第132話 敵前逃亡
「──ありがとうございました。良かったな、ミコ」
保健室の先生に診てもらったが軽い捻挫とのこと。患部を冷やし、自己治癒能力を高める魔法をかけ、その上からテーピングし、それを魔法で固めることにより、足首を固定。これで今日は激しい運動は禁止、急な荷重をかけないようにすれば明日には治っていると言われ、三人でホッとする。
「ミコ、良かったねー!」
「うん、先生、キューちゃんありがとう。保健室の先生ありがとうございました」
そして保健室の先生に頭を下げ、礼を言い、三人で退室する。
「さて、ミコお疲れ様。よく頑張ってくれたな。今日はもう帰っていいぞ? キューちゃん歩くの助けてあげてくれな?」
「任せてー!」
俺がそう言うとキューちゃんはシュタリとミコの隣に立ち、腕を絡ませる。どうやら支えているつもりなのだろうが、身長差によりぶら下がっているようにしか見えない。
「アハハ……、キューちゃんありがとう。じゃあ先生、今日は失礼します。また明日」
「あぁ、また明日」
そんなキューちゃんに俺とミコは苦笑しながら頷き合い、別れの挨拶を交わす。今日は金曜日、明日は土曜日。学校は休みだ。そして明日から十日間ずーっと休みだ。王国創立祭である。
「気をつけて帰れよー。あと前向けー」
見送る俺へと振り返り、頭を下げ、手を振ってくるミコ。なんとも律儀で可愛げのある生徒だ。
「さて……。準備しますか……」
そんなミコとキューちゃんが見えなくなったのを確認してから、少しだけ重い声を出す。また明日、そう明日から魔帝国へアマネの呪詛を解く鍵を探しに行く。それは簡単なことではないだろうし、トラブルも起きるであろうことは容易に想像できた。それに──。
(シャーリーか……)
蓋をし、逃げ続けていた過去と向き合う。どこで何をしているかも知らない彼女を探し出し、会うことが果たして可能かどうかすら分からない。だが不思議と予感めいたものはあった。
(何を喋るかくらい考えとくか)
恐らく見つけられるであろう、と。まさか本当に会えると思っていなかったなどと高をくくり、何も考えていなかった、などと言えばミーナに今度こそ愛想を尽かされてしまうだろうし。
(それにしてもミーナは、よくこんな俺の面倒を見続けてくれるもんだな……)
「ジェイド先生? 何してるの?」
「ん? ミーナについてちょっと考えて……」
「え? 私?」
「ん?」
ミコとキューちゃんが帰っていった方を向きながらボーっと突っ立って、考え事をしていたら当のミーナが隣に立っていた。
「…………あれ? いつの間に?」
「いや、いつの間にってほどでもないけど? ジェイド先生がニヤニヤしながら遠くを見つめて動かないから心配になって……、で、どうしたの?」
「……そうか。いや、なんでもない。ちょっとボーっとしてただけだ」
「でも私のこと考えてたって言ってたじゃない?」
苦し紛れに誤魔化そうとしたが、ジト目で睨まれてそんなことを言われる。仕方がないので──。
「…………あぁ、ミーナのクラスはサッカーどうなったかなぁって考えていたんだ」
更に苦しい嘘をついてみた。ミーナにはいつも面倒を見てもらっていて感謝しているんだ、などと小っ恥ずかしいこと言えるはずもない。
「……ふーん、そ。まぁ言いたくないなら別にいいんだけどね。あ、それとスカーレット先生のクラスに勝ったんだね。スカーレット先生、すごい悔しがってたよ。おめでとう」
当然、幼馴染に俺の嘘が通じないというのは百も承知のことだ。だが、ミーナはこれ以上言及しないようだ。ありがたい。
「あぁ、ありがとう。生徒たちが根性を見せてくれたよ。スカーレット先生が監督が楽しいって言った理由が分かった気がするな」
「そ、良かったね。で、ジェイド先生? この一週間サッカーに熱心だったけど明日からの支度はできてるんだよね?」
どうやらこれが本題のようだ。ニッコリと笑顔を浮かべ、ミーナがそんなことを聞いてくる。まるで遠足前の子供に対するような聞き方だ。三十手前のおっさんに対してまったく……。
「あぁ、もちろん終わっていない!」
だから俺は堂々と言い返してやった。ミーナは笑顔のまま、コメカミに青筋を立てる。
「フフ、ジェイド? それが冗談じゃないならすこーしだけ怒るよ?」
「ヒッ! お、落ち着けミーナ。もちろん冗談に決まっている。あっ、急にお腹がいた、いたたたた。これは大変だ。すぐにトレイに行かねば……じゃ!」
「あっ、ジェイド先生っ! もう……」
というわけで絶対にすこーしで済まないであろうお説教を食らう前に敵前逃亡を果たした。
「さて、んじゃチャッチャと作りますか」
そして、街の外れにある廃材置き場まで来ると、俺はせっせと明日ヴァルに運んでもらうための乗り物を作るのであった。
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