命火
エル
第1話
―遅くなった・・・・
いつもの帰り道の商店街。
だが、いつも自分が帰る時刻に比べるとかなり遅いため、辺りは薄暗く、周りの店では明かりが灯り始めている。
まだらな人が行きかう中を足早に進む。
冬が間近に迫っているのを予感させる夜の訪れの早さと寒さの中、左手に肉まん、右手に250mlのペットボトルのホットのお茶を持ち、食べ歩きよろしくをしながら帰り道を急ぐ。
しかし・・・しかし、どう計算しても自分の望む時間に家に帰り着くことはできそうもなかった。
それは、毎日同じ帰り道を帰っているからこそわかる、いわば直感のようなものだった。
例え、ここで全力疾走してもそれは無理だ。
だからといって諦めるわけにもいかなかった。
なぜなら・・・・
―早く帰らなきゃ新番が始まっちゃうよ~
そう、今週から、正確には今日からだが、18時から新番組のアニメ始まる。
無論ビデオの予約はしてある。
だったら後でビデオで見ろよ、と言いたくなるだろうが、リアルで、つまりビデオではなくそのしてる時間帯に見るということが大事なのだ。
もちろん、後からビデオでも見るが。
妙なこだわりだな、と自分でも思うのだが、さすがにこれだけはやめられなかった。
間に合わないのはわかっている。
普通の方法では。
だから・・・・・
ちらっと横道を見る。
建物と建物の間に挟まれ、蛍光灯の明かりさえ届かない暗闇の道。
そこにするっと体を滑り込ませる。
人一人が通れるかどうかという微妙な狭さの中を、途中汚泥(おでい)の水溜りを踏まないように飛び越えながら進む。
勝手知ったる裏道。
いつも学校に遅刻しそうになるとこうやって裏道を通ってショートカットで学校に向かう。
そうすると、学校にはギリギリ遅刻しないで着くことができる。
幼い頃から、この辺りに住んでいたため、こういう裏道にはそれなりに詳しいつもりだった。
両脇の建物から漏れる僅かな明かりを頼りに、悪臭のする道を進む。
いくら近道だからといっても、さすがにこの匂いはきついため、いつも極力鼻から息は吸わないようにする。
普段は余程急がない限り、こんな道を使いはしない。
だが、今日は仕方が無かった。
このままでは、時間通りに家に帰り着くことはできそうもないのだから。
―どうにかなんないかね~、アレ・・・・
家から近いということもあって決めた今の高校は、学力的こそ平均的だが、スポーツにおいてはそれなりに有名な高校だ。
別に何かスポーツがしたくて今の学校に入ったわけではない。
単に家から近かったからだ。
本当にそれだけの理由だったのだが・・・・
今日の放課後。
さっさと帰宅してアニメを見る万全の準備をしようと思っていたところ、突然剣道部の主将に呼ばれた。
伝言だけなら、そのままトンズラできたのだが、本人が直接呼びに来たのではそうもいかない。
本当ならさっさとユーターンして帰りたかったのだが。
有無を言わさず連れていかれたのは剣道部の部室だった。
部室というと汚く臭いイメージ(というか過去実際そうだった)があったのだが・・・そこは綺麗に片付けられ臭くもなかった。
―まあ、この主将さんだしね~・・・・
剣道部の主将は、染めたことなど無いであろう真っ黒な髪と、髪と同じ黒目、どことなく日本の和を感じさせる男であった。
背は高い(たぶん180cmはある)が、ひょろっとしているのではなく、スポーツをしている人間特有の無駄の無い筋肉が付いている。
顔の作りも悪くは無く、落ち着いた雰囲気は大人の色気があるらしく(クラスの女子談)、いつも制服をきちっと着こなしており、剣道をしていて姿勢もいいため学校ではそれなりに目立つ人間である。
そんな人間が部室が汚いのを許しておくわけはないだろう。
すでに他の部員は部活に出ているのか部屋の中には誰もいなかった。
主将は部屋の隅から椅子を持ってきてくれて、座るように勧めてくれるが、座ったら話が長引かされそうなのでやんわりと断る。
主将は自分も椅子には座らず、こちらを見つめ本題を切り出す。
「剣道部には入らないのか?」
―またですか~・・・・・
脱力する。
剣道部の主将からこの質問をされるのは別に初めてではない。
これは入学以来延々と繰り返されている。
こちらを生真面目に見つめる男に、
「何度も言いますが、オ・・・僕は剣道部には入りません」
「何故だ?」
「何故って・・・」
間髪入れずに返される。
何度この押問答をしただろうか。
もう数えるのさえ馬鹿馬鹿しくなってきている今日この頃。
「ですから、別に理由なんてありませんよ。ただ、剣道は中学でやめたんです」
「理由が無いなら剣道を続けてもいいじゃないか」
「いや、だから、剣道はやめたんですって」
「何故?」
「・・・・」
延々と繰り返されるループ地獄がその後二時間弱も続いた。
そして、時間を潰され今に至るというわけだ。
アレには本当に参った。
「ん?」
物思いに耽りながら道を進んでいたため、周りの景色がいつの間に変わっているのに気づかなかった。
「あれ?どこだここ?」
そこは暗かった。
先ほどまでは、建物の明かりがあって暗闇の中とはいえ見えないことはなかったのに、今は周り中真っ暗だ。
「迷った?」
ありえない。
幼い頃から遊びなれた場所である、道に迷うなんて無いはずなのだが・・・・。
今いる暗闇は全く自分の記憶に無い場所だ。
そう思ったとき、前方に明かりが見えた。
「お!」
よかった。
どうやらここから抜け出せそうだ。
もしかしたら暗いからわからないだけで、表に出ればわかるかもしれない。
そう思い、前方の明かりを目指して暗闇を進む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます