異世界転生アイドル喫茶でぃどり~む
ここのえ
第1話 三匹のおたく
アイドル喫茶“でぃどり~む”という店がある。
それはメイド喫茶がメイドに扮したウェイトレスがその店特有の設定に基づいて、パフォーマンスを行うようにアイドル喫茶とはアイドルのようにライブを店内で行い、給仕もする。
そういう店だ。
「みかん氏、今日は推しのふわり氏は欠勤じゃないですかなww リサーチ不足とかクソワロwwww」
かつては高学歴のまま大企業に就職した優秀なエリート会社員で、将来も嘱望されたがストレス太りによって百人中百人がイケメンであると認める美貌も昔の話。周囲からは豚と呼ばれ、自身も豚と名乗るレベルには精神が堕落してしまった“ストレス太りの”豚野郎氏。
推しはモデル級の逸材、さーしゃさんだ。
「うっせーよ! 推しがいなくても行きたい日ってあんだろ!?!?」
高校中退してから遠出する日だろうが何だろうが全日(夜間もだ)をスウェット上下で過ごし、化粧のやり方すらも忘れたというある意味で勇者。精神イケメン度が高いと(俺の中では)噂だが、他人を煽るのが好きな豚野郎氏からは“女を捨てた”との二つ名で呼ばれる、みかん氏。
推しはこの店の絶対的エース、ふわりさんだ。
「すみません、今日は割とレアなユリエルの出勤日……違った降臨日なんで、その集まるような事になってしまって……」
現役大学生の、特に一つも何かを自慢することがない“モブ顔の”せいめいが俺だ。初めて独りでこの“でぃどり~む”に入店した際に声をかけてくれたのが豚野郎氏であり、モブ顔と煽りながらも面倒見が良く、常々頼ってしまう。
俺の推しは正直一つしか良いところがないマイ天使、ユリエル。
「いんや、二人、よりにもよってこの豚野郎だ。五時間とか閉店まで居座るのは金と心がむずいだろー。酒飲みたいから良いんだよ私は」
「未成年の前で呑む酒は旨いですぞwwww あ、伝票は貰います」
「さらっと格好良い大人プレイしないで下さい」
「自分で呑んだ分は自分で払うっつってんだろ毎回」
今日の目当ては俺の推し、マイ天使ユリエルなのだが、その彼女は簡単に言えば商業的なウェイトレスとして厄介である。
接客下手、会話下手、歌下手。
さーしゃさんは眺めているだけで満足感を得られる美しさだし。
ふわりさんは会話の盛り上げ方が上手く、時間を忘れる楽しさを教えてくれる。
アイドル喫茶に必要なものが全てないのがユリエルだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
しかし、一度失礼を承知で何故、この仕事を選んだのか聞いてみたことがある。
「え……っ? あ、あの、その…………でも…………」
「アイドルになりたいとか、ですか? 自分を変えたいとか?」
「違います。
――――このメンバーで、同じ夢を見たかったんです――――」
そう語るユリエルの目は、いつもは俯いて客の顔すら見ない時とは違って、強く輝いていたのを憶えている。
彼女を外見ではなく、その態度が綺麗だと、思ったのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「しかし、肝心のユリエルは今回は後方支援ですな」
「まー営業成績悪いんじゃねえの?」
「塩対応のさーしゃ氏よりも悪いとなると怖いですなwwww ね、せいめい氏」
「リアルに戻す単語言うの止めてくれませんか!?!?」
「ふわりさん、応援で入ります!」
厨房の人、男装の“しえな”さんの声が後方で聞こえた。
小さなライブ用のステージにはさーしゃさんが踊っているので、きっとユリエルに言ったのだろう。例え、推しが後ろにいたとしても前方で一生懸命にパフォーマンスをしている子がいるなら目を逸らすべきではない。
「このタイミングでふわりさん投入ですか??」
「不可解ですな。もう閉店二時間前で、このマイナー喫茶に客は我々三人しかいない訳で」
「勝ったッッッ!!!!!!!!!!!!」
女の子の可愛いを集めた究極美少女が、ふわりさんだ。仕草の一つ一つ、指の仕草すらもが完璧である。
かねがね、みかん氏が「あの子は私の夢を背負ってくれているの……」と多少気持ち悪い信仰心に似た言葉で語っていたが、女の子の理想を体現した存在に憧れを超えた感情を抱く気持ちは分からなくもない。
偶像としてのアイドルの完成形。
「――あんな扉、ありましたっけ?」
しかし、今日の自分の瞳に映ったのは違和感の方だった。
「扉?」
豚野郎氏が機敏に反応した。みかん氏はすでに熱狂して使い物にならない。
「あの木製、装飾彫刻の」
「ふわり氏の出てきたところ、確かにあんな扉は記憶にござらんな」
「バックヤードは後方の厨房の隣ですよね」
「あの扉が気になるなら、入ればいいじゃん」
スタンダードなメイド服を着た“さーしゃ”さんが言った。痩せすぎずの高身長から放たれる、むっちりと段差になっている絶対領域が艶めかしい。
「えっ、むしろ良いんですか?」
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