第15話
村を出発してから七日後、僕達は地図に従って馬車を進ませ、国境にたどり着いていた。
しかし、そのまま国境を超えるわけではなく、リノは馬車を止める。
「ここが……魔王が治めていた国……」
「それがあった場所だね」
「文献で一度見たきりですが、本当に何もないんですね」
僕とリノが見つめる先には、奈落が広がっている。
続いてきた大地が嘘のように途切れ、その場所には何もない。特に呼称があるわけでは無いが、事実を述べるならば”旧魔王領”……父さんが魔王を打ち取った後、神が落としたとされる雷で存在自体が無くなってしまった場所だ。
「本当に橋もあるんですね」
「無いと不便だからねぇ」
旧魔王領があった時は、王国と帝国を結ぶ直接的な道は無かった。というのも、王国と帝国は魔王領を挟む位置にいたため、国境のつながりが無かったからだ。そして魔王がいなくなったと思ったら、今度は大地自体が消されてしまっている。
当時、両国の国交を望む者達は肩を落としたらしいが、その数日後には王国と帝国とを結ぶ強固で巨大な橋が出来ていたらしい。
神殿関係者は神の橋なんて言うたいそうな呼び方をしているらしいが、”終戦の橋”という呼称が一般的だ。その理由としては、この橋が出来てからこの世界において、国同士での戦争が一度たりとも起きていないというのが主な理由だろう。
そして、平和の象徴とされる”終戦の橋”では旅人同士の過激な争いを防ぐため、武器の使用を禁ずるという規則が定められている。ははっ、どこかで聞いた話だ。
「本当に、この橋を一週間も渡り続けるんですか? 確かに先は見えないですけど……」
「むしろ国と国の端をつなぐ距離だから短いって捉え方も出来るかもね、魔王領はそれほど大きくなかったらしいし」
「なぜか先輩が言うと妙に説得力がありますね……」
確かに、父さんと母さんから聞いた話だから信憑性は限りなく高い。僕はその話を聞いたときは、一週間で国の端から端にたどり着けてしまえるなんて早くていいと思った。
でも、やっぱり……
「一週間橋の上って、やっぱり少し怖いよね」
「……私もです。大丈夫ですかね? この橋、急に落ちたりしませんよね?」
「大丈夫だと思うけどね。実際、人が死ぬようなトラブルはほとんど起きてないし……」
この橋が現れてから、旅人同士の些細なトラブルはあれど、橋の損傷や劣化が原因の事件というのは一つも起きていない。たまに起こるトラブルというのも、酔っ払いが橋から落ちていくのを見たというものだけだ。
今まで何も起きていないからと言って、今回の僕達も何も起きないという訳ではないのだろうが……気休めにはなるだろう。
そう思っていったのだが、リノの顔色は優れない。
「心配です……先輩、貧乏くじを引きやすいので……」
否定できなかった。
「……行きましょうか」
「そうだね……」
僕達は微妙な空気のまま馬車を橋の上へと進ませた。
橋は馬車が四台すれ違ってもまだ余裕があるくらいの横幅で、たまに小さい宿があったり露店を開いている人がいたりした。
橋の材質は分からないが、少なくとも木材では無いからか焚火をしている人もいた。それを見たリノがハラハラとした様子で通り過ぎてからも見続けていたが、まぁ、それはトラブルでも何でもない。
六日目の夜になっても特に何かが起きる予兆は無く、僕とリノが抱いていた心配は杞憂だったかと二人して安堵のため息を吐く。その日の夜は明日からついに足を踏み入れる帝国領がどんなところなのかを語り合い、橋の上にある宿の粗末なベッドで眠った。
……だが翌朝、橋の往来には偏りが生じていた。帝国側からの通行人がほとんどいなくなっていた。
……リノには悪いがそう上手くはいかないのが僕の人生というものらしく……何かが起こったのは七日目の昼頃、もう少しで帝国の地が見えてくるといったタイミングでのことだった。
「……先輩にしては旅が順調だなとは思っていたんです」
とはリノの言葉だ。
うん、僕だってそう思っていたよ? まぁ、口に出したりはしないけどさ……
「なんで、よりによってゴーレムなんですか……」
他でもない、僕の因縁の相手ともいえるであろうゴーレムが五体……橋の往来を妨げるように鎮座していた。
僕達より先に来ていた人達の中にはゴーレムを手で叩いている人もいたが、そんなことでゴーレムが動きを見せるわけも無く……泣く泣く引き返していく人、呆然と立ち尽くす人、反応は様々だったがおそらく全員に共通しているのがどうしようもないということだろう。かくいう僕達もなすすべなどなく、ただ待っている人たちの中に混ざってゴーレムが動く、もしくは消えるのを待つしかなった。
目処が立たない待ち時間ほど長く感じるものは無いというが、実際にそうだった。できれば無益な時間を過ごしたくはないから、リノを誘って鍛錬でもしようか……
そう思っていたところで、ゴーレムの方から何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「なぜこんなところにゴーレムがあるのだ! なんだこれは?! 破壊してもいいのか!?」
「あれ? この声は……」
「は、はい。多分ですけど、副魔術師団ちょ……」
「むっ、そこにいるのはもしや、ディヴァインとデルダルクか?」
すごく見覚えのある人だ。
黒一色のローブと三角帽子、そして高位の魔術師であることを表す大きめの赤い宝石が嵌め込まれた杖。そして艶のある長めの黒髪から覗く長く尖った耳……
そして僕達のファミリーネームを知っているということ。これらが当てはまる人は一人しか知らないが……でも、その人がこの場にいるわけが……
「マリファさん! お久しぶりです」
「うむ、お前たちが王都を出たと聞いたときは驚いたが、またこうして会えたことを嬉しく思うぞ! ……ところで、なぜディヴァインは遠い目をしておるのだ?」
やっぱり御本人だったか……
「なぜ、こんなところにいるんですか……マリファ・フレッチャー副魔術師団長殿……」
「む? なぜここにいるのかなんて決まってるではないか」
いや、決まってることはないと思うが……だって本当にわからないし。
あ、でも確か故郷が帝国にあると聞いたことがあるから帰省とかかな?
「一昨日、魔術師団を退団したからな。冒険者になるのも手だと思って、これから帝国に行くのだ」
「「えっ?」」
僕とリノの声がハモる。
いや、だってそれはあり得ないことの筈で、マリファさんが退団する意味が……マリファさんが僕達と同じ冒険者になる?
突然脳内を襲った情報があまりにも衝撃的過ぎて、僕もリノも一瞬固まってしまったが、その後……
「「はああああああああ???」」
僕とリノの叫び声が橋の上に木霊した。
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