第14話
僕の剣を打った後、スミレスさんはリノの剣杖の手入れまでしてくれた。新品同様になった剣杖に喜んでいたリノだったが、スミレスさんは「ドラゴンの素材が余っていれば良かったんだが……」と少し不満げだった。
「レザーメイルも手入れが行き届いていたが、油で磨いておいた。上質なものだし、大事にするんだぞ?」
「勿論です。大切な人達からの貰い物ですから」
「そうか、ゼロなら心配いらないな」
その後、僕達は少しの間談笑した。スミレスさんにドラゴンの素材を手に入れた経緯について聞かれ、まさか対峙したとは思っていなかったらしいスミレスさんはかなり驚いていた。
ふと時計を見て、思いのほか時間が経っていたことに気づき、スミレスさんにお礼を言って鍛冶屋を去ろうとした。
しかし、鍛冶屋を出ようとドアノブに手をかけたところで呼び止められる。
「ゼロ。その剣のことなんだが、虚無の龍の素材を手に入れる時に、何か不思議な事が起きなかったか?」
不思議なこと?ああ、そう言えばあったな。この上なく厄介な現象が。
「ありました。虚無の龍と戦った時に、僕の魔術が殆ど効かなかったんです。まるで、当たった瞬間に消滅する……というか、飲み込まれるように」
「恐らくだが……その剣は……」
そうして告げられたスミレスさんの予測は、これまでの武器の常識を覆す衝撃的なものだった。
「なるほど、確かに美しい剣だ。それで……私は、その剣を持った君に魔術を打ち込めばいいのかい?」
「うん、お願いします」
僕と父さんは村の外まで来ていた。
これからやろうとしているのは、零の性能の検証だ。それをやろうとすると、村の練兵場では被害が出る可能性があるため、わざわざ外に出ている。
因みにだが、これからの修行も村の外でやるらしい。
「では、いくぞ」
炎剣、水剣、氷剣、風剣、雷剣、岩剣、鉄剣。
父さんは容赦なく、僕がまだ使えない上位の魔術まで織り交ぜた剣を空中に展開した。
「行け」
その短い合図で、全ての剣が恐ろしいほどの速度で飛んでくる。
「ふっ!」
息を吐き、集中力を研ぎ澄ます。
剣が飛んでくる速度は、全く同じようで、全てに若干のタイムラグがある。1番速いのは、雷剣か。
僕は雷剣を下から打ち払うようにして斬った。
「よし!」
「ほう……」
斬る瞬間に雷に触れたというのに、体の痺れなどは一切無い。
まずは検証の第一段階の証明は完了だ。
間髪入れずに向かってくる他の属性剣に対しても同様に、速い順から斬り落として行く。
あたった瞬間に魔力が消滅するこの感覚は、あの白いドラゴンに属性槍を撃ち込んだ時と似ている。
「実に興味深いな……魔力を炎や水などの形の無いものに変化させた剣に関しては、雷剣が消滅した時点で予測できた。だがまさか、氷や岩……鉄までも消滅させるとは。仮説としては、魔力で紡がれた全ての現象を断ち切る……いや、無に帰しているんだろう」
「なら、この剣を持ってる限り、僕に魔力を使った攻撃は効かないってことかな?」
「いや、そうではない。少なくとも状態異常付与の魔術は効くだろうし、ゼロが捌き切れない手数で攻撃されたらおしまいだ。そうだ、それを体験させてあげよう」
何やら不穏な事を言い出した父さんから逃げ出したくなる気持ちをなんとか抑える。このあとに奥義の鍛錬も入っているというのに、僕は今日という日を生きたまま終えることができるだろうか?
