第119話 幼馴染の使命

「俺はダーヴィッツさんのところに行き、問い詰めた。右腕を斬られたのは事実か、と。答えは沈黙。つまり肯定だ。知っていながら黙っていたダーヴィッツさんに一瞬、怒りが湧きそうになるが、それよりシャーリーはどこか聞くほうが先決だった。結果から言えばシャーリーは王国内にはいなかった。魔帝国に行ってしまっていたんだ。そしてダーヴィッツさんに宥められ、落ち着かせられたところで言われたよ。シャーリーの気持ちを汲んであげなさいって」


 俺は必死に考えた。なぜ、シャーリーは黙って去ったのか。なぜ、イヤガラセを受けていたことを黙っていたのか。


「俺のためだったんだよな……」


 俺が苦しまないように、罪悪感に押しつぶされないようにと思ってのことだったんだろう。シャーリーは優しい子だった。そんなことになった原因は俺にあるっていうのに、それでも想ってくれていた。


「……俺は泣き崩れたよ。そのときどんな感情だったかは覚えていない。とにかく感情が暴走して、理性や思考というものを全て吹き飛ばして、ただただ赤子のように泣いた。そして次に思考ができるようになったときは朝、自分のベッドの上だった。自分の中に残っていたのは途方もない空虚感と、シャーリーの手紙に書いてあった俺の夢、宮廷魔法師にならなければという使命感だけだった」


 この日の朝はよく覚えている。突然世界がモノクロになった感覚。自分が自分でなくなり、まるで他人のような身体、感覚。俺自身を後ろから眺めているかのような。そして不思議とジュルダンへの怒りは麻痺していた。


「……俺は卒業まで誰とも喋る気になれなかった。学校を卒業するために事務的に学校へ行き、ダーヴィッツさんやアゼル、エメリアとも距離を置き、人を遠ざけた。もう近しい人間を作ることはイヤだと思った」


 アゼルとエメリアもそんな俺の気持ちを察して積極的に関わってこなくなった。今にして思えばあの頃から随分二人は大人だったな。


「……そして卒業して魔法局に入った。だが平民が宮廷魔法師になるのは難しかった。ダーヴィッツさんが俺の卒業と同時に学院を辞めて、魔法局に入ってくれたのは俺の居場所を作ってくれるためだったんだろう」


 そして魔法局時代も当然であるとばかりに散々イヤガラセに遭った。だが、宮廷魔法師になれなければシャーリーの想いが全て無駄になってしまう気がして、なにがなんでもしがみついた。


「まぁ、そんなわけで俺はもう近しい人間、特に恋人を作る気にはなれなかった。絶対に不幸に巻き込むからな。そこから随分遠回りしてなんとか宮廷魔法師という使命を達成できたわけだ」


 俺はここまで言ってようやく肩の力を抜き、天井を見上げる。恐らく自分の気持ちをここまで人に曝け出したのは初めてだ。それがミーナだって言うんだから幼馴染恐るべし、だ。


「それで宮廷魔法師になってからはどうだったの?」


「……変わらないよ。宮廷内は貴族だらけだ。宮廷魔法師になったから敬われ、許されることなんてない。イヤガラセは続いたから俺は宮廷内に友人なんて──」


「そうじゃなくて、シャーリーさんに手紙をつき返しに行ったの?」


 その質問の意図をわざとずらして解釈したが見逃してはくれないらしい。俺は胸の奥に痛みを感じながら言葉を搾り出す。


「…………いや、行ってない。今更どんな顔して会えばいいか分からなかったし……。いや、誤魔化すのはよそう。怖かった。俺はシャーリーに会うことが怖くてずっと逃げているんだ」


 夢は叶えた。俺は俺の夢を。シャーリーの言っていた別の夢が叶ったかは知らないし、手紙に書かれていた別の夢が本当にあったのかすら分からない。宮廷魔法師になった俺は少しだけ呼吸がしやすくなったが、それでもまだ水の中だ。


「……ジェイドはこの後の人生もその気持ちを抱えたまま一人で生きていくつもりなの?」


「…………」


 ミーナの問いかけは何度も自問してきたことだ。このままでいいのか、と。俺の人生とは一体なんなのだろう、と。答えられないでいるとミーナは少し笑いなが口を開いた。


「私はどっちでもいいと思うよ? ジェイドがこのまま逃げ続けてもいいと思ってる。人の心は弱いから。でも、会いに行くなら手を引いてあげる」


「…………」


 正直に言えばこの過去を清算したい気持ちはある。それはひどく身勝手な気持ちだ。自分が楽になりたいから、シャーリーに謝って、許してほしいという気持ち。あるいはシャーリーに今まで何で放っておいたのか糾弾されたいと思う気持ちもある。だが、どちらにせよこんな自分勝手な気持ちで会いにいくことはできない。


「今、何考えてるか当ててあげようか? ジェイドは自分が楽になりたい気持ちで会いにいくことがシャーリーさんに対して不実だから会いにいけない、そう思ってるでしょ?」


「…………すごいな、その通りだ」


 俺は苦笑する。こんな時、自分の気持ちを言葉にしなくても理解してくれて、いつも良い方向に導いてくれる幼馴染に結局頼ってる自分に。


「うん、分かった。会いにいこう。それでシャーリーさんに気持ちを伝えよ? どんな結果になっても私は絶対ジェイドの味方でいてあげるから」


 そして今回も俺の心の奥の奥にある欲求を口にしてくれた。自分からは絶対に言い出せない恥ずべき気持ち。即ち誰かが俺をシャーリーのところまで無理やり連れ出してくれるというもの。


「なんでお前はそこまで……」


 だが同時に俺は目の前の幼馴染のことが理解できなかった。なぜ、こんな俺にここまで優しくしてくれるのか。なぜ、俺を肯定し続けてくれるのか。


「それは……、うん。もう小さい頃からジェイドの面倒を見るって生き方になっちゃってるの。使命感ね。というわけで、はい、情けない顔はおしまい。ご飯食べよ」


 そして無理やりミーナはこの話を終わらせようと俺の頬を両手で強めに引っ張った。ジンジンと痛みと暖かさを感じる。確かに言われた通り、俺は相当情けない顔だっただろう。


 それからミーナはサッと立ち上がると、壁にかけてあるエプロンを手に取り、冷蔵庫を空け、手馴れた様子で料理を始める。そんなミーナを見ていたら俺は急に怖くなった。ミーナまでいなくなってしまったらどうなるだろう、と。


「ミーナは……」


「ん?」


 俺の小さな声にミーナは振り返る。


「……いや、なんでもない」


 だが、ここまで甘えておいて、いなくならないでくれと言うのは流石に恥ずかしい。何を今更だとは自分でも思うのだが、まだ僅かに体裁を気にしたいるのだ。


「なーに? 寂しくなっちゃった? 今夜は添い寝してあげようか?」


「…………いらん」


 だがそんな俺の気持ちは筒抜けだったようで、微妙に空いた間にミーナはとても意地悪な笑みを浮かべる。そして、そ、と一言返すだけで料理に戻った。そんな他愛もないやりとりに先ほど感じた恐怖は少しだけ和らいでいた。

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