第134話 魔人ヴァル

「デアゴスティー○……。聞いたことないな。だがなんとなく強そうな名前だな」


「ん? あぁ、まぁ幅広くいろいろなものを扱っていて中々、面白いぞ。強いかは知らん。さて、そろそろか」


 俺が不思議そうにその名前を呟くとヴァルはそっけなく返事をし、そして再度次元の穴へ今度は頭を突っ込んだ。


「お、届いてる届いてる。あー、でも取り出すのめんどくさいな。こっちで作るか……。おい、ジェイドこっちへこい」


「?」


 ヴァルは首を抜くとこちらを振り返り、手招きする。そして俺は言われるがままに近づいていく。


「よーく見てろ? んで、同じようにやってみるんだぞ?」


「ん? いきなり何言って──」


 ヴァルはちょいちょいと指を差す。先程まで開いていた次元の穴はいつの間にか消えていた。そしてしたり顔で息を大きく吸い込む。


「ハッ!!」


「っ!?」


 声を出すであろう予兆が見てとれた。慌てて俺は耳を塞ぐ。そしてその予想に違わずバカでかい声が大気を震わせた。


「なっ……。バカ、いきなりそんな大声──」


 予想に違わずは正確な表現ではなかった。予想を超えた大声だ。頭と耳がジンジンと痛い。当然、俺は怒るがヴァルはどこ吹く風でちょいちょいと再度指を差す。そこには先程より広め、直径一メートル程の次元の穴が生まれていた。しかしみるみる内に狭まっていってしまう。


「ん? ヴァル何がしたいんだ? おい、穴閉じちま──なっ!?」


 だがヴァルはそんな俺の反応を楽しむようにニヤリと笑うと、ニュルンと、そう、まるでスライムのように狭まっていく次元の穴へと流れこんでいったのだ。


「………………ハッ!?」


 あまりの衝撃映像に呆然としてしまった。だがその間にも穴はどんどん小さくなっていく。今は精々顔が通るかどうかというサイズだ。


「ヤバッ、ぬぅぅうぅうう!!」


 慌てて穴の縁に手を掛け、広げようとする。それでも穴は広がらない。それどころか更に狭まっていき──。


「あっ……」


 このままだと手を持っていかれてしまう危機を感じ、慌てて引き抜いてしまう。そして穴は完全に閉じてしまった。


「…………おーい、ヴァルさんやーい。おーい」


 侘しい風が吹き抜ける廃材置き場で一人声を発してみる。しかし、返事はない。


「……え、マジ? 俺も大声上げて次元に穴開けて、ニュルンと入ってこいってこと? は? 無理に決まってるんだが。あいつはアホなのか?」


 最後に見せたあの意地の悪い笑みを思い出し、そういうことであろうと察しをつける。恐らくあの穴はヴァルの次元魔法で作られた倉庫のようなものだろう。そしてそこから俺の困った様子を見て、ニヤニヤしているに決まってる。そうに決まっているのだ。


「……ハァ、分かった、分かった。無様にあがくのを満足するまで見て笑ったら迎えに来てくれよ? スゥー……ハッ!!」


 俺は届いているか分からない呟きを口にし、ヴァルと同じように大きく息を吸い、気合を入れて叫んでみる。


「……………………いや、無理って分かってたし」


 当然、次元に穴など開かない。というかヒビすら入らない。いやむしろこんな適当なノリで次元に穴が開いても困るのだが。


「いや、ヴァルさんやーい。明日までに作れないと困るから遊んでないで入れてくれよー」


 今の今まで他のことにかまけていて後回しにしていた俺が悪いのだが、そんなことは棚にぽんぽんと上げておいて都合の良いように泣きつく。だが返事はない。


「よし、分かった分かった。俺の中にも次元竜の血が混ざってるからな。竜の知識から次元魔法を使ってみせろということだろ? つまり魔帝国に行く前のレベルアップチャンスなわけだ」


 首をコキリと鳴らし、肩をぐるんと一回しする。長く深く息を吐き出し、目を閉じる。そして自身の中に流れる竜の系譜を探す。


 血液を──。魔力を──。


 感覚は何度も体を駆け巡り、奥の奥、遥か深い場所に根付いて眠る何かを掴む。理屈ではない、理論ではない、感覚を頼りにそれを起こし、手繰り寄せる。あとは長年鍛え続けてきた体と魔力を信じるだけだ。


「これだっ!! ハッッッ!!」


 目をカッと見開き、乾坤一擲の叫びを上げる。


「っ!?」


 ヒビだ。空間にヒビが入った。そして俺は無意識に──。


「むんっっ!!」


 殴った。これまた無意識に右手に魔力を集中させ、おもっくそヒビの入った空間を殴ったのだ。するとどうだろうか──。


「開いたっ!!」


 ガラガラと空間が崩れ落ち、歪な穴が開いたではないか。しかし、世界はこれを異常とみなしたのだろう。すぐに修復すべく穴は塞がりはじめてしまう。


「どぉぉぉおりゃぁぁぁあ!!」


 なので俺は自分の体を信じ、頭から突っ込もうとする。


(やればできる!! 俺ならできる!! 信じ抜くんだ!! 俺自身を騙しきれ!! 液体ッッ。今、このときこの瞬間のみ俺は液体であり、剛性という概念を捨て去るっ!!)


「って、できるかよっ!! ヴァルお前は俺に何をさせたいんだよ!! つうか、この次元の穴は本当にヴァルのとこに繋がってんのかよ!!」


 だがそんな軟体生物みたいな動きはできるはずもなく、最悪頭だけ入ってしまって首のところで穴が閉じてしまえば俺の物語はジエンドだ。そんなリスクの高い行動はできるはずもなく、指をくわえて穴が閉じていくのを見ていることしかできなかった。


「あっ」


 と、思ったら次元に穴が開いた。そしてそこから見慣れた腕がニョキと生えてきて──。


「おい、ヴァル──いだだだだだっ、おい、バカ、無理だって!」


 文句を言う前に掴まれ思い切り引っ張られる。次元の穴のサイズはギリギリだ。色々とゴリゴリ削られる。だが、なんとか通り抜けることに成功したようだ。


「ハァ……、ひどい目にあった。おい、ヴァルお前──って、広っ!!」

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