「行くぞ。これから私が使うのは『魔法』だ。比喩では無い。ああ、後でゼロにも使い方を教えるから安心するといい」
父さんが何かを言っていたが、目の前で起こった光景に呆然と立ち尽くしている僕の耳には届かなかった。
辛うじて聞こえた言葉に対して言えるのは、安心を求める箇所が絶対に違うということ。
「さあ、この実験が終われば奥義に入る。気合を入れていけ」
その言葉にハッとした僕は、それから一心不乱に零を振るった。
その後の記憶はとても曖昧で覚えていない。
最初は三日間と言ったが、その期間ではとても足りなかった。
僕は父さんに死ぬほど鍛えられたが……そのお陰で全盛期とまではいかずとも、格上との戦闘の感覚を取り戻し、義足での立ち回りを覚えることができた。
リノは母さんに薬学や料理を仕込まれてるみたいで、その他にも何かやっていたみたいだけど詳しくは教えてもらえなかった。
父さんとの鍛錬で自分の限界を引き出し、日が暮れるまで鍛え続け、家に帰ればリノと母さんがおいしい料理を作って待ってくれている。
もう、ここで暮らすのもアリなんじゃないかな〜と何度も思った。そう思ってしまうほど、ここでの生活は充実していた。
でも、僕はリノのお父さんとの約束で彼女に広い世界を見せることを約束した。リノも騎士という立場を捨ててまで、僕の旅について来てくれた。スミレスさんも、僕達の新たな門出の為に剣を打ってくれた。父さんは、義足になった僕を再び鍛えてくれた。母さんは……
「ゼロ君……」
「母さん、どうしたの?」
「あのね、やっぱり……いえ、何でもないわ。ごめんね、気にしないで……」
母さんは、僕の決意が揺らがないように、僕を引きとめないでくれた。
騎士を辞めたからといって、僕は何も背負わなくなったわけじゃない。僕は色々な人の思いを背負っている。
その思いを簡単に捨てるわけにはいかないし、捨てる気もない。
そして、僕の決意が揺らがないならば、別れの日は必然的に訪れる。
四日目の夜には、村全体で宴会が開かれた。僕とのお別れパーティーなんて名目ではなく、村の発展を願う為の一夜だけの祭りだと父さんが言っていた。おかしいよな、五年前まではこんな祭り無かったのに……
その日は飲んだ。飲んで、僕の周りに集まって来る村の人達と語り合った。
誰も、別れの話はしなかった。そのことに気づいてから、僕の頰が湿っぽかったのはきっと気のせいじゃないだろう。
でも、最後まで笑った。しんみりとした空気は祭りに似合わない。
リノは、ずっと僕のそばにいてくれた。僕の頰が湿っぽくなってからは、時折優しく微笑みながらハンカチで拭いてくれた。
記憶というモノは厄介で、時間が経つとどんなに大切だと思っていたものでも段々と薄くなって、いつかは消えてしまう。
でも、この光景この記憶だけは、瞳に、脳裏に、刻みつけておきたい。
どれだけの年月が経ち、これから先どんなことが起ころうとも、この記憶だけは摩耗させたくない。
僕にとってその夜は、それほどの体験だった。
そして、五日目の朝がくる。別れの……いや、旅立ちの朝だ。
「……よし」
ティランとリステラの蹄鉄を確認する。勿論、不具合などあるわけがない。確認するのはもう七度目なのだから……
「先輩、まだここにいたんですか? もう馬車に荷物積みこんじゃいましたよ」
「あっ……ごめん」
「……やっぱり、もう少しだけ、この村に滞在しますか?」
リノは、僕を心配するときの顔をしていた。……そうか、僕は、この村に居たそうな顔をしてるのか。
いや、自分でもわかってる。そうでも無ければ七回も蹄鉄の確認などしない。
自分の気持ちを完全に割り切ることは、結局今日この時までできなかった。
僕がやるべきこと、進むべき道と、僕を形成する一部の感情は完全には一致していない。
でも、僕が進むべき道、やるべきことがわかるなら、僕は……
「いや、予定通り今日、この村を発つ。僕達は、冒険者になるんだろう……?」
「……そうですよね。わかりました」
リノは僕の顔をジッと見ていたが、しばらくするとそう言って自分の装備の確認に移った。
