第12話 よろしく

「売れないもんだな。……今時の子どもには受けないのか……!!」


 港町フェルンの大きな通りで、怪しげな商人・シュウは愚痴を表に出した。

 彼の周りに置いてある、様々な怪しげな商品。そのどれもが、自信を持って揃えたものだが、売れ行きは悪かった。

(なぜだ。なぜだ。なぜ売れない……!俺の商品は完璧な筈……!!伝説の英雄の剣(偽物)、全てを理解する者、が書いた書物(偽物)、天才商人のサイン入り、水晶玉(本物))

 シュウは自分の感性に微塵の疑問も抱かず、ただひたすらに自問自答する。

 そうして出した結論は……。

「……売る場所、移すか」

 自分がいるこの通り、三番通りは、よくよく考えれば子供の数が少ない気がする。ならば子供の目に留まりやすい場所に行けば、もっと売れるのではないか?……などと、子供の目に留まっても、悉くスルーされた事実は無視して、希望的・現実逃避を行う。

「よーし、そうと決まれば」

 早速、行動に移す。その原動力がどこから来るかと言えば。

(あの顔)

 昨日会った少女の、嬉しそうな顔。それがあれば、自分はどこまでだって頑張れる、とシュウは思った。

 今度の英雄祭でも、ああいう笑顔が一杯見れれば良いなと考えて――。


「?、……なんだ?」


 シュウの耳に、ある音が響いた。

 彼が周りを見ると、自分と同じような反応をしている通行人や店員の姿が。

(この音は……妙に強烈な、……爆発音?)

 シュウは立ち上がり、通りの中央まで歩き、音がした方向を見る。

 音は、港の方から聞こえてきた。

「煙……か?ありゃ?」

 通りのずっと奥、港がある筈の場所の上空に、煙が見えた。

 それは、青に混ざる灰色。

(……誰かがヘマして、荷物を……爆発させた?とか)

 彼の頭に浮かんだ可能性は、決してあり得なくはない。

 しかしそれは、ある可能性から目を背ける為のものだった。

(今度、は)

 声が、聞こえた。

 しかも、普段聞き慣れない類の。

(人の悲鳴)

 重ねて、港の方から。

 その声は、どんどん鮮明になっていく。

「……なんだよ?おい?」

 シュウは誰かに問いかけるように言う。

 当然この場には返してくれる人はいない。皆が、戸惑った表情を浮かべている。

 

 彼の体は、何故か小刻みに震えていた。



「まだ、見つからんのか!?」

「も、申し訳ありません!!」

 混乱は王城でも広がっていて。

 王に怒鳴られる兵士の姿がそこにはある。他の数十名の兵達は壁を背にして、 部屋の両端に立ち、それを不安気に聞いていた。

 王の部屋に響く王の声は、焦りがはっきりと表れている。それも無理はないことだろう。

(どういうことだ!?レンドの奴、どうやって牢屋から!?)

 捕らえたレンドの姿が、地下牢から消えた。牢番の姿すら存在しない。

「くそッッ!!」

 王は憤りのままに、玉座の肘掛けを、右の握り拳で思いっきり叩いた。

「王よ。どうか落ち着いて……」

 どうにか落ち着かせようとする、フィアの表情はしかし、不安の感情を表している。

「あっ、ああ、すまない……」

 彼女を不安がらせていることに気付いた王は、すぐに感情を整え、冷静に徹する。

(落ち着け、私にはあれがある。アレを使えば、ジーアにも劣らない力を。いいや、それより上――【守りの奇跡】、【風の奇跡】、【矛の奇跡】、【覇豪の剣】)

 王はガウンの内に手を突っ込み、そこに仕込んである切り札を、再確認するように握りしめた。

(来るなら来い……天の使いは、私が守る)

 決意の炎は消えることなく、王の内側で燃えたぎっている。

 どんな敵が現れようと、必ず焼き尽くす。その為に危険を払ってでも、才物の制御を行ってきた。酷い火傷を負うこともあったが、彼女が傷つくことに比べれば我慢できた。


「――熱いな、王様!そういうの、オレ、嫌いじゃないなー!」


 異物が、現れた。突然に、脈絡なく。

「ッ!?」

 誰も、気づけなかった。

 その場にいた全員に、驚愕が走る。大きな木の扉が開けられた気配はない。最初からそこにいたかのように、異物は立っていた。

「ようやく気付いたのかよ!?どんだけ影薄いんだ!?」

 巨体の男。印象を簡潔に語るなら、それが相応しい。

 顔はお世辞にも整っているとは言えないが、雄々しく、力強さが表れている。

 何の変哲もない灰色のローブを身にまとい、黒い皮の靴を履き、何の問題もないだろう?という風に、図々しく、王の間の中心に立っていた。

「おはよう!王様!目覚めは良いか?」

 気安い。周りには既に剣を抜いた多数の兵がいるというのに、あまりに気安く、彼は王に話しかけた。それはまるで、緊張感を壊そうとするかのような態度で。

「……貴様、どうやって!?」

 激昂して、王は言う。

「おいおい、そんなに睨むなよ!もっと楽しくいこうぜ!」

「……!?何の目的でっ!?何をしに来たっ!!」

 殺気を込めて睨む王の視線を、特徴がない黒い髪を左手で掻きながら飄々と受け流す謎の男。

「それに、どうやって?とかより、オレが何者か?の方が重要じゃないかー」

 彼はそう言うとわざとらしく腰に両手を当てて、堂々と自らの名を名乗った。

 目立ちたがり屋なのか、なんなのか。あまりに豪快に。注目を集めるように。彼は言った。


「オレは、ガルドスだ!よろしく、グスタ・ヘンリー。仲間共々、お邪魔するよ!」

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