第42話 魔法の発生機序

 それから午後の授業では女子は休みで男子の魔法訓練のみを行った。召喚魔法しか使おうとしないミコ。魔力回路に恐らく何かしらの問題があり眠り込んでいるアマネ。授業に出ようとしないサーシャ。この三人は少し事情が特殊なため、個別にどうにかしていかなければならないだろう。


 では男子はどうか。まずヒューリッツ──予想はしていたが不器用だ。きちんと魔法に対する知識や理解はあるため、あとは慣れやコツと言った部分なのだが、如何せん考えすぎてしまっているため発動しないという状況だ。


「ヒューリッツ? 肩の力を抜こう。こう気楽な気持ちで魔言を唱えるんだ。今日の昼メシなんだっけ? くらいな調子で言ってみよう」


「分かりました。スゥー……ウィンドッ!!」


 分かりましたと答えたヒューリッツは全身に力を漲らせ、両手をこれ以上伸びないという限界まで前に突き出し、大気を震わすほどの声量で魔言を唱えた。


「おーい、ヒューリッツ? お前は昼メシをなんだっけ? って聞くときにそんな調子で聞くのか?」


「……いえ、それはないですね。ただ、魔法と昼食は全く別物ですので」


 ヒューリッツ。中々に手強そうな生徒であった。


 次いでキースとケルヴィン。この二人はヒューリッツと全く逆で、ノリだけで魔法を唱えようとしていた。前任者のクローデッド先生は何を教えていたのだろうか……。


「お前ら? 一体何を教わっていたんだ?」


「もちろん魔法ですよ?」


「ですねー」


 キースはクイッとメガネを上げてドヤ顔でそう答える。ケルヴィンも何当たり前のこと聞いてくれちゃってるのといった様子だ。


「なら、お前ら魔言の指向性は教わったか?」


「なんですかそれ?」


「初めてきいたかな」


 キースとケルヴィンは不思議そうな顔で見合わせる。頭の痛い話しだ。指向性を意識せずに魔法を唱えようとしたとは……。


「よし、じゃあ基本的なところからおさらいしよう。みんなも一応聞いてくれ。まず魔法とは何か──即ちこの世界に溢れている外魔力を様々な事象に変換することを魔法と言う。そして外魔力を変換するための指示言語が魔法陣だ。ここまではいいな?」


 ミコとヒューリッツはきちんとした眼差しで頷いている。これは分かっているだろう。対してキース、ケルヴィン、レオは自信がなさそうだ。まさか、この段階でつまづいているとは思わなかったため少しばかりめまいを覚える。


「……まぁいい。それで魔法陣を描くために必要なのがそれぞれの体の中にある内魔力だ。で、その内魔力で直接魔法陣を描くものを設置魔法。魔言を変換させて描くものを詠唱魔法と言う。当然設置魔法の方が難しい。最初は一音節の魔法陣すら直接描くのは難しいだろうな」


 と、言ったらミコとヒューリッツは鞄の中をゴソゴソと漁り、紙とペンを取り出した。そして何やらサラサラと書きはじめる。


「……ふむ。アンテ、ウィンド、ムスクルの魔法陣か。大きさ、配列、細部に至るまできちんと言語になっているな。二人とも素晴らしいぞ」


 出来上がったのは三枚の魔法陣。内魔力でなくペンで書いているため発動はしないが、これを魔力で書き上げれば発動するだろう。


「と、まぁ設置魔法は難しいが、記憶力と反復練習でどうにかなる。魔道具を作るなら設置魔法は必須だぞ? ちなみに魔法武器を作るときは鍛冶工程では詠唱魔法が必要になるし、武器自体には設置魔法が必要だ。二人とも頑張れよ?」


 俺がそう脅かすと二人は苦虫を噛み潰したような表情となる。


「さて、重要なのはここからだ。詠唱魔法の使い方な。内魔力とは元々は外魔力だ。体の中にある魔法器官で外魔力を変換し溜めたものを内魔力と言う。そして、この内魔力を音として外に出すのが魔言だ。魔言の良い所は魔法陣という外魔力に対する言葉と俺たちの使う言葉の溝を埋めてくれるところだな。分か──」


 っていないようだ。キース、ケルヴィン、レオの頭には疑問符が何個も浮かんでいるようであった。


「あー、つまり魔法陣も魔言も言葉なんだ。魔法陣は俺たちが理解できないだけであって言語だ。例えばウィンドと書く。俺たちの文字で書けばウィンドはこうだ。そして魔法陣で書けばこう。どちらも同じ意味を指す」


 俺は自身の持ってきたノートにウィンドという文字と魔法陣を隣り合わせに書いて生徒たちに見せる。理解してもらえただろうか。


「で、だ。俺が今からウィンドをゆっくり唱えるから見てろ?」


 俺はそう言うとウィンドを詠唱魔法で唱える。言った通りゆっくりだ。


「ウィ──まず、ウィは魔法陣のこの部分になる」


 宙にはウィンドのウィの部分だけが浮かび上がる。生徒たちは皆、口を開けて驚いている。まぁそうだろう。この芸当ができる魔法師はかなり少ない。


「んで──ン」


 次にンの部分が先ほどのウィの部分に足されていく。まだところどころ欠けたような形で円とも言えない。


「最後にドだ」


 そしてドを魔言として呟く。すると欠けていた魔法陣が完成し、そよ風が俺と生徒たちの間を吹き抜けた。


「魔言はある程度、魔力の親和性によって自動的に魔法陣に変換されるが、それが魔法陣のどの部分にあたるか意識をすると成功率や発動した際の効果が変わる。これが魔言の指向性だ。って、おかしいな。教科書には書いてあるだろ?」


「せんせー。それ三年生の部分です。一年生のところだと一音節の魔法くらいなら魔言で勝手に変換されるから何回も魔言を唱えてコツを掴め、としか書いてないですっ」


 ミコがそんなことを言う。俺は天井を見上げ、教科書の内容を思い返す。


(そうだった……。エメリアがそんな大雑把なことを書いていた記憶がある。それでみんなあの時はセンスだ、センス。なんて言って盛り上がって結局ダーヴィッツさんもそれで行こう……って。うん、この教科書を使っている全ての魔法科の生徒さんごめんなさい……)


「あぁー……、いや、うちのクラスではきちんと指向性を勉強していこう。とにかく発動さえすれば魔言がスルスルっと魔法陣に変換される感覚が分かるようになるからな。というわけでキース、ケルヴィンはしばらく紙とペンで魔法陣の書き取りだな」


「「えぇーー」」


 当然二人からは抗議の声が上がるのであった。

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