「僕も、鎧を着ないと……」
気を抜くと緩慢になる動作を頭を振って誤魔化し、全ての準備を終える。
いや……ハチガネがまだだった。
この村に滞在して鍛錬している間は締め付け過ぎないように巻いていたが、今日はぎゅっと強く、固く結んだ。うん、気合が入る。
「よし、行こう」
御者席には乗らず、僕はティランを、リノはリステラの手綱を引くようにして歩く。
今日は、少し霧が深かった。
「……誰も、いませんね」
「そうだね……」
「寂しい、ですか?」
寂しいですね? ではなく、寂しいですか? か、なんだかリノには気を使わせてばっかりだな。
でも確かに、村の大通りには人っ子一人歩いていなかった。
それはまだ、早朝だからか。それとも、昨日の宴会が響いて全員が夢の中にいるのか。それとも……
「寂しがる必要はないよ。だって、ほら……」
村の門、普段は門番くらいしかいない筈。それなのに、霧の中に大勢の人影が見えるのはなぜなのか。
僕ではない誰か、いや、多分あの人が放ってであろう風の槍が僕の上空を飛んでいき、霧を払った。
「……この村の人達はさ、とんでもなく、お人よしなんだからっ……!」
こみあげてくる何かを必死にこらえる。ダメだ。ここでそれは見せちゃいけない。
皆は、僕が帰ってきた時のように何かを言う訳でもなく、ただ静かに待っていた。その目には、暖かさ、優しさ、そして……寂しさがあった。小さい子の中には、今にも寂しさが零れてしまいそうな子もいるが、今は必死に耐えている。
「……」
「先輩……」
彼らに声をかけたら、僕の中で揺らいでいる決意が傾いてしまう気がした。きっと、彼らもそのことをわかって黙ってくれている。小さい子も、必死に感情を抑え込んでくれている。
だから、リノ、そんな心配そうな目で見ないでくれってば、そんな、僕を気遣うような声をかけないでくれ……
無言で、でも前をしっかりと見据えながら、人波の中に彼らが作ってくれた道を歩いていく。
その道の先にいる。父さんと母さんのもとに……
「ゼロ……」
「ゼロ君……」
二人は、僕の名前を呼ぶ。そして、優しく僕を抱き寄せ……僕は両親に抱きしめられた。
「ゼロ……君は、私の息子だ。君が守るといったなら、それは必ず守り通せる。それだけの力を、ゼロは持っている。義足になって帰ってきた時には驚いたものだが、その程度のことで君の強さは霞まない」
「でも、無理はしないでね……ゼロ君はリノちゃんを守らなきゃいけないのよ? あなたはとても強いわ……それこそ将来的には、お父さんと同じくらい、いえ、お父さんを超えるかもしれないわ。でも、だからと言って私も、お父さんも、全てを救うことはできなかった……ゼロ君ならできるかもしれないけど、今は誰よりも優先すべき娘がいるでしょう?」
湧き上がる感情を、いったい何と表現すればいいのか。
感謝? 歓喜? 寂しさ? いや、どれも今の気持ちを表すのには足りない。
父さんには自信を、母さんには答えを貰った。
それなら、僕が二人に言うべき言葉は……
「行ってきます……」
上等な言葉なんて出てこなかった。自己嫌悪に陥りそうになったけど、別れの時に何を言おうかなんて考える機会自体、あまりないのだからしょうがない、と無理矢理自分に言い聞かせる。
だから僕に言えるのは、『行って、来る』という約束だけ。これが今生の別れというわけではないと知ってもらうことだけが、二人に、いや、この場に来てくれた全員に、僕ができることだ。
「ああ、私達はいつまでもこの場所で、君達の帰りを待っていよう」
「その時にはたくさんのお土産話と、良い報告が聞けることを祈っているわ」
そう言って微笑む母さんの頬には一筋の涙が流れていた。父さんは母さんを抱き寄せる。
僕はリノと視線を合わせ、頷きあい、後ろを向いた。
「皆! 今日も集まってくれてありがとう! 僕は、リノと共に冒険者になるために帝国に行ってくる! 約束しよう! これは今生の別れではない! 何年後になるかはわからないが、英雄の息子ゼロ・ディヴァインはリノアリア・デルダルクと共に再びこの村に戻ってくることを誓おう!」
