第141話 風に吹かれて
「ふぃー。これであらかた終わったかな」
客室を片付け終え、そのほかの部屋、念の為操舵室なども覗いてみたが、そもそも最小限の備品しかないため、思ったより時間はかからなかった。そこで俺はようやくラウンジに戻ることにする。
「特に問題なかったぞー。って、あれ?」
ミーナにそう報告しようと思い、辺りを見渡たすも姿が見えない。
「ミーナ先生は?」
俺はテーブルの上にカードを並べて遊んでいる生徒たちに行方を尋ねた。
「センセイの様子を見に行くって言ってた」
「う~ん、すれ違いですかね?」
生徒たちはパッと顔を上げ、各々の持っている情報を提供してくれる。
「なるほど。……フフフフ」
その答えに俺は納得し、同時に対応策まで思いついてしまったため、不敵に笑ってしまう。
「……なに、センセイ。その顔気持ち悪い」
「アハハ……、アマネちゃん。気持ち悪いは言い過ぎだよ」
「せんせ、きもーい! アハハハ!」
「…………お前ら」
だが、生徒たちの反応はひどいものであった。このとき俺の顔は大層ひきつってたであろう。
「さて、バベル。ミーナ先生がどこにいるか教えてくれ」
そして俺はさきほど思いついた対応策──バベルに聞けば、一発でミーナの居場所が分かるということを実践する。予想通り返事はすぐに返ってきた。
『申し訳ありません。プライバシー侵害となりますので、個人の動向などはお教えすることができません。ちなみにミーナ様は私に聞こうか一瞬考えたように見えましたが、自らの足で探しにいきましたよ?』
だが、決して望んでいた答えではなかった。
「…………もういいです」
俺は諦めた。バベルに頼るのはもうやめた。姿の見えないバベルに対し、うんざりした表情でそう返す。しかし、どこにいるか分からないバベルにもこの表情はきっと見えていることだろうし、そこから俺の気持ちも察してくれているだろう。奇妙な信頼感がそこにはあった。
「センセイ、ドンマイ。がんば」
「ファイトですっ!」
「がんばれー!」
「あぁ、ありがとうな」
そしてアマネたちに励まされ、それに力なく返事を返すとラウンジから出るべく扉へ足を向ける。
「フフ、ジェイくん頑張ってね~」
「はい。フローネさん、すみません。みんなのことよろしくお願いします」
去り際、カードで遊んでいる生徒たちの横で読書をしていたフローネさんが顔を上げて、ニコリと微笑み、手をヒラヒラと振ってくる。俺はそれに頭を下げ、生徒たちのことを頼むとまた艇内をウロウロすることとなった。
(どこかなっと)
こういう時、幼馴染であれば考えていることなどお見通しとばかりに居場所が分かるものだが、現実はそう簡単にはいかない。客室も一部屋一部屋ノックし、慎重に開けて確認していくが、一向に見つからない。
(いや、まさかな?)
そしてチラリと目に入った階段を見て、まさかと思うことがある。とりあえず確認すべく俺は階段を上がり──。
「……本当にいた。ミーナ先生、こんなところにいたのか」
「あ、ジェイド。うん。この船すごいね、どうなってるんだろ? こんなに速いのに風は心地いいくらいだもん」
甲板デッキの柵に両腕を乗せ、黄昏れていた幼馴染を発見する。確かにミーナの言う通り、景色はものすごい速度で後ろに流れているのに、感じる風は心地良いくらいだ。
「さぁな。まぁ技術力が俺らの世界とは比べ物にならないレベルだから、そういうものとして受け入れるしかないな。で? こんなところで何してるんだ? 俺を探しているって聞いたぞ?」
「フフ、うん、だからここから落ちちゃってないかな、って下を探してたんだよ」
ミーナは下を探すフリをして小さく笑うとそんな冗談を言う。
「……俺は命を粗末にする趣味はない。言われた通り艇内の片付けをしてきたが、特に問題はなさそうだ」
「そっか。ありがと。じゃあジェイドも少し休憩だね。ほら、こっちこっち」
言われた通り片付けをしてきたというのに、その報告に対しての反応は随分あっさりとしたものだった。そしてそんなことはもうどうでもいいとばかりに声の調子を変え、自分の右隣に来るよう柵をトントンと叩く。
「はぁ……。まったく。それにジェイド先生、だろ」
幼馴染の気まぐれという珍しい行動に俺はため息をつきながら──それでも指定された場所へ悪態をつきつつ、ゆるゆると歩いていく。
「いらっしゃい。私もジェイドも今は休憩時間だからいーの。ほら、すごい景色だよね。私たちってこんな広い世界に住んでいたんだね」
先程から通り過ぎる景色たちは、山があり、川があり、森があり、街があり、それが360度地平線の先まで続いている。確かにこんな高い場所から見渡す機会などないからミーナの言っていることも分かる。
「そうだな。世界は広いな。ここから見れば人なんて米粒みたいなもんだ。……珍しいな、なにか嫌なことでもあったのか?」
なんとなくこの風景を見ていると自分がちっぽけに思えてくる。そしてそんなちっぽけな自分が悩んでいることがバカバカしくなるのだが、その反面、そのバカバカしくなるような悩みに振り回されているのも確かだ。もしかしたらミーナも同じようなことを思っているのかも知れない。
「うーん。そうだね、大人になってからは考えなきゃいけないことが増えたから」
ミーナは否定しなかった。そして、アンニュイな表情で髪をかきあげながらそう呟く。そんな幼馴染に俺は真面目な顔で──。
「……俺なんか大人になれているかどうかすら分からない」
半分冗談、半分本音の言葉を返す。これにはミーナも目を見開き──。
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