
「気のせいだよ。……ところで用件は終わり?泣き言で終了?」
「そんな訳ないでしょ!ここからが本題!」
まだ本題に入ってなかったのかよ。はよ入れや。という言葉は面倒なので除外した。
「ノードス君は、人付き合いが出来ないなー!!娯楽の類、没収するぞ!!」
「首、要らないのか」
ガルドスの言葉に、ノードスは強く反発する。怠慢の地の浸食は、彼にとって許されざる行い。
「そんなに大事かよ。あのおかしな板とか、変な人形が!分からない!引き籠もるのは、体に悪いぞ!」
「分かんなくて、いいよ」
「……まー、でも、面白い絵が描かれた本は良かったな!目玉、飛びすぎだろー!!また貸してね!俺のセンスが強化される!」
ガルドスが言ってる本とは、貸したギャグ漫画のことかと、ぼんやりとノードスは思った。彼がふざけたものを好きなのは、なんとなく分かっている。いや、なんとなくではないか。一目瞭然ですがな。
「……そろそろ、本題どうぞ」
「――オレの仇を討ってくれ」
「うわー、情けなー」
流石に引いてしまうレベルの情けなさ。
本気で言ってるのか、判断に迷う。
「大丈夫だ。オレ……と……フィアで、それなりの傷は負わせたからな。今なら楽勝だろう!」
「地味な意地、張んな」
「うるさいよっ!……昔の仲間だから、やり辛いか?」
昔の仲間、元々は同じ集団に所属していたノードスとクルト。共に戦ったことだって、当然あっただろう。
「まさか。楽に始末できるなら、喜んで」
しかし彼は、そんな事などまるで関係ないと、あっさりと頼みを聞き入れた。
「……ほう。ずいぶんと嬉しそうだな」
「そりゃ嬉しい。奴は嫌いだ。エルマリィも嫌いだ」
昔の仲間?それがなに?食えるの、それ?といった感じで、ノードスは同じ天上を嫌悪する。
邪悪に歪んだ顔が、不気味に細められた目が、殺意を含んだ口元が、それが虚偽ではないと語っていた。
「エルマリィも嫌いって……仲間割れは止してよ!?」
「安心。あの女は隙がなさすぎ。不意打ち無理。楽には行かない」
安心してくれと、ノードスは語る。だが、楽に行かないから危害を加えないという言葉は、ある一つの事実を示していた。
「……楽に始末できる状況になったら、どうするんだ?」
「始末する。……なんて冗談。殺意は本当」
「なんでそんなに仲が悪いんだよ!?割とどろどろした関係だったのかい!お前さん達!」
「別に。あっちは、嫌ってないんじゃない。おれが一方的に嫌ってるだけで」
ショックを受けた感じのガルドスとは対照的に、ノードスは平然と嫌悪感をむき出しにしていた。
「まっ、とりあえず適当に探してみっからさ。首だけ持ち帰れば良い?」
「お、おう。仲間のあまりにドライな対応に、ちびってしまいそうですよガルドスさん……!がたがた!ぶるぶる!」
ガルドスは、鬱陶しくわざとらしい反応を返し。
「――なるべく、生け捕りで頼む。やるなら、無惨にやらないとな」
後に、重々しく情を感じさせない反応を返した。
●■▲
フェルンの右端の通りから、東にある殺風景な道を行くと、其処に繋がる林が見えてくる。
「――許さ――!」
姿を見せるは騎士の館。
門は壊され、窓ガラスは割れ、すでに破壊の手が伸びたあと。
鉄の柵に囲まれた館の庭には、不穏な雰囲気が漂っていた。
「殺してしまったか」
広い芝生の庭に立つ、二人の男女。男の特徴は、肩まで伸びた茶色の髪。女の特徴は、銀髪のポニーテール。
エドワードとエルマリィは、館の前にいた。二人の周りには、灰の鎧を着た多数の兵。
「はっ!申し訳ありません!あまりに抵抗が激しかったもので……」
二人に頭を下げながら、謝罪する一人の兵。
「勢い余って……」
兵の視線が向けられた先には、館の主の姿が。鎧を着ているが、兜は頭の近くに転がり、その顔が露わになっている。
「無念そのもの、だな。隣も」
エドワードが無感情に言う。装っているようにも、聞こえる。
館の主の隣には、もう一つの屍があった。
茶髪の大人の女性だった。
「……女はともかく、男はまずかったな。この男は、天の使いとも交流があったようだ。生かしておかなければ」
「……どうするつもりなのかしらね?」
「だいたい想像はつくな。あの人がやりそうなことだ」
エドワードの想像は、過去の光景から作られたもの。暗く湿った部屋で、見てしまった光景。
昔、あの人のやり方を見たことがある。
もう二度と見たくないと思った。
(解体された、【物】もそうだが)
あの人は、楽しそうに笑っていた。
人間はこんな状況で、こうも純粋に笑い転げることができるんだと、知りたくないことを知ってしまった。
「……あの男のやり方ね。そこまで詳しく知らないけど、ろくでもないことだけは分かる」
「印象悪いのか?あの人の」
エドワードの問いに、エルマリィは若干顔を歪めて答えた。
「好物と汚物を、掻き混ぜたって印象よ」
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