第15話 孤独を感じた事は無い。なぜならボクは世界に愛されているからね

 ヘリで移動すること一時間弱。

 山頂に建てられた巨大な施設に到着する。一般的な工場くらいの大きさはあるんじゃないだろうか。

 ヘリから降り、プロペラが起こす風になぶられながら、アリアの居城を眺める。


 どこまでも灰色な外観。無数に走る配管。大きさに対しあまりに少なすぎる窓。

 外から見るとまるで監獄のようだが、一度中に入るとまさにザ・秘密研究所といった風で、何をするのか分からない機械たちで埋め尽くされている。

 ここの主は生粋の変人で、この広大な土地にたった一人住んでひたすらにマクスウェルの悪魔の研究をしている。

 レアのように誰かに命じられた訳でもなく好き好んで山奥に一人住んでいるのだ。


 本人曰く「孤独を感じた事は無い。なぜならボクは世界に愛されているからね」だそうだ、意味が分からない。

 樹海のような研究所内を進み、最奥部、アリアのプライベートルームへ。

 そこは一目で分かる。なにせそこだけニス塗りの高級感のある西洋風の扉になっているから。


 メカメカしい施設の中、まるで異世界へと続く入り口のようなその扉を開ける。

 そこには六畳ほどの書斎で、扉のイメージまんまの部屋だ。

 暖色系のインテリアで統一された異国の一室。アールグレイだと思われる香りが漂ってくる。


 アリアはちょうど休憩中のようで、大きな革張りのイスに座りながら優雅に紅茶を嗜んでいた。

 一六〇半ばの身長。中性的な顔立ち。背中をくすぐるくらいの黒髪を1つにまとめている。

 朝日アリア。俺のいとこにして、マクスウェルの悪魔の研究の第一人者。

 この部屋に似つかわしくない白衣姿なのに妙に溶け込んでいるように見えるのは、アリアがここの部屋の主で、アリアが白衣以外の服を着ない事に起因しているのだろう。


「いらっしゃいタッくん、わざわざすまないね」


 ティーカップを持ちながらこちらへちらっと視線を向けてくる。


「わざわざすまないって、お前が呼んだんだろ」

「そんなにツンツンしないでよ。ほら、キミも飲むかい?」

「遠慮しておく。時間が惜しい」

「そう。それは残念」

「それで、実験とやらはいつからやるんだ? さっさと終わらせたいんだが」

「久しぶりに顔を合わせたんだからさ。ちょっとおしゃべりでもしようよ」

「俺にそんなヒマは無い。レアが屋敷で待ってるからな」

「レアくんとは上手くやってるようだね。それは何よりだ。キミを選んだ甲斐があったよ」

「……待て。俺を選んだってどういう事だ?」

「レアくんの護衛任務にタッくんを選んだのはボクって事」


 とんでもなく重要な情報をサラっと言うものだからタチが悪い。

 スラッと長い足を組み替えながら、アリアは言葉を続けた。


「ついでに言うとレアくんが就く任務、その計画を立てたのもボクだ。驚いた?」

「ああ、驚いたさ。でもそれを話すって事は、レアが帯びている任務についても話してくれるって事だよな?」

「それはダーメ。というか無理。もし言ったら首が飛ぶどころの話じゃ済まないからね。あ、でも安心して。護衛任務終了の前日あたりには政府の人間から説明があると思うから、なんてったってレアくんの任務にはキミが大きく関わってくるかもしれないからね」

「護衛任務終了後に護送任務があるとは聞いているが」

「そうそう。単なる護送だけか、それ以上の事をしてもらうか。それを確定するために後で実験するってわけ」

「情報が少なすぎる。アリアが開示できる情報とできない情報は何なのか教えてくれ」

「ボクが開示できる情報は、実験に関するものだけ。レアくんとタッくんが関わる事になるはずの計画については開示不可」

「実験の目的は?」

「表面的なものだけ教えられるよ」

「じゃあ、ほとんど開示できる情報は無いって事じゃないか」

「そうなるね。仕方ないさ。ボクはしがない公務員なんだから」

「しがない公務員、ね。電話で詳しく聞かせてくれるって言ったが、あれはウソか?」

「そもそもボクはそれについて返答していない。よってウソはついていないという事になる」

「ズルいぞ」

「大人はズルくないと生きてはいけないものなのです」

「はいはい分かったよ。それで、実験の内容は?」

「だ~か~ら、ちょっとだけおしゃべりしようって言ってるのに」

「今までしてただろ」

「今までのは業務連絡でおしゃべりとは言いません。ね、いいでしょ? ボクとタッくんの仲じゃないか」

「まだアリアとは二年くらいの付き合いしかないだろう」


 アリアの存在を知ったのは想起兵になってから。なぜかアリアが俺に興味を示し、何かと用事を作っては俺を呼び出し、こうやって話をするのが慣例のようになっている。今回は本当に大事な実験がありそうだが。


「ボクにとって二年の付き合いがあるというのはすごい事なんだよ」

「俺が親戚、血が繋がっているからか?」

「いいや、血の繋がりなんてどうでもいい。キミという人間そのものに興味があるだけさ」

「変な奴」

「その言葉は色んな人間から耳が腐るほど聞いてきたから今更って感じだね。とりあえず腰掛けたらどうだい?」

「仕方ない。少しだけおしゃべりとやらに付き合ってやる。手短に頼むぞ」

「もう、このツンデレさんめ」

「うるさい」


 アリアに促され、部屋の隅にあった木製の丸イスに座る。

 アリアは紅茶を飲み終わったらしくそそくさと片づけると、本棚から分厚い本を取り出してパラパラと読みはじめた。


「何か話題提供して~」


 先に話そうと言ったのに話題提供しろとは身勝手な奴だ。


「なあ、本当に本を読みながら雑談なんてできるのか?」

「できるさ、ボクなら。他の人がどうかは知らないけど」

「普通はできないものなんだよ。まあパラ読み、ななめ読みならできない事もないのか」

「ん? ボクはしっかり読んで頭に入れて思考までしてるよ。今はタッくんとおしゃべりしてるから若干スピードは落ちてるけど」


 これを本気で言っているから恐ろしい。きっとウソではないはずだ。

 なにせアリアは、エクシスを開発した天才なんだから。

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