「すでに騎士ではないこの身ですが、私も先輩と共に帰ってくることを誓います。皆さん、本当にありがとうございました!」
先ほどまで後ろに控えていた彼らから、割れんばかりの歓声が響く。全員が思い思い、何かを喋っているが流石にわからない。でも、気持ちは伝わった。
僕とリノは特に示し合わせたわけでも無く一緒に礼をすると、御者席に乗り込んだ。
「リノちゃん、ゼロ君のことよろしくね?」
「君も知っているとは思うが、息をするように無茶をする息子だ。君が支えてあげてくれ」
「はいっ! 任されました!」
リノはビシッと敬礼までしていた。そんなに心配なのか……
「「行ってらっしゃい」」
「「行ってきます」」
父さんと母さんだけではない。多くの人が僕とリノの背中を押す言葉をかけてくれた。
最後に手を振った後、僕とリノが乗った馬車は門を出た。
それでもしばらくの間、門からは声が聞こえてきた。その声を背に受けていると不思議なことに、とどまった方が良いのではないかという考えは消えていた。
「出発……しちゃいましたね」
「ああ、でも不思議と後悔はしてない」
「先輩、泣きそうでしたよね?」
「気のせいだ」
「本当に?」
「気のせいだ」
「『俺でいいなら、黙ってそこで……』」
「うおい!? もう三年前だぞ?! だいたい、リノって呼ぶ代わりに忘れてくれるんじゃなかったのか?」
「そんなこと言いましたっけ?」
「都合のいいことばかり憶えているもんだな……」
思わずため息を吐いてしまう。この後輩にはある意味で一生敵う気がしないな……
「それだけ、あの時の記憶が私の中で大切だってことです……今の忘れてください」
「えっ?」
「いいですから」
「それじゃあ、リノが……「もうご飯作りませんよ?」……すみませんでした」
本気の声のトーンだった。リノのご飯が食べられなくなるくらいなら、記憶の抹消くらいでき……ないな、ハンマーで殴るとか? 死んじゃいそうだな。うん、この話は今後しないことにしよう。
でも、なんでこんなことを忘れて欲しいんだ?
「そ、それでやっぱり、泣いちゃいそうなほど、あの村に残りたかったんじゃないですか?」
「いや、あの場所にはいつか帰ってくる。そう誓いを立てたから、もう帰ってこれないんじゃないかっていう不安はない。僕がいつか帰ってくると決めた。それならずっと残り続ける必要は無いかなって思えたんだ」
「また答えになっているようでなっていないことを……でも、私も同じ気持ちです。私も皆さんに誓いましたから、先輩と一緒に帰ってきます」
リノはそう言って、僕に微笑んできた。
騎士ではない僕と彼女が行った誓いに強制力などは無い。それでも、僕と一緒に帰ってきてくれるというリノの言葉は嬉しくて……
「こほん」
少し恥ずかしくなったのでわざとらしく咳払いをして話を変えようとする。不満があるとリノの方から何か言ってくるが、今は彼女も顔を逸らしていた。
「そ、そういえば、リノの誓いって僕がヨハンさん達にしたのと似てるよね? 『騎士ではない~』のあたり」
「は、はい、先輩が私の両親にそう言って誓っていたので、私もその真似をしようと……」
「よく覚えてるもんだ」
「それは勿論ですよ…………これも、先輩との大切な思い出なので」
「ん? ごめん、最後何て言ったの?」
「な~んにも♪」
そういって悪戯っぽく笑うリノはいつになく上機嫌で、そして、何かを思い出したかのように日記? のようなものに何かを書きだした。
「何を書いてるんだ?」
「秘密です♪」
なんだかリノの秘密ばかりが増えているような気がする……
余程上機嫌なのか鼻歌まで歌い出したリノを隣に乗せながら、僕は馬車を走らせた。
「ふふっ、先輩、今すごく楽しそうですよ」
顔を触る。確かに、僕の口角は上がっていた。
王都を出てきた時のように、僕達は笑いあいながら帝国を目指す。
どうか、この幸せがいつまでも続き、この旅が幸せなものでありますように……
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