第148話 闖入者

「……おかえりなさい。その子は?」


 バベルから下りてきて、出迎えてくれたのはミーナであった。最低限の挨拶に抑え、訝しげにそう尋ねてくる。


「あぁ、訳あって協力してもらうことになった現地の人間だ。紹介したいから一旦──」


 みんな出てきてもらって、ネアの家に向かおうと提案しようとした。だが、ネアのバベルに入りたいというあからさまな態度に言葉がつかえてしまう。目の前にいるミーナはと言えば──。


「アハハ……」


 作り笑いを浮かべつつも、その視線は明らかにネアを怪しんでおり、どうするつもり? と聞いているようだ。年相応の少年ならこのやり取りの機微に疑問符を浮かべるだけだろうが、そこはネアだ。


「お兄さぁん……」


 何者か疑われていることを自覚しているネアがまるで捨てられた子犬のような目でこちらを見上げ、縋ってくる。当然、演技だろう。本心は恐らくこうだ。協力して欲しいのならミーナを説得して、バベルに入れろ、である。いや、俺の考えすぎかも知れないが、不思議と間違っていないと思える。


「……ミーナ。協力者だ。一度中で話そう」


「やったー!! さっすがお兄さん! お姉さんよろしく! ボクはネアだよ!」


 先程の弱々しい顔から一転し、満面の笑みを浮かべると、ミーナに向けてスッと右手を差し出す。


「……ミーナです。よろしくお願いします。ネアさん」


 そして、ミーナはなんとも言えない表情でそれに応え、結局ネアをバベルに入れることとなる。


「はぇー、すごいねー。帝都でもこんな技術見たことないよ。ウィンダム王国の技術でもないよね。ふむ、古代技術でもなさそうだし、他国でこれだけの技術を秘密裏に磨いてるところがあるのかな?」


 ネアはバベルに入るなり駆け出し、あちこちを眺め、ペタペタと勝手に色々な場所を触りながら少年らしからぬ感想を口にする。隣を歩くミーナはジト目でそれを眺め、俺をつねってくる。そして口に手を当て、ひそひそと耳打ちをしてくる。


(ねぇ、ジェイド? あの子一体何者なの?)


(……見ての通り、得体の知れない者だ)


(本当に大丈夫?)


(…………多分。だが、こちらを売るつもりはないと思う)


 そう言うほかない。怪しいのは百も承知だ。だが、帝都側の人間ではなく、個人の事情で動いているようには思える。


「せんせー、おかえりなさい。その子はだれ?」


「せんせ、おかえりー! んー? 隠し子?」


 ミコとキューちゃんがネアの騒ぎ声を聞きつけて出てきた。まったく誰だ、キューちゃんに隠し子なんて言葉を教えたやつは。


「はい、私」


「…………アマネ、先生の心の声を読まないように。あと、余計なことは教えないように」


「はーい。で、誰?」


 アマネも出てきた。その後ろにはヴァルとフローネさんもいる。全員集合というわけだ。


「ネア、こっちに。……あと、今服の中にしまった備品は戻すように」


「てへっ。お兄さん目ざといな~」


 アマネとネアの独特なペースにやれやれと頭を押さえる。バレるように備品を取ろうとしたネアを注意し終えたあと、ラウンジに移動し、皆にネアの紹介をする。


「紹介しよう。帝都で偶然出会った少年でネアと言う。訳あってお互いに協力することになった。ネア、こちらも紹介しよう」


 俺は皆にネアを紹介し、そのあとネアに対して皆の紹介を行う。


「ふんふん、おっけー、みんなの名前は覚えたよー。よろしくね。それで、みんな何か聞きたそうな顔だね」


 それはそうだろう。偶然出会った少年と訳あって協力し合うなんて何の説明もなしに納得などできるわけもない。なので──。


「あぁ、まずは俺からある程度説明しよう」


 まずこちら側の目的が墓守との接触であるとネアに教えたと告げる。そして難題であった墓守の居場所をネアから教えてもらい、その所在は現在帝都側に拘束されており、処刑前の状態であること。それに対して協力を申し出てくれたというところまでを伝える。


「こちら側の事情は以上だ」


 だがそこまでだ。つまり、アマネの件は伏せているということ。それを共通認識とする。幸いキューちゃんもうんうんと頷いており、それ以上は何も言わないので良しとする。


「次にネアの要求だが、カネ……だそうだ」


 この一言で皆の目は僅かに驚きの色に染まり、懐疑的な視線を一斉に向ける。


「えへへ~、お金は大事だよー? なんでみんなそんな目で見るのかなぁ?」


 確かに金は人を変えてしまうし、金に執着する人間は腐るほど見てきた。だが、ネアがそういう人間に見えるかと言うと、否だ。ましてあの家を見た後では尚更だ。皆もネアの雰囲気からそれは違うということを感じているのだろう。


「……という調子だ。さて、次の行動の相談をする前に少し休憩としよう。ネア、艇内を見たいんだろう? ミコたちと回ってくるといい。フローネさん付き添ってもらえますか?」


「えぇ、いいわよ。じゃあ、ミコちゃん、アマネちゃん、エル? ネアくんとバベル観光ツアーしましょうか」


「わーい、お兄さんありがとう! よろしくお願いしまーすっ」


 そして、具体的な行動指針を話し合う前に一度ネアに席を外してもらう。その意図を理解し、了承してくれるフローネさんとネア・・。ミコたちには申し訳ないが、少々付き合ってもらっておく。そして五人がラウンジを出たのを確認したあと、残っているミーナとヴァルに俺は相談を始めた。

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