第7話そりゃあ、そうだよね

 パーキングの車に乗っても、君はいつものように煙草も吸わずに、黙って俯いている。ショックのせいか、いらいら顔も潜めている。


 僕は言葉もかけずに車を走らせる。

今は何も言うべきではないと思ったからだ。


 いつもと違う色の重い空気に包まれて、僕らはマンションに着いた。


 部屋のドアの前に立つと、僕は、「買い物袋で両手がふさがってるから、ドア開けてくれない?」と、後ろの君に向かって言い、ちょっと大袈裟に両手がふさがってますアピールをした。


 君は黙ってカバンから合鍵を出し、ドアを開け、中に入っていく。


 下駄箱の上のスイッチを押し、廊下の明かりがつくと、君は固まった。


 後ろから見ていても容易に想像できる。驚いているはずだ。僕にも君越しに見える、太ましいロシアンブルーの姿を目の当たりにしているのだから。


 君はバッと振り向くと、僕に何か言おうとしたが、上手く言えないみたいだ。君の顔には、驚き、安心、嬉しさ、怒り等の纏まりようのない感情がいっぺんに浮かんでいた。さすが顔芸クイーン。


 猫は、そんな僕らを見ても「ニャアー」と鳴いて愛想を振り撒くでもなく、ただ行儀よく前足を揃えてちょこんと座って見上げていた。


「まあ、とりあえず早く中に入ってよ。話はそれからね」


 僕は、まだ整理のつかない君を身体でグイグイと中に押しやり、買い物袋を置いてドアを閉めた。


 ようやく靴を脱いで、君はおずおずと廊下に足を一歩踏み出す。


 いつものケージ越しに見ていた想い猫に、どう接していいか分からずに戸惑っているのだろう。本当は直ぐにでも抱き締めて、もふもふしたいだろうに。


 猫は一あくびすると、戸惑っている君に近づき、右足にすりすりし始めた。


「きっと、いつも見ていた君のことは覚えてるんだよ。猫の記憶力は犬の二百倍らしいからね。さあ、部屋に入ってかまってあげなよ」


 僕はネットで調べた蘊蓄を織り混ぜながら促した。


 君は促されるままに、部屋へと足を進める。猫も尻尾を立てて、それについていく。


 僕も靴を脱ぎ、買い物袋を持って後につづいた。後ろから見ていても分かる、君のいろんな感情が、徐々に嬉しさに収斂されていくのを感じながら。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る