第14話 召集
※※※
わたしは知らず知らずのうちに速くなっていた歩行速度を緩めながら自分の部屋に戻った。
鼓動がいつもより早い。どうしてしまったのだろう。誕生日を祝われた記憶なんて無いし、どうでもいいと思ってたのに。熱くなった頭を冷やすためベッドに横になる。
手に持っていた手帳を机の上に投げ捨て、冷静になりつつある頭で先ほどの出来事に思いを巡らせる。
わたしは、タクトの過去の記録を見た。そこにはやはりわたしについての記録は無かった。
無理もない。もう五年も前の事な上に、彼は多くの記憶を失っている。わたしに彼との記憶が残っている方が不思議なんだ。
本当は、ほんの少しだけ期待していた。バカだよね。有り得るはずなんてないのに。
まあ、わたしの事はいい。それよりも彼の過去についてだ。記憶が無くなっても、残るものはあると、わたしは思う。タクトの、悪魔を倒さなければならないという使命感は、彼の生い立ちにあるのではないだろうか。
両親に捨てられ、自暴自棄になり、己に価値を見い出すために想起兵になって――――。
これ以上考えるのはやめよう。わたしがいくら考えても分かるはずがない。きっと彼も分からないだろう。
悪魔に対する彼の執着は並のものではない。何が彼をそこまで駆り立てるのか。
わたしはそれが知りたい。その呪縛にも似た思いの根源。それを断ち切ってあげたい。
けれど、それを知る術はもうない。彼自身も知らない事を、どうしてわたしが知る事ができるだろうか。
残り二ヶ月と数日。わたしとタクトが一緒にいられる時間。その僅かな時間で、わたしが彼にできる事はなんだろう。
手帳を確認したら、彼の誕生日が一月一〇日だという事が分かった。とても祝ってあげられそうにない。前倒しにするには遠すぎる。どうしたものか。
わたしほどではないけど、彼もあまり感情の起伏が見られない。わたしの思いつきで何かやる時はその限りじゃないけど。昔会った時はもっと活発な性格だった。ここ最近、その頃の彼が少し顔を出すようになった気がする。
そうだ。彼の感情が動くように、もう少し積極的に動いてみよう。
タクトはいつもわたしの思いつきや突拍子のない行動に呆れながらもなんだかんだ付き合ってくれて、最後は笑ってくれる。わたし自身、もっと感情を表に出せるように頑張らなくちゃ。
もうすぐ八月が終わり、九月がやってくる。タクトがわたしの誕生日を祝ってくれる。タクトがわたしにプレゼントをくれる。それを考えると、胸が温かくなり、どこか満たされたような気持ちになる。ありがとう、タクト。楽しみにしてるね
※※※
八月の最終日。午前中に電話が鳴った。
今回もとったのは俺。前回が救援要請だったために身構える。
「もしもし」
「やあやあタッくん、ボクだよ」
「またお前かアリア。救援任務か?」
「あれは滅多に起こる事じゃないよ。今回は違うから安心するといい。召集命令であるのは変わりないんだけどね」
「何だって?」
「召集。君に行ってもらわなくちゃならないところがある」
「もったいぶらず早く話せ」
「せっかちだなぁ。行ってもらいたい場所、それは」
「それは?」
「ボクの研究所さ。だから行ってもらいたいって言うより来てもらいたいって言った方が正しいね」
「なぜそんな命令が下ったんだ? 俺に何をさせるつもりだ?」
「ボクが上に認めさせたんだ。君を半日ほど屋敷から拝借する事をね。ちょっとした実験に付き合ってもらいたいんだよ」
「なるほど。つまりお前のわがままに付き合わされる、と」
「わがままだなんて人聞きの悪い。一応これも正式な任務なんだよ? それにこの実験は、その屋敷にいるレア君にも関わってくる事なんだ」
最後の一言で、意識が切り替わる。
「分かった。すぐに準備してそちらに向かう。後でその話、詳しく聞かせてもらうからな」
「いきなりやる気になったね。こちらとしては喜ばしい限りだ。エクシスだけは持ってきてね」
「足は?」
「ヘリがそっちに迎えに行くよ。前回と同じように君と入れ違いで屋敷の外回りに想起兵を配置する。あと一〇分ぐらいで着くからよろしくね」
「了解した」
「それじゃあまた後で~」
楽しげなアリアの声が耳の中に残響として残る。実験が楽しみで仕方がないんだろうな。
「タクト、また緊急の任務?」
階段の陰からレアが顔を出す。前の電話の時もそうだったがレアはなんで俺が通話している時は階段に座って様子をうかがっているのだろう。クセなのだろうか。
「まあそんなところだ。という訳で今から半日ほど屋敷を出る」
「夕ご飯、いる?」
レアは小首を傾げて控えめにそう言った。数日前からレアがやけに優しくなってきたような気がする。何か良い事でもあったのだろうか。
「頼む。今日は俺が夕飯係だったのにすまないな」
今午前一〇時だからさすがに夕飯の時間には間に合うはずだ。というかそこまで遅くなるようだったら強制的に切り上げる。
「ううん。気を付けて。いってらっしゃい」
「了解」
レアに見送られ、玄関を出る。
出る時にレアが小さく手を振るものだから笑いそうになってしまった。無表情だと普通の動作でもなぜか滑稽に見えてしまう時がある。
ほどなくして屋敷の直近にあるヘリポートに小型のヘリが着陸した。
おかしいな。前回の時はもっと想起兵が多かったのに、一人しか乗ってないようだった。
これでは万が一の場合に対応できない。アリアに文句を言うためにきびすを返して屋敷に戻ろうとしたとことで、何者かが急に俺の肩に腕を回してきた。
「誰だ!?」
「オレだよ~ん」
返し技をかけようと準備していたのに、聞き覚えのあるしゃがれ声で一気に脱力した。
「なあニシキ、お前のその登場の仕方、なんとかならないか。毎回胃が痛くなる」
ニシキのやつは顔を合わせる時、いつも後ろから驚かせるように声をかけてくる。とんだ悪癖だ。
「だってぇ、タクトが驚く様子が面白いんだも~ん」
このノッポ野郎いつかぎゃふんと言わせてやりたい。
「ああもういい何を言っても無駄だという事は重々承知してる。しっかし派遣されてきたのがまさかニシキとはな」
「ここ数日間は悪魔が全然でてないからなぁ。お仕事しなきゃねぇ」
「まあお前なら一人で大丈夫か」
「オレが認められてきた証ですな! あ、そうだ、もしかしてタクトっちが前言ってた重要任務ってこれ?」
「さあな。そうだとしても機密事項だから教えられん。……後は頼んだぞ、ニシキ」
「顔見たら大体分かっちまったわ。おうよ、任せとけ!」
手と手を打ち合わせてバトンタッチ。これで安心してアリアの元に行ける。
俺はヘリに乗り込み、右頬をつり上げながらぶんぶん大げさに手を振っているニシキにテキトーに手を振り返しながら座席に深く腰掛けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます