ケルベロス&オルトロス

アスラム

プロローグ

………重なり合う刃は、まるで、


互いの身体を噛み合う、狂犬達の牙のようであった。





………舞い散る火花は、まるで、


互いの思いが迸る、狂犬達の涙のようであった。





交わす言葉などいらない。



今は、そんなもの、煩わしいだけだ。



根こそぎ、込めて…………




確かめるだけだ。



お前と、俺との。




生き様全てを。







…………………………。





……………………………!!!



………………………。



………………








………未だ、大地に名前無く、神のみが天下を統べる時代………。



「イルーナ12神」なる、

12人の神々によって、この、幻想世界イルーナは創造された。




種の女神「スピーシア」は、億千もの動物、植物を創造し、世界に根付かせた……。




その世界の「守り人」として、「人類」は造られた……。



その容姿を神に似せ、


…火に慣らさせ、


…道具を握らせ、


…それを扱う知恵を与えて、


神々が造り上げた、

この「箱庭」を守り、維持させること幾星霜………。





…しかし、時に、神々は気紛れで、幼い。




スピーシアは優しく、朗らかで、艶やかであった。



豊穣を司る女神を我が物に…………




一部の神々が、

彼女を巡って争いを始めた。



「箱庭」は天変地異に襲われ、

空は八つに割れた。




争いは新たな争いを生み、


憎しみは更にその深みをまして、



遂には、他の神々まで巻き込んだ、骨肉の大争乱へと発展してしまったのである…………。



神々は、天界のみならず、


それぞれ人類を味方に引き込んで「箱庭」でも戦争を起こし、




美しかった大地は荒廃して、

多くの動植物が絶滅に追い込まれた……。






我が身の美しさ故に起きた、この争乱で、

我が子の如く慈しんできた「箱庭」の動植物たちが滅んでゆくのを見るに耐えなくなったスピーシアは、


自らの胸に、刃を突き立て、その美しさを終わらせた………。




…その時、

彼女の目から落ちた涙が「箱庭」に落ち、

人類たちに降りかかった。


…涙は、様々な種を生み出すスピーシアの能力を含んでいたため、



人類は4つの種族に分化してしまった……。



それぞれが、それぞれの、業(ごう)を抱えて………。



スピーシアの死を悲しみ、

自分たちの愚行を猛省した神々は、


イルーナの地上から去っていったのだった………。











………神話の時代から、数千年後…………。




人類は、



最も広大な勢力分布を誇り、

最も強い生命力を誇り、

最も大きな欲望を有する、

人間族の「ヒューム」



犬のような耳を持つ容姿が特徴で、自然との共存共栄を目指す一派と、

大砂海に根を張り、盗賊稼業を生業とした一派に別れた種族、

「ディール」



成長しても子供のような容姿で、類い稀なる商才を誇り、

イルーナ全域の商業の中枢を担う人材を多く排出した種族、

「キュール」




そして、とがった耳を持ち、古の神、イルーナ12神を崇拝する謎多き種族

「エルフ」



といった4つの種族が、

離合集散を繰り返し、

ずっと争い続けてきた……。





…そのあまりに長きに渡る争いの中、


種族の垣根は破れ、

現在は……




軍事大国の

「スルビニア帝国」



理知的な統治を目指す共和制の国

「パルル共和国」



ディール族の盗賊ギルドから発展した都市国家の集まり

「ミスルナ連邦」



エルフ族のみで構成された立憲君主国

「ダルカン公国」




の4つの国が各所で大小無数の戦いを繰り広げていた…………。



各々の国が、



資本を、


民主主義を、


大義を、


信教を、


欲望を、


森羅を苗床に、


互いの文化や思想をぶつけ合いながら、

理解しあうこと無く、睨み合いをしている状況にあった………。




それは正に、神話の時代から、

望む望まざる関係なく受け継ぐ、

神の残した業(ごう)であったのである…………。





……スルビニア帝国との国境付近にある

パルル共和国の町、

「バイルーン」。




スルビニアとパルルは、

