第147話 年相応

「……あぁ、そうだ。それで、この転移魔法陣は?」


 誤魔化してもしょうがないので、ウィンダム王国出身だということを認める。そしてこの転移魔法陣はネアが書いたものなのかを確認する。


「ボクが書いたものだよ……って言ったら信じる? 逆にボクじゃないよって言ったらどう?」


 明らかに高度な魔法陣による無害な人体転移魔法。わざと入り組んだ路地の先に作ったみすぼらしい入り口。そして辿り着いた場所──家というよりは研究室と言った方がいいだろう。今いる部屋も広いが、扉の数からして全体としても個人宅レベルではないだろう。


 そんな場所で一人暮らしをしており、今尚ソファーチェアに座り、くるくると回りながら笑っている少年。まったくもって俺の常識の範囲外の存在だ。正常に真贋を見極められるかと言われれば難しいと言わざるを得ない。


「……確かに今の質問は無意味だったな」


 ネアの言う通りだ。そう答えるとネアは勝ち誇った顔でうんうんと頷いた。


「さて、お兄さんのお友達はどこにいるの?」


「……ここから五キロ程南の平原だ」


「そっか。じゃあ迎えに行こうか」


「…………」


「あれ? どうやってかは聞かないの?」


 当然、ここまで来てお茶を飲んだ後、正門に引き返して突破するというわけではあるまい。扉の先に他の転移魔法陣が設置されているか、常識的には考えにくいが、あるいは──。


「ここは既に帝都の外なんじゃないか?」


 転移した先が帝都の外にあるという可能性だ。そう指摘するとネアはクルクルとまわるのを止め、一瞬目を丸くし、そしてやはり笑う。


「フフ、よくそんなバカげたことが言えたね。うん、でも正解。さ、外に出てみようか」


 ネアはソファーチェアからぴょんと飛び降りると扉を一つ開ける。その先には長い上り階段だ。どうやらこの場所は地下に作られているらしい。ひんやりした空気を感じながらネアの後ろをついていく。そして暫く階段を上り続けると石の天井に当たる。


「お兄さん、見てて見てて」


 ネアは嬉しそうに振り返り、そんなことを言うと天井に手を当てた。天井は魔法陣の光で輝き、ゴゴゴと重苦しい音をたてながらスライドしていく。最低限の魔灯による薄暗い階段に月明かりが差し込んできた。


「すごいな」


「でしょー? へへ、こういうの好きなんだよねー」


 人体転移魔法に比べれば大したことはないのだが、ネアはこちらの仕掛けの方が自慢したいみたいだ。もしかしたら人体転移魔法は別の製作者で、こちらはネア作の魔法陣なのかも知れない。


「よいしょっと。はい、お兄さん」


「……ありがとう」


 天井から這い上がったネアがこちらに手を差し伸べる。体重をかけたらネアを引きずり落としてしまいそうなので、本当は手など借りず上った方が楽ではある。が、好意を無下にするのもなんなので、その手を握り、地上へと出る。


「あれが帝都か」


「うん、そだよー」


 目算ではあるが、ここは帝都から一キロほど離れていた。一キロだ。ウィンダム王国での転移魔法は物体の質量と距離が相関しており、音節が増えれば増えるほど、大きい質量かつ長い距離が可能になってくる。だが宮廷魔法師クラスでも手のひらサイズのものを精々数十メートル。俺が使える六音節魔法でも精々が三百メートルほどだろう。その三倍以上の距離を人体転移させたわけだ。本日何度目かになるめまいを覚える。


「~♪」


「……あっちだ。行こう」


 ネアはウィンダム王国での魔法の常識を知っており、その上で俺が困惑していることに気付いているのだろう。いじわるな笑みを浮かべっぱなしだ。終始ネアのペースで、俺一人では手に負えない。一刻も早くみんなと合流するため歩き始める。帝都と星の位置から大体方角や距離は分かる。


「はーい」


 ネアは何も言わず、全て見透かしてるかのように間延びした返事を返し、俺についてくる。みんなが合流すれば嫌でも質問の嵐になるだろう。俺はそれをはたで聞いて、冷静に見極めることに努めるべきだ。


 今はこれ以上話すことはないとばかりに、押し黙り歩く。ネアはそっぽを向きながら鼻歌混じりに隣を歩く。こういった空気を察する力や感情を読む力は子供のそれではない。そしてそのまま無言で三十分程歩くと──。


「ここだ」


「え? どこ?」


「ヴァル。戻った、魔法を解いてくれ」


 平原の影になった部分。目を凝らしても何も見えない場所。光学迷彩の魔法で透明になったバベルが存在するはずだ。ヴァルに声をかけ、その魔法を解いてもらうと──。


「う、うわぁ、すごい! すごいすごい! お兄さん、なにこれ! えぇー、こんなの見たことないよ!」


 姿を表したバベルに年相応に興奮し、はしゃぐネア。まるで子供のようだ。だがどうしても俺は独特な雰囲気を纏うこの少年を子供だとは思えなかった。子供の皮を被ったナニカ。ひどく恐ろしいものを連れ込んでしまったのではないかと、少しだけ寒気がするのであった。

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