第18話 精一杯のユーモア

「さて、みんなおはよう。短い休暇は楽しめたかな? 明日は始業式だ。生徒たちのためにどうか気持ちを切り替えて欲しい。では次学期に向けた職員会議を始める──前に、実は一人紹介したい者がいる。ジェイド先生、こちらへ」


 時刻は八時丁度。広かった会議室は多くの教師であろう人々で埋まり、ベント伯が前に出て会議の開始を宣言する。が、その前にどうやら俺の紹介を行うようだ。


「はい」


 当然、今日の会議で挨拶することは想定内だ。今更慌てたりなどしない。隣ではミーナが頑張ってなんて言ってくる。もう子供ではないのだから挨拶くらいできるというのに。


「あぁ紹介しよう。クローデッド先生の代わりに明日から教壇に立ってもらうことになったジェイド先生だ。魔法科の一年生、普通クラスの副担任に就いてもらう予定だ。経歴はすごいぞ? それにユーモアにも富んでいる。さぞ面白い挨拶をしてくれるはずだ。皆、拍手!!」


 パチパチパチと会議室にいる全ての者から拍手される。だが少し待って欲しい。


(ユーモアに富んでいる? 面白い挨拶? 想定外だ。待て、普通の挨拶ではダメなのか?)


 俺は焦った。と言うのも実に真面目で無難な挨拶しか考えてきていない。この場で急に一笑い取るなど七音節魔法を考えるより以下略である。


「……えぇ、ご紹介に預かりましたジェイドです。経歴はウィンダム魔法師学院を卒業し、王都魔法局に十三年ほど勤めておりました」


 ──王都魔法師学院。──魔法局。──十三年……若そうだが現役で入ったのか?


 会議室がざわざわとし始める。あまり目立つと今後の教員生活がやりにくくなるので、できれば流して欲しかった。出る杭は打たれる。打たれた杭は尚打たれる。これが魔法局で十三年働いて出した答えだ。


 しかし、そんな俺の気持ちなど知ったことではないとばかりにベント伯が追い打ちをかけた。


「あー、ジェイド先生。最後はどこの課に所属していたのだったかな?」


「…………宮廷警護課です」


 ──宮廷魔法師!?


 皆のざわめきが大きくなる。本当に勘弁して欲しかった。


「そういうことだ。ジェイド先生は元宮廷魔法師だ。ちなみに魔法場の壁を今修理しているが、これはジェイド先生に無理を言って魔法を見せてもらった結果だ。つまり実力は折り紙つきというわけだな。あぁ、ジェイド先生挨拶中に遮ってすまない。さぁ、魔法の実力は皆に分かってもらえた。次はユーモアの部分だ。頼んだよ」


 鬼であった。ベント伯は鬼であった。魔法局、特に宮廷魔法師でも嫌がらせを散々受けたが、こちらは悪意がないだけに余程たちが悪いと感じる。いや、ここまでくれば悪意はあるのだろう。


「えぇ……と、そういうわけでして、教職に就くのは初めてとなりますので、至らぬ点も多々あると思いますが、誠心誠意努力し……、先生方や生徒たちの力になれるよう尽力しますので……、何卒ご指導ご鞭撻賜りますよう……、よろしくお願い……いたします……ピョン!」


 ──ピョン!? ──あの小さく頭に乗せた両手見て!! ウサギの耳よ!! ──あれがユーモアか!?


 元宮廷魔法師だと告げた時以上にざわめきは大きかった。


「あぁ、皆すまない。ジェイド先生にも酷なことをしてしまったな、すまない」


(死にたい。……本当に死にたい)


 ベント伯が沈痛な表情で謝ったことでより一層、精神的ダメージが来る。


(こんなことならアルクから冗談や面白い喋り方のコツなどを教えてもらっておけばよかった……)


 そう思わずにはいられなかった。


「ハハハ、ジェイド先生そんなに落ち込むことはない。ここにいる先生方は皆、私の無茶な要求に応えてくれて、そして散っていったものたちばかりだ。さて、皆から何か質問はあるかね? ん? フロイド先生か、ジェイド先生、彼は魔法科の主任だ。世話になることも多いだろう。あぁ、どうぞ」


