氷河期学校
足羽くるる
第1話
俺——春江龍太は富永高校2年D組、一応部活は軽音部に所属している。
活動日は火金土となっていて、今日は水曜日で本来は部活が無かった筈なのだ。だが、どうやら金曜は午後から急遽重要な会議があるとのことで大きな音を出すのが良くないと言われ、部活動が出来ない。
そこで先程先生に音楽室を使う許可を貰い、今日は部活動をすることになったわけだ。
カレンダーは3月になりこれまでの寒さに比べ少しは暖かくなってきていたように感じた。しかし、ここ数日、朝から気温は低いままで冬に戻ったかのように肌寒い。
外は授業終わりから予報になかった雨が降っているので、更に寒くなっていそうだ。傘はないので濡れるのはブルーだが駆け足帰宅になりそうだ。帰る時の寒さを想像すると、やはりマフラーか何か持ってきていればと後悔の念が拭えなかった。
ところで明日は球技大会である。
明日もこの寒さのままだったら流石にやりたくない……のではなく根本からこういったスポーツイベントがやりたくない。どんなに晴れていて暖かくとも。
この寒さの中だったら最早休むしかない、とまで思う。
しかし、そんな意気消沈海底二万里レベルな俺には少しだけ希望があった今日の朝には予報に無かった雨がこの日の終礼あたりに降り出したのだ。
これが明日の朝、欲を言えば昼頃まで降ってくれれば中止にならざるを得ないだろう。
サッカーや陸上競技は流石に体育館とは行かないだろうし、男子は基本校庭でやるものばかりで体育館でやる女子との兼ね合いがつかないだろう。
その僅かな可能性に賭けて最大限喜ばんと普段から運動不足気味の軽音部員達は歓喜に沸いていた。同じく俺もその可能性に期待を寄せていた。所詮宝くじやガチャの運は信じないが、天気はそれほど裏切らないだろう。
察しの通りだろうがこの俺、運動がとことん苦手で嫌いである。だからこそ、この部に入部したわけだ。
先程の可能性について、もし実現したとしても結果延期となり、すぐ後日にでも振り替えるだけの話だろう。実際、苦難から逃げられはしない。
ましてや雨だからといって明日は休みではないだろうし、帰ったら潰れるはずだった授業の分も用意しなければならないのだ。
あーあ行きたくねえ、授業も休みにしてくれよ……
そんなふうにぼんやりと、しきりに冷たそうな雨の降る窓の外を眺めていた。
皆の集中力が落ちてきた午後5時過ぎ。
教室はスマホを見る人、仲良い人同士のお菓子交換会などと、皆思い思いの時間をおっぱじめた。
とそのあたりであったが。
これが起こった時には今日イチの大事件だと思ったのだが、エアコンが止まったのだ。
▲▽▲
先程から雨が降っていた。
その勢いは激しくなる一方であった。
ついでに、傘を忘れた俺には家までどう帰るかという懸案事項があった。
さらにいうと、球技大会という代物をなくしてくれるかもしれないという希望があった。
……とはいえすぐ後日に振り替えるだけの話だろうし、そうそう行事というやつからは逃げられはしない。
雨だからといって明日は休みでもないし、帰ったら授業の分も用意しなくてはならないのだ。
あーぁ行きたくねぇ、授業も休みにしてくれよー。
そんなぼやきをぶつけるところもなく、学食で買ったパンを貪りつつ、ぼんやり雨の降る窓の外を眺めていた。
何か雨に混じって白いものが降っている。
よく見えなかったので目をこすって、瞬きしてもう一度よく見てみた。
雹か? 都心で見るなんて珍しいな……?
パラパラ雨に混じる感じで降っているのかと思ったらワリと……
先程は強い雨が降っていた窓の外側に、風に煽られ幾つもの雹がスラッシュを打ち込んでいくのが見える。
窓にぶつかる音、転がり落ちる音、強い風の音、斜め下へと飛ばされていく音。
楽器の音や喋り声に混ざって聞こえてくる。
「うおぉー、すげーな!」
横の呑気なヤツらは席を立った途端スマホで動画撮影を始めた。その中には俺のクラスメイトでもある、池田圭人の姿も見えた。
と、止む気配もなく勢いが強くなる一方のそれは窓に叩きつけられた。
窓が物凄い音を立て……割れはしなかったがかなり揺れた。
窓側に立っていた数人が騒ぎ立てた。それにビビったように腰を抜かしたやつまでいた。
「おおい窓閉めろ窓!!」
と部の先輩が叫んだのもつかの間、少し空いていた窓から雹が風向きに煽られ入ってきた。
それにより、寒風と氷の塊の発する異常なまでの寒さ冷たさに軽音部全員が震える事態になり、ある者は音楽室から逃げてゆき、ある者はエアコンのリモコン操作を、ある者は窓を締めに飛び出していった。
臆病者たちの避難したはずの廊下からは悲痛な声が上がる……無理もない。暖房も何も無く、窓が空いている可能性も否めないからだ。
常識ある者たちによるエアコン操作(暖房28℃風MAX)で音楽室はどうなったか……というと実際寒いままであった。
先程の突然の寒さと雹によってエアコンもぶっ壊れたか送電網が異常をきたしたかしたのだろうか。無意味だったた。それ以上にエアコンからは間違えて冷房がかかった、否シベリアの寒波のように強烈な寒風が押し寄せた。
……死ぬ。
間違いなくこのままだと凍え死ぬ。俺はたぶん運動もしてないから死ぬの早そうだ。
「これ見ろよ、なんかやばくね?」
先程横で動画を撮ってた圭人がTwitterにあげられたニュースを見せてきた。
『首都圏で激しい雹、交通機関麻痺』
『東京 雹に関連する怪我人が11人に』
ニュース記事のトップを見ていたところ、圭人は画面に指を突っ込んできた。
「ここ俺が撮影した動画使われてんだぜ? すげーだろ! ほらここ、『提供者: けーと@keeeto0705』」
そっちか。まあすげーな。
部活どころではなく、その日は学校から帰るのにも無理があると判断が下され、軽音部ら放課後に残っていた生徒と先生たちで学校に泊まることとなった。
俺も含め、急遽決まった宿泊イベントに戸惑いはあったがなかなか味わえない経験に浮かれていた。
この時はまだ、今日が長い悪夢の始まりだとは知る由もなく、ただ目の前の楽しいものだけを見ていた。
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