第2羽 兎世界にようこそ!

「えぇっと……、うせかい?」


 青い目のウサギ ”桔梗ききょう”の言葉に、私は首をかしげる。

 それは、外の……私が居た世界とは違う、異世界……ではあるんだよね?


兎世界うせかいは、兎神様うさかみさまがお作りになられた、この世なのです」

 赤い目のウサギ ”椿つばき”が、そんなことを言う。

 また、新しいワードが出てきた。


「うさかみさま?」

「とりあえず、もうすぐ日が暮れる、案内しながら話すよ」

 ポテポテと集落の中に進んでいく。


 私の手を柔らかいものが引っ張る。

「ほら、莉乃、ねぇさまの後を付いて行くのです」

「アッ、ハイ」

 私は椿に手を引かれ、桔梗の後を付いて行く。


 もうすぐ日が暮れる、大きなかごを背負った、畑帰りのウサギたちが見える。


「莉乃は、”隠れ里”と言うのは知っているかい?」

 先をポテポテと歩きながら、桔梗が言う。


「うん? ゴメンわからない」


「そうか、現世と離れた世界、とでも言うのかな、ここは兎神様が作った世界なのは椿が言ったね」

「はいです」

 桔梗の言葉に、私と手を繋いで歩いている、椿が返事をする。


「莉乃が知ってそうな話だと……、龍宮とかなら知っているかな? 確か『ウラシロタロウ』? だったかな?」

 桔梗は、歩きながらちょっと首をかしげて考えている(かわいい)。


「あぁ、『浦島太郎』だね! 龍宮城も知っているよ、海の中にある、乙姫様が居て……、なるほど、繋がっているけど別の世界か」

 おぼろげだけど、何となくわかったような気になった。


「うむ、私たちは、この兎世界の結界の修復と……、『人の女の子が山に来ているはずだから連れて来てくれ』と、兎神様に頼まれて外に出たのだ」


「えーと、つまり兎神様が」

 その兎神様が元凶なのかと思って、口に出したのだが、桔梗が慌てて振り向き、さえぎるように話し出す。


「いや! 違うのだ、事は少しややこしい事になっていてだな、その辺は明日、兎神様からお話があると思う、兎神様が悪いわけでは決してないのだ」


 私と手を繋いでいる椿の手が、キュッと少し強くなる。

「そうなのです、莉乃、兎神様は悪くないのです……」

 私に向けている四つのつぶらな瞳は、どこか悲しそうだ。


「……うん、わかった、あなた達の御主人なら悪い神様じゃないんでしょうし……」

 んー、まぁ油断は禁物かもしれないけど、この子たちは信じてるみたいだし。


 そして、またポテポテと歩き出す。

 ちょっと微妙な空気になったので、ソレを変えようと私はたずねてみた。

「桔梗も椿も神様と直接お話しできるの? それって結構すごい事じゃない?」


「あぁ、私も椿も巫女だからね、それに兎神様はちゃんといらっしゃるから、お話も出来るのだよ」


 きっと、神様とか精霊とか降ろしちゃうやつだ、術とか使えるみたいだし。

 今の神社でアルバイトしてる娘たちとは違うんだろな。


 私がじっと見つめているせいか、桔梗はちょっと恥ずかしげだ、奥ゆかしい、萌える。


「ねぇさまは、巫女姫なのですよ~、巫女の総代なのです、ふふふんなのです」

 何で君がドヤ顔なのかね? 椿ちゃん。


「いや、青目は霊力が高いので結果そうなっただけでな」


「ねぇさまは、努力もしてたのです、みんな知っているのです、努力家の上に超絶優秀なのです」


「いや、椿……もうやめてくれ……」

 顔を覆い恥ずかしそうにつぶやく桔梗ちゃん、かわいい! モフりたい。


 おっと、そう言えば。

「明日って言ったわね? 私はこれからどうするの?」


「あぁ、それはだね、ここに泊まってもらおうと思っているんだ」

 桔梗が一軒の家の前で立ち止まり振り返る、どうやら目的地に着いたらしい。


 かやぶき屋根の古民家、なんだけど、ココのウサギたちのサイズなので、少し小さい気がする。

 玄関とかは、私の背ぐらいの高さだ。

 一羽のウサギが立っていた、かっぽう着を着た丸々した茶色の毛のウサギ。


「あらあら、桔梗ちゃんに椿ちゃん、お久しぶりねぇ、そちらがお話のあった人のお嬢さんねぇ」


 目を細めて、うれしそうな声色で話しかけて来る。

 女性(?)なのかな? おばちゃんぽい。


向日葵ひまわりさん、待っててくれたのです?」


「お久しぶりです、向日葵さん、こちらが預かってもらう莉乃です」


「あ、はい、莉乃です、よろしくお願いします」

 桔梗の紹介に、私はあわてて挨拶をする。


 この、かっぽう着を着たウサギは、向日葵さんと言うらしい。

 連絡があってから、ずっと待っててくれたんだろうか? 申し訳ないなぁ。

 そう言えば、集落の門の所に居たウサギたちもずっと待ってたのかな? いやぁ、なんか申し訳ない。


 向日葵さんは、桔梗や椿たちにも家に上がって、お茶でも飲んで行けと言っていたのだけど。


「椿たちは、兎神様に報告しに戻るのです、明日迎えに来るのです」

 とか言って、何処かにいってしまった。




 そんなわけで、かっぽう着を着た太ったウサギ、向日葵さんの家で夕飯をご馳走になった。


 野菜の具だくさんのお吸い物、お新香にご飯、あと私用に焼き魚を付けてくれた。


「ふぅ、美味しいかったです、ごちそうさまでした」

 私は出されたお茶に口を付けて、片づけをしている向日葵さんにお礼を言う。


 手伝おうとしたら、「お客様なんだから、動かなくていいのよ」って言われて手伝わせてもらえなかった。


「いえいえ、お礼何ていいのよぉ、莉乃ちゃん、お煎餅も食べてねぇ、それに久しぶりに誰かとご飯食べられて、わたしもうれしいのよぉ」

 片づけをしながら、返事をしてくれる向日葵さん。


「えっと、ご家族とか……、あ……」

 言ってしまってしまったと思った。


「旦那と息子は、魔王の作った魔物にやられてしまったの……、もう何年も前になるのだけどね」


「すみません、辛いこと聞いてしまって」

 向日葵さんの声が少し暗くなった、余計なことを聞いてしまった。

 魔王に、魔物……か。


「いいのよぉ、ふふふ、がんばってこの村を守ってくれたのよ、私の自慢の旦那と息子なんだから」

 今度は明るい声で話してくれた……、辛くないわけないじゃないか。


 反省してシュンとなっている私の横に、向日葵さんが来て手を握ってくれた、暖かい手だ。


「莉乃ちゃんが、これから何をするのか私にはわからないけど、兎神様はきっとお力になってくださるから」

 そう言って私の手を優しく撫でてくれている。

 何でか涙が出てきた。


「大丈夫、莉乃ちゃんは元の世界に帰れるわ、大丈夫、大丈夫」

 そう言って、向日葵さんは私を抱きしめて、私が泣き止むまで頭を撫でてくれていた。

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