第17話 嫉妬の炎

 本当は今すぐにでも踊りだしたいが、こんなときでも私は微笑を絶やさない。こうして肩を並べると──私の身長はミーナ先生と同じくらいなため、目線の高さが一緒になる。


(同じ目線で見る世界って素敵だと思わないかい?)


 なんて言いたいのだが、この良い雰囲気を壊したくはない。万が一にも失敗すれば、今日このとき、この素晴らしい時間が失われてしまう。ここまでだ。ここからは攻めずにキープだ。


 私は当たり障りのない話題を慎重に選びながら投げかける。ミーナ先生はいつもより笑顔が多く、気がつけばあっという間に学院に着いてしまった。


(む? 誰かいるな。どこの科の先生だ? これはいいぞ。こんな良い雰囲気の二人を見れば噂をしたくなるというもの。そうすれば周りからの雰囲気に押され、よりミーナ先生は私に──)


「おはよう、ミーナ」


(……今、なんと言った? この男、ミーナ先生を呼び捨てにしたのか?)


 ここで私の気持ちは急速に冷え切った。先ほどまでの楽しく、幸せな気持ちを台無しにしてくれた男を見やる。


「あ、おはようジェイド。えぇとフロイド先生、明日から魔法科の教員になるジェイドです。ジェイドこちらは魔法科の主任のフロイド先生」


 ミーナ先生に目の前の男を紹介された。笑顔を崩してはならない。ミーナ先生の前では笑顔を崩すなフロイド。私はなんとか鋼のメンタルで笑顔を保つ。どうやら新入職員のようだ。だが、なぜ明日から魔法科に入職しようとしているこの男がミーナ先生に親しげなのかが分からない。しかも、ミーナ先生も呼び捨てにしているということは──。


(まさか……、まさか……、いや、そんなことはありえない。この女神にこんなもっさくてダサイやつが彼氏なんてことはありえない──!!)


「おはようございます。ジェイドと申します。教職に就くのは初めてでして、至らぬ点も多いとは思いますが、なにとぞご指導を賜りますようお願いいたします」


「ふん。フロイド・カービンだ」


 結局、このジェイドとかいう青二才の言葉など全く脳まで届かず、遂に笑顔を保つことができず、憎憎しげに言葉を吐いてしまった。


「……あっ、そうだ! ジェイドも明日から先生なんだからジェイド先生って呼ぶのに慣れておかなきゃね。私のことも学校ではミーナ先生って呼ぶんだよ?」


 どうやら私の態度に違和感を覚えたミーナ先生が話しを変えてくれたみたいだ。しかしその内容が──。


(学校では? 今、ミーナ先生は学校ではと言ったか? それはつまり──)


 学校の外でも会う関係ということ。学校の外では呼び捨てにしていい存在ということ。


(何者だ。このジェイドとかいう男の正体は一体何者なんだ……!!)


「あぁ、分かったよ。職員室まで一緒に行っていいか? ミーナ先生」


「フフ、もちろ──」


「ダメだ」


 二人がぎょっとした表情で私の方を見る。


(ハッ。しまった。つい反射的に言葉が出てしまった! ジェイドとかいう男はどうでもいいが、ミーナ先生まで訝しげな顔をしているではないか! これはマズイ、マズイぞ!)


「……なんてな。すまないなジェイド先生。貴族風の冗談なのだが、分かりにくくてあまり面白くない、アーハッハッハ。さぁ一緒に行こうじゃないか。会議室の場所も分からんだろう?」


「アハハ……。驚きました。ありがとうございます。よろしくお願いします」


 ジェイドとかいうのが頭を下げてくる。ひとまずこの男は貴族である私に対して、それ相応の態度を取っている。殊勝な心がけだ。上手く付き合っていけそうな気がしなくもない。ミーナ先生の件がなければ、だが。


 そして私、ミーナ先生、ジェイドの三人で横並びになり、会議室を目指す。だが、ミーナ先生が心なしかジェイドとの距離の方が近い。それに──。


「あっ、ジェイド──寝癖ついてるよ? もう、恥ずかしいからちゃんとしてよ」


「……すまない。あぁー、いい、いい。自分でやるよ」


 なんだか甲斐甲斐しく世話を焼いている。そしてこの男は髪を直そうとしたミーナ先生の手を払いのけた。


(今、手に触れたな? 焼こうか。こいつ焼いちゃおうか?)


 私はつい頭の中で三音節の炎系魔法の構成を思い浮かべてしまう。魔言を呟き、右手をジェイドに向ければそれでこいつは焼死体だ。新入職員のしかもこんなもっさい男に三音節の魔法など防げるはずもないであろう。


「──ド先生? フロイド先生?」


「はっ。ミーナ先生なんでしょうか!?」


「あ、いえ、会議室の扉を通り過ぎて……」


「これは……今日はお恥ずかしいところを何度も見られてしまいますな。つい新学期から生徒たちに教えたいことを頭の中で整理していたら、ハハ、失敬失敬」


「いえ、フロイド先生は生徒思いですから、それに恥ずかしいことじゃないですよ? ね、ジェイド先生」


「えぇ、教員としてとても立派なことだと思います」


(うるさい、お前なんぞに褒められてもちっとも嬉しくないわっ!!)


「ハハハ、教員生活が長いと、染み付いてしまうものですな。さっ、入りましょう」


 扉を開ける。会議室にはまだ誰もいない。私は適当な席に腰掛ける。隣にミーナ先生が来た。そしてその隣にはジェイドだ。


(クソ、クソ!! この男がいなければ会議室に入ってきた先生方に、この広い会議室で隣同士で座るなんてよっぽど仲が良い──はっ、まさかあの二人は交際を? とかなったのにっ!! ぐぬぬぬぬ!!)


「フフ、なんかジェイド先生って呼ぶのすごい違和感があるね」


「あぁ、俺もミーナ先生なんて呼ぶのにはすごい抵抗があるな」


 そして、やはり座っていてもミーナ先生は若干重心が左に傾いている。


「……それで二人は以前からの知り合いのようですが?」


 そこで私はついにこらえきれず、その言葉を出してしまった。これで婚約者ですなんて言われた日にはどうにかなってしまうかも知れない。だが、兄妹という線だってありえる。


(いや、それはないな。こんなもっさいのと女神の間に血の繋がりがあってたまるか)


「あっ、実はジェイド先生もパージ村の出身で同郷の幼馴染なんですよ」


「ですね。狭い村なので大体が顔見知りで、ミーナ先生とも兄妹みたいなものです」


「なるほど、そういうことだったんですな」


(兄妹みたいなもの。うむ、そこが着地点だな。それならもう今更恋愛対象としてなど見ないだろう。しかし、しかし──このミーナ先生の目。こんな恋する乙女の目は私に向けたことがなかったぞっ!!)


 こうして、私は自分の中で一応の形に落ち着けたものの不安は払拭できず、会議が始まるまで今後どう動くべきかを考えるのであった。

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