第125話 次は俺の番だ

 ミコは元々魔力素養の高い紫髪であり、召喚魔法に傾倒しなければ特進クラスに入ってもおかしくないほどの才能だ。更にキューちゃんと契約することにより、不思議な魔力回路と器官が増えた。キューちゃんとアマネを除けば彼女がこの学年で最も才能のある生徒であろう。


 そして真面目なミコはあっという間に──。


堅固で巨大な結界ソリド・ヒュージ・アンテ。……あ、せんせー、見て下さい! どうでしょうか?」


 コンコンッ。


「うむ、素晴らしい結界だな。文句なしの成功だよ、おめでとう。単純な物理的衝撃であれば俺でも破るのは難しいだろう」


 三音節魔法まで成功させてしまった。しかし俺がそう褒めるとミコは年相応の女の子らしくはしゃいで喜ぶ。可愛いものだ。というわけで、ミコはしばらく放置。間違いなく学年末の試験は受かるだろうし、このままいけば主席だろう。なにせ三音節魔法というのは学生レベルを遥かに超えているのだから。


「というわけでミコ? ミコは二音節魔法を中心に無理をせず訓練しててくれ。あと、キューちゃんがヤバイ魔法を使わないように頼むぞ? くれぐれもこっちの世界の魔法しか使っちゃダメだから」


「はい! キューちゃん分かった?」


「うんー、わかってるー!」


 ミコのなんとも頼りがいのある言葉とキューちゃんのなんとも不安になる言葉が返ってくる。そんな二人を期待と不安の入り混じった気持ちで放置し、先ほどから床に這いつくばって一言も喋らない男子四人の方へ目を向ける。


「さて、お前ら! 休憩は終わりだ! 特進クラスのやつらは二音節魔法もすでに習得しているだろう。任せろ、俺が徹底的に魔力操作を体に覚え込ませてやる」


「うぅい」


「はひ……」


「うぷっ」


「…………だばー」


 こうして男子四人にとっては地獄のような一週間が過ぎ──。




「ウィンドッッ!!」


「いいぞ、ヒューリッツ。それが魔法だ。今、お前は自分の力で魔法を使ってるんだ」


 ヒューリッツは左手をまっすぐ前に伸ばし、その手の平に魔法陣を浮かべ魔法を発動させたのだ。そう、ヒューリッツは元々左利きを右利きに矯正されていた子であり、左手から魔法を発動させた方が上手かったのだ。


「ウィンドッ!!」


「ふむ、右手はやはり出力がやや弱いな。だが、成功はしている。両手ともで魔法陣を描けるのは稀有な才能だぞ?」


「ありがとうございますっ!」


 相変わらず真面目なヒューリッツはニコリともせず、頭を下げて礼を言ってくる。なんともヒューリッツらしい。レオあたりに言ったらものすごいはしゃいだだろうに。


 そしてほかの三人も課題魔法はほぼ完璧に唱えられるようになっていた。これであれば男子四人は学年末試験を通るだろう。


「……良かった。うん、本当に良かった。サッカーバンザイだな。まぁまだサッカーの練習は一回もしていないが」


 男子四人は約束どおり今の今までサッカーのことには触れず、魔法の訓練に集中し、そして見事成し遂げたと言っていいだろう。流石に特進クラスの子たちには魔法で勝ってるとは言えない。だが、確かに課題魔法は習得したのだから次は俺が約束を守る番だ。


「よし、お前らそこまで。……お前たちは口だけじゃなかったんだ。この一週間限界まで頑張った。努力で魔法を使えるようになったんだ」


「おっさん……」


「先生……」


 四人は自力で魔力操作ができるようになった今、尚、限界まで魔力器官を回し、魔力回路を太く、強くするため限界まで魔法を使っていた。この年齢だってのに髪も肌も少しくたびれて、頬が少しコケてしまっている。だが目は死んでいなかった。いつの間にかこの訓練を乗り越えれば魔法が使えると確信に変わったのだろう。言葉にせずとも奇妙な信頼関係が出来上がっていた。


「よくやった。明日、明後日はゆっくり休め。今度は俺が約束を守る番だ。お前らを絶対サッカーで勝たせてやる」


 そして俺は根性を見せた男子四人に負けないように根性を見せるつもりだ。明日、明後日は休み。


(俺がこの二日間でできることと言えば……)


 俺はある決意を胸にする。そしてこの日の授業を終えた後、職員室に戻り──。


「スカーレット先生っ!!」


「な、なんだジェイド先生。随分情熱的に呼び止めるじゃないか。だが、すまない。私は今誰かと交際するつもりは──」


「サッカーを教えて下さい。監督のなんたるかを教えて下さい!!」


 スカーレット先生を掴まえてそう頼み込んだのだ。


「……急にどうした? いや、クーリッツやグレゴラスたちが何か言ってたな。努力クラスが出てきたら完膚なきまでに圧倒してやる、だったか。つまりそういうことか?」


 スカーレットさんは俺の態度とクラスの雰囲気から事情を察知してくれたようだ。話が早い。だったら俺は正々堂々敵の大将にこう言うまでだ。


「はい、スカーレットさんのクラスにサッカーで勝ちたいので、サッカーのイロハを叩き込んで下さい」


 スカーレットさんは一瞬呆気に取られた後、小さく不敵に笑った。


「ッフ、敵の監督に教えを乞おうとはジェイド先生も随分図々しくなったものだ。いいだろう、明朝八時に街のハズレにあるサッカー場にこい。それと──」


 そして話の途中で机の引き出しを開けて一冊の本を取り出した。


「私が敬愛する名将ゴハンクライフの著書だ。一説には彼がサッカーという競技を作ったとも言われている。これを明日までに三回読んでこい」


 差し出された本は何度も読み返されたであろう傷みが見られ、折り目やクセも多分に目につく。だが、同時に大事に扱ってたと伝わるある種のオーラのようなものが出ているようにも見えた。

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