第15話 底

「フンフン、フーン♪」

「上機嫌ねー!それにこの音楽……」

 王の間には、どこからか音楽が流れていた。陽気で、どことなく間抜けな印象を与える音の響き。

「良いもんだろ?オレのお気に入りー」

 ガルドスは音楽に合わせてステップを踏み、血塗られた部屋の中心でダンスを披露する。

(なにあれ?キモい。妙な動きね。キモい)

 他者からダンスに見えるかどうかは、別にして。

「フーン♪フーン♪」

 そんな評価も知らずに、彼はノリノリで踊り続けた。

 自己評価は、それを見れば一目瞭然。

「――ここで、華麗にターンッ!!」


 ターンの直前、部屋の扉が吹き飛んだ。


「どわァぁああッッ!?」

 床に砕け散る複数の木片、それと連動してずっこけるガルドス。そのまま、床に顔を叩きつけてしまう。

「ぐぶっ!!な、何者だッ!?者共出合え!!」

「私しかいない」

 あたふたしながら、ちぐはぐな事を口にする男に、冷静な突っ込みが入った。

「そうだったな……!クソッ!誰だ!?オレの至福の時を……!」

 慌ててガルドスは立ち上がり、玉座の反対側、扉の方へ目を向ける。

「お、お前は……!!」

 扉を破壊した人物は、重い足取りで部屋に入ってきた。鳴り響く金属音は、着ている鎧から。


「悪党が、覚悟しろ」

 

 凛々しい男の声。顔以外を覆う黒いスマートな鎧に、右手に持った小型の漆黒斧。良く見ると、鎧には血痕らしきものが付着している。リアメル周辺展開か王都襲撃中の部隊を撃破してきたか。と、ガルドス。

 彼は憤りをぶつけるように、足下の木片を踏み砕き、ガルドスへと接近する。その緑の瞳は、赤く赤く燃えているように見えた。

「切れ長すぎる目に、黒髪、背は普通、中年ぐらいか?髭かっこいい……お前は」

「誰だ?とか言わないでよー」

「心が読めるのか?フィア」

 感心するガルドス。

「お前いつの間に、そんな才力を」

「……」

 フィアは、別の意味で感心した。

「……そろそろ、良いか?私は、茶番を見に来たのではない」

 フィアとガルドスのやり取りをわざわざ見過ごしてくれた襲撃者は、斧を構えて戦闘態勢。

「おっと、やる気満々か。それは良いが、出来れば誰なのか教えてくれないか?」

 両手を挙げ、降参の意思を示すガルドスだが、まだ余裕はあるように見える。

「……良いだろう。私の名は」

 襲撃者の男は、良く響く声で自己を示す。


「【天上】の一人、クルト」


「――」

 一瞬、だけ。

 ほんの一瞬だけ、ガルドスの瞳が、鋭く細められた。

「へえ、天上」

 軽い感じでリアクションをするが、全体に纏う警戒の気配は明らかに濃くなっていて。その場に、ぴりぴりとした雰囲気が発生する。

「なんで天上が、オレを仕留めようと?」

 理由はだいたい想像がついていたが、一応聞いてみる。

「これだけの非道を行っておいて、そんなことを言えるとは。大した悪党だ!」

 やっぱりか。と、自分の予想が的に当たったことを確認。この男は、ただ目の前の悪逆が許せず介入した、馬鹿者だと。

「つまり……この国を攻め落とすオレを、止めにきたと」

「そちらの対応次第だ。それによっては、容赦せず排除する。貴様は、やり過ぎた」

「やり過ぎか。確かにそうだな。しかし、お前とリアメルに何か関係があったか?そんな話は聞いた覚えがない」

 額に人差し指を突き付けながら、彼は自分の記憶を探る。うーんと、探ってはみるが、やはり覚えはない。

「関係なくては、関わってはおかしいと?……貴様のような外道が言いそうなことだな――目の前で非道を行う者がいる!それだけで理由は十分だ!」

 胸の前で握り拳をつくり、熱く語るクルト。

「はー、なんていうか、らしいな。お前さん、中々様になってるぜ。よく、それで」

 感心感心と、適当な拍手を送るガルドス。

「だけど、さ」

 彼は拍手の手をぴたりと止め、再びの鋭い目。

「――オレに勝てるか?」

 その言葉には、お前ではオレには勝てないという意味が込められていた。

「――当然ッ!!」

 それを合図にして、一気に加速するクルト。


「おいぃ、台風かよ……」


 風がうなりを上げる音、床が壊れる音が響いて――爆音が炸裂した。


【城全体を揺るがす・凄まじい衝撃が走る】


「うん?なーんだ?」

 場所は王都。王城正面に繋がる、大きな道。

 そこに、寝転がっている青年がいる。青年の格好は、この国にそぐわないものだった。

 白いTシャツに、紺色のジーパンを着用した姿。少しボサッとした金髪を垂らしながら、やる気がなさそうに、垂れ目を細めている。

「今の音は、王城の方か……」

 青年は頬杖をつき、自分の背後で起きた音について思いを馳せる。

 王城には現在、ガルドスがいた筈だ。そして、素通りさせた自分と同じ天上の一人も。

(戦ってるのか。当然そうなるわな。だが、おれには関係ねー)

 確かにクルトを通したのは自分だが、そういう条件で契約したのだから。天上相手では、流石に頑張らなければやばい。愛用の短剣を持って、全力で走って、決して容易ではない勝利をこの手に――考えただけで虫唾が走る。

「あーだりー」

 彼が考えていることは一つ。

(【怠慢】の地への帰還。原初のポーズで、真理の本を読み、聖なる食物を食し、高貴なる遊戯に浸る……)

 要するに、究極の怠慢。だらけたいという、純粋な欲求。


 それこそが元天上、ノードスの生き方であり。

 その生き方を貫いたまま、周りに兵達の屍を築いた。


「……」

 倒れ伏した多数の兵達の中には、奇妙なデザインの槍を持った低身長の男がいる。しかしノードスの体どころか服には傷一つなく、まるで意味を成さなかったことは明白だ。

(大防壁の守備は崩したし、騎士団長とやらは倒したし、充分だろー。休暇をくれー) 

 ノードスの率いる部隊は、瞬く間に王都を攻略。

 彼は、もう休憩タイムに入っている。

「……そろそろ完了かな」

 ノードスは耳を澄ませ、町中に響いていた喧噪が収まってきたのを感じた。

 それはすなわち崩壊の証。彼の周囲の人や家と店と、同じ末路。

「早く終わってくれよ……うんん?」

 ジーパンの右ポケットから、ノードスに振動が伝わってきた。

「はいはい、何ですかと」

 右ポケットから、何かを取り出すノードス。

 それは、小さい水晶玉のような物体だった。

「――オレだよ。ガルドスだよ!」

 物体から聞こえてきた声は、ノードスの雇い主、ガルドスのもの。

「なんか用?」

 ノードスは鬱陶しそうな顔をしながら、連絡に応じた。

「いや、実はお前の仲間のクルトと、さっきまで戦っていたんだが……」

「仲間ね……それで?どうなったんだ?」


「――負けちゃった。てへっ」

「切っていい?」

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