第155話 見取り図

「……ヴァル、俺たちは見られていたか?」


「あぁ、見られていたな」


「そうか……。俺の見立てに間違いがなければヴァルクラスの威圧感を感じたんだが?」


「あぁ、我も驚いた。かなり・・・強いヤツだ」


 どうやら勘違いじゃないようだ。ヴァルが驚くレベル。かなりと形容詞をつけるほどの相手。厄介なのに目をつけられたかも知れない。


「……俺は目を向けることができなかったが、ヴァルはどんなやつか見たか?」


「まぁ、チラリとな。年齢は貴様と同じくらいで、女みたいな顔立ちだったな。あと髪は赤かったぞ」


 年齢が俺と同じくらいで、美形の赤髪。そして気配遮断魔法を見破り、あの距離からあの威圧感。すぐに思い当たった。


「……外なる者。戦神イーラか」


 まず間違いないだろう。魔帝国の三指に入るであろう傑物だ。


「ん? 知り合いか?」


「……有名な軍人だ。軍を一切指揮することなく単騎特攻で盤面をひっくり返す化け物だよ」


「ほぅ。なるほど、そういうバカか」


 俺がイーラのことを説明するとヴァルは嬉しそうに口角を吊り上げた。なんとなく似た匂いを感じたのだろうか。だが、笑い事ではない。こちらの目的まではバレていないにせよ、魔帝国に侵入するということは予想されているだろう。軍を動かし、こちらの動向を補足されたら不味い。しかし、イーラと思われる視線が外れたあと、他の兵からの違和感は感じなかった。どういうことだろうか。


「……ヴァル。あの視線が外れてから他の兵士たちはおかしな動き──警戒を強めたり、慌ただしく連絡を取り合ったりしている様子はあったか?」


「ん、なかったな。であればそういうことであろう」


 そういうこと──つまり、イーラは軍部に俺たちのことを伝えずにあえて泳がせた? 理由は分からないが、常識外れと有名なイーラのことだ。奇人変人の思考回路は予測し難い。


「……何を考えているか分からない相手というのは厄介だな。だがそんな厄介な相手にバレた以上作戦は中止して、ウィンダム王国へ戻ろう──と言いたいが、ヤツの気が変わって報告でもされたら二度目はない。アマネの命に関わっている以上逃げるわけにもいかないな。迷惑を掛けるかも知れないが……生徒たちを頼む」


「ふんっ、初めから逃げ腰とは情けないな。最初からそのつもりだ。まぁついでに貴様も死にそうになったら助けてやろう。ガハハハハ!!」


「……よろしく頼むよ」


 高笑いするヴァルに俺は疲れた声でそう頼み、皆の元へ戻るのであった。




「あ、せんせー、おはようございます。……あのご迷惑をお掛けしました。お、重くなかったですか……」


「あぁ、ミコ起きたのか。おはよう。ハハハ、重いわけないだろう」


 大部屋に戻るとまず、ミコが駆け寄ってきた。俺はすぐに笑い飛ばすが、ミコの表情は曇ったままだ。


「ん? どうした?」


「でも、せんせー疲れて休憩しに行ったって聞いたから……。その、私が余計な──わぷっ」


 どうやら自分のせいで負担を掛けて、疲れさせてしまったと思っているみたいだ。まったく生徒にこんなこと思わせるようじゃ俺もダメダメだな。俺は申し訳なさそうに謝ろうとするミコの頭を撫で、言葉を遮る。


「情けない先生でごめんな。ミコは気遣いのできるいい子だな。だが、本当にミコのせいじゃない。それにもう元気いっぱいだ。さて、ネア。見取り図を」


「フフ、はーい」


 俺はそれ以上ミコの責任追求の問答をするつもりはないと、真面目な顔に切り替える。ネアの目はからかうような目であったが、それを言葉に出すことなく、脇に用意してあった大きな紙を机の上に開いていく。


「…………本当に何者なんだ?」


 そして城の見取り図を見た俺は真面目な顔からマヌケな顔になり、ついつい約束を無視してそんなことを呟いてしまう。城の見取り図は随分と古い時代のもののようだが、一般市民や下級仕官では目にする機会はないであろう精緻なものであった。


「たまたま拾ったんだよ。さてっ、じゃあまずは目標の墓守さんね。多分、ここ」


 ネアはさらっと俺の独白に近い追及を流し、見取り図のある部分を指さす。


「……地下三階か」


「うん。帝城は地下牢が三階層あって、墓守さんへの対応を見る限り、最下層だろうねー」


「……経路はいくつある?」


「うーん。階段はここだけっぽいね。地下牢への経路をいくつも作るメリットなんてないから他に道もなさそう」


 スッと指を動かし、階段のマークが書かれた部分をさす。確かにほかに上下を繋ぐ道はなさそうだ。ウィンダム王国の王城にも地下牢はあったが、公式な経路は一つだった。度々賊が地下牢に助けにきたが、一箇所を守るだけで済んだので防衛側はかなり楽ができたものだ。


「……だが、逆に言えばその経路以外の経路があれば手薄になるわけだ」


「ま、それはそうだねー。でも、この見取り図にはそういう道は書いてないけど?」


 ネアは少し呆れた風に笑い、見取り図の地下部分の端から端までをなぞってそう返す。


「……知る人が少なければ少ないほどいい。例えばどの見取り図にも載っていない、ごく一部の者だけが知っているような経路があれば、どうだ?」


「……まぁ確かにそんな経路ならバレにくいだろうね」


 なんにでも例外や抜け道はあるということだ。重要な犯罪者を運ぶ場合のみ使う経路がウィンダムの王城には存在した。知っていたのは王族のほか宮廷警護課のトップであるダーヴィッツさん、その補佐の俺。騎士団団長のアゼルとその補佐の者数人。そして看守長だけであった。


 だが、当然そんな簡単な話ではない。


「でもジェイド先生? そんな通路だったら私たちも知りようがないんじゃ?」


 ミーナの言う通りである。当然、そこまでして秘匿されている経路を簡単に見つけられるわけがない。皆もミーナの言葉にうんうんと頷いている。


「ま、そうだな。それにあるかどうかも分からないし、それを探す時間を考えたら正面突破の方が成功率は高そうだ。だが──」

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