「はい。ジェイド先生さきほどはどうも。改めて三年特進クラスの担任で魔法科の主任をしているフロイド・カービンだ。さて、ズバリ聞こう。君はあの三傑なのか?」


 あの三傑──。また周囲が小さくざわめき始める。


 三傑──ウィンダム魔法師学院は三年間で六度クラスの入れ替えがある。俺が入学した際一年Sクラスには俺ともう二人の名前があった。

 そしてそれは六度変わることなく三年間Sクラスのメンツは変わることがなかった。これはウィンダム魔法師学校の長い歴史の中でも初めてのことであった。しかし、それだけであれば特に仰々しい二つ名がつくこともなかっただろう──。


(まぁ、あの二人は、王国騎士団の団長と、王立魔法研究所の所長になっちまったからなぁ。で、まぁ俺も時間はかかったが宮廷魔法師にまではなれたし……)


 最重要ポストを若くして担う二人とおまけで俺を含めて、三傑と呼ばれることとなったのである。


「……一応、そんな風に呼ばれることもあります」


「学長はこれを?」


「んむ、当然知っている」


(あっ、そうだったんだ。三傑と言っても俺以外の二人が有名で、俺なんかはあと一人誰だっけ? って言われるくらいだから知らないと思っていたんだけどなぁ)


「で、あれば普通クラスの副担任と言うのはどうでしょうか? 折角の三傑ともあろうジェイド先生にはやや役不足かと」


「ほう。と、言うと?」


「一年の努力クラスの担任が不在になったのであれば、そちらを任せてみてはいかがでしょうか? 私が兼任する予定でしたが、一年の努力クラスは本来であれば、もっとも時間と情熱を傾けなければいけないクラス。若く、魔法の知識・力量も十分なジェイド先生に任せた方が良い結果になるかと」


「なるほど。一理ある。だが、今年の努力クラスは……こう言ってはなんだが生徒たちの個性が強く、初めて教員になるジェイド先生にはやや賭けの要素が強すぎる。そう思わんかね?」


「であれば、私が補助をしましょう。主任という責にかけて私がジェイド先生を教師として育て上げましょうぞ。そして努力クラスを見事進級させれば、これほど自信になることもありますまい」


「……ふむ。と、フロイド先生は仰っているが、ジェイド先生はどう思うかね?」


(え? ここで振るの?)


 俺は黙ってフロイド先生とベント伯のやり取りを聞いていた。正直に言えば、フロイド先生からは悪意に近い感情を嗅ぎ取っていたため、この件も裏があると思っている。だがここで断れば、更に関係は悪化し、また職場で嫌がらせを受ける日々が始まるかも知れない。できれば自分の意思ではなく、第三者に決定して欲しかったがそうもいかないようだ。ならば仕方ない──。


「フロイド先生がそこまで言って下さるなら、身の丈に合ってはいないでしょうが、挑戦してみたいと思います」


 ベント伯をまっすぐ見つめ、強く言葉を投げる。決めたのであれば動揺などしてはならない。そして、そんな俺を見た後、ベント伯は数秒目を閉じ、唸った。


「……ぅうむ、いいだろう。ジェイド先生には全力で頑張って欲しい。当然私も協力を惜しまないつもりだ。それに、一年の魔法科教員であるスカーレット先生。それに同郷のよしみでもあるミーナ先生はとくにジェイド先生を助けてあげてくれ」


 その言葉に肯首し、返事を返す二人。フロイド先生はそれで満足したようで、やりきった顔で椅子に深く腰掛けている。俺もベント伯に頑張りますと伝え、話しはそこで落ち着く。


「さて、他に質問は──。ふむ、ないようだな。まぁおいおい個人的に掴まえて親交を深めてくれたまえ。では、会議に移る──」


 こうして、なんだか変な方向に捻じ曲がってしまった俺の教員生活が始まる。

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