約半世紀の長きに渡り、大小様々な紛争を続けていた。




交易で栄えたバイルーンだったが、

数年前、

街からほど遠くない場所で、

大規模な「女神の雫」の鉱脈が発見されたことに目をつけたスルビニア軍が、

遂に、本格的な侵攻を開始してきたのである。




…「女神の雫」とは、

その中に大量の「マナ」を貯蔵した貴重な鉱石である…。





…国境の守備に当たっていたパルル共和国軍との間で、大規模な市街戦が勃発した。



これが、

パルル、スルビニア双方に甚大な被害を出した、

「バイルーンの戦い」である。




この戦いによって街は焦土と化し、

いつ戦闘が再開されるかわからない不安から荒廃したまま放置され、

最近は街中でも怪物共がうろつくような危険な場所と成り果てていた…。





……荒廃したバイルーンの街から、

南に数10キロ………。



ロンファ山脈の中腹を

縫うように走る畦道には、

その地下に膨大な温泉源を有しているが故の地熱の高さからか、

その高度にも関わらず、

大量の大蜘蛛カファールが繁殖し、

我が物顔で畦道を闊歩していた。




温泉の湧き出でている水辺の近くでは、

キジムーが、

大蜘蛛とうまく住み分けをしながら棲息し、

そして、その両方を主食としているのか、

竜人の一族が原始的な武器を片手に、

蜘蛛やキジムー、たまには冒険者…

などを追い掛けては狩り立て、

山脈の横腹に大きく口を空けている、

通称「ロココ風穴」と呼ばれる洞窟に、

獲物を携えて帰っていく姿が見てとれた。



竜人族は、

風穴の中を根城にしているらしく、

稀に、入り口付近に、

竜人族の小さな子供たちが顔を覗かせては、

親達の狩りの真似事を興じて、

キジムーを追いかけ回す光景を度々、

目撃することが出来る。




この日もまた、二匹の小さな竜人が、

親の言いつけを無視して、

木製の無骨な刀を片手に、

狩りに夢中になっていた。




子供たちは常日頃から指摘は受けていた。


…人間には、絶対に近付いてはいけません…




…わかってはいても、

逃げ惑うキジムーを追いかけ回す楽しさは

失いがたく、

二匹は、夕暮れの刻が近付いているにも関わらず、キジムー狩りに夢中になっており、

おかげで、一人の人間が、

すぐ近くまで来ていることに気付くのが遅れてしまった。




『………………!』






竜人のみが理解できる言葉で、子供の一匹が騒ぎ立てたので、

丁度、キジムーの頭の花を掴んで千切ろうとしていたもう一匹が、恐る恐る見上げてみると……



…すぐ傍らに、一人の剣士風の男が自分を静かに見つめているのに気付いた。



怖い…。




なによりも先に、子供の心に芽生えた感情だった。



…高価そうな鎧に青い腰布を巻いて、腰にはよく斬れそうな刀を差して、

ざんばらな黒髪から覗く、その目は、冷たく自分を見下ろしている。




ああ…だから母ちゃん、外に出たらいけないと怒るんだなあ…。



だって、あの大蜘蛛なんかより、もっと怖い顔したニンゲンが、こんなにすぐ近くにくるんだもの…。





…しかし、男は、

なす術もなく、震えてその場を動けないでいる、一匹の小さな竜人を一瞥すると、この子にはまだ理解出来ない人間の言葉で何事か呟き、こめかみを指で掻きながら、溜め息混じりに、その傍らを足早に通りすぎていった……。



…助かった…?



…いや、最初から、襲うつもりもなかったのかな…?




…通りすぎた人間の背中を見つめながら、

竜人の子供は、

これなら、王竜様に遣えている竜人、ドラクレルのほうがよっぽど怖い、と思うのだった。




近付いてきた、その姿に慌てふためいて逃げ惑う、友達の竜人に見向きもせず、

男は、風穴の暗闇の中に、その姿を潜らせていった……。





…思い返せば、この男が現れてからだった。





屈強な冒険者達が、いつにも増して、出入りするようになったのも。



竜人の大人たちが、何かがおかしい、と騒ぎ始めたのも。



そして、竜人の子供は、



この男を三度、目撃するのだ。






…男は、二度目に風穴に潜り込んで以来、





帰ってきてはいない。

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