第6話
体を動かすと時間が経つのを忘れる。
結局僕がリノと不寝番ふしんばんを交代したのは、黒龍座が西の空まで移動したときくらいだった。
まだ空は暗いけど、もう少ししたら徐々に明るくなってくる時間帯。
起こしたリノにジト目で見られたけど、リノは毛布にくるまったまま焚火の前に移動した。
何だったんだろう?
ふと、気づくと体の汗のべたつきが消えていた。
「浄化の支援魔術か……ありがとう」
リノには直ぐに気づかれてしまったらしい。
もしかして汗臭かったかな?! だったら気を付けないと……
「先輩、臭いです」とか言われたら立ち直れない自信がある。
焚火の前で魔導書を読む後輩にお礼を言ってから馬車に入る。
だめだ、何を焦ってるんだ僕は。
焦るだけじゃ強くなれないのはわかっているだろ。
後輩にも迷惑をかけた、もっとしっかりしないと……
鎧だけ脱いで少し横になると、僕はすぐに意識を手放した。
◆◆◆
「先輩、起きてください。村が見えてきましたよ」
村? いや、そんなはずない、だってさっき不寝番を交代したばかりなんだよ?
御者席に顔を出す。確かに、遠くに村が見えてきた。
ということは、僕が寝たまま出発して三時間くらいたってるのかな?
出発の準備を一人でするのは大変だっただろう。
「起こしてくれればよかったのに……」
「それなら先輩も私を時間に起こしてくれなかったので、これでおあいこです。大変なことをどちらか一方の負担にしてしまっては旅は続きませんよ」
うっ、気を付けよう。
リノはどこまでも真面目で、他人を思いやれる女の子だ。
だから、これから僕が何か無茶をするたびに、彼女も僕の負担を背負おうと無茶をしてしまうだろう。
でも、リノにそんな迷惑はかけたくない。
これは僕のだけの旅じゃない。
僕とリノの旅ということを忘れないようにしよう。
◆◆◆
「……ここって、村……ですよね?」
「ん? そうだよ? まあ、旅人とか行商人からはディヴァイン砦なんて言われたりもしてるけどね」
4mほどの高さの木の杭で村全体を壁のように囲み、さらにその周りを近くに流れる川から水を引くことで水堀にしている。
村の四方には櫓が合計四つ設置されていて、常に一人以上が村の外の魔物や、怪しい旅人などの監視を行っている。
しかし、これは決して過剰ではないんだ。
村の西にある古龍の森には強く凶暴な魔物が数多く生息する。
古龍自体は迷信だとされているけど、上位種だとされる色付きのオーガやトロール、サイクロプスやケルベロスなど、あまり他では見ないような珍しい魔物が生息しているのは確かだ。
村の周辺に現れるのは森での生存競争に負けたゴブリンやオーク、いいとこオーガやトロールがせいぜいだが、それでも普通の人には脅威の存在だ。
あと、帝国から一番近い村だということも一つの要因だろう。
魔物と不審な人物を抑えるという点でも、この村は王国の守りの要になっている。
そして村にしては珍しく門番も立っている。
僕たちも村に入ろうとしたところで一人の若い警備兵に止められてしまった。
「止まってください、村に滞在を希望する場合、何か身分を証明できるものを提示していただく必要があります」
「身分証……ですか、困りましたね……身分を証明できるものを持っていません」
まだ新人、成人したばかりといったところだろうか。
なら、僕と最後に会ったのは最低でも五年前、門番君が十三歳の時くらいかな? その世代とはあまり関わっていないから覚えられていないのも無理はないか。
「それでしたら、トラブルを防ぐために一度武器などを預からせていただきます。ご安心ください、出発の際にはお返ししますので」
「そうですか、わかりました。では私はこちらの剣杖を……」
「おっと、門番さん。この剣を警備隊長兼村長殿に見てもらってくれないかな?」
僕はリノが剣杖を渡す前に、門番に自分の剣を差し出した。
門番は渡された剣に一瞬怪訝そうな顔をし、剣を少し抜いて刻印を見たところで目の鋭さが増した。
「失礼ですが、この剣をどこで手に入れましたか?」
緊張が走る―――――主に門番に。
リノが少し慌てた様子で不安そうに僕を見ている。
う~ん、この剣はこの村に昔からいる鍛冶職人が打ったものだから刻印でわかるかと思ったんだけどなあ。
その職人は自分が認めた人にしか剣を打たない。
もちろんその剣を他の人に譲ったりするのもダメで、この村の男なら彼に剣を打ってもらうのに憧れる。
村から出ないためあまりその腕は知られていないが、彼の刻印が入った剣を持っている僕を怪しいと思ったんだろう。
ここは門番の質問に正直に答えていくとしよう。
「成人したときに、この村の鍛冶職人であるスミレス・レヴァークーゼンに打って貰ったものだ」
「嘘をつくな! スミレスさんは旅人なんかに剣を打ったりしない!」
いや、八年前に旅人でも見込みがあるようなら剣を打つって言ってたけどね。
あとリノ、そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ……たぶん。
「怪しいやつめ! 名を名乗れ!」
血の気が多いなあ、槍を向けるなよ、リノが怖がっちゃうじゃないか。
そろそろ名乗ろうか、門番君が驚かないことを祈って。
「アインス・ディヴァインとフィニェット・ディヴァインが子、ゼロ・ディヴァインだ。五年ぶりに故郷に帰還した。できれば速やかに通していただけるとありがたい」
「見え透いた嘘を吐くな! ゼロ様は王都の騎士になり、王国のために今も立派に働いておられるのだ! それに見てみれば貴様は両足が義足ではないか、ゼロ様は義足を付けてはいなかった!」
いや、僕、ここにいるけどね……それに、僕がここにいたのって五年前だよ?
疑うのは門番に必要なことかもしれないけど、ここまでされると少しめんどくさいな。
どうしようかと悩んでいると、櫓から警鐘が鳴った。
「トロールが二体! 南から村に向かってくる! 警備兵は集まれ!!」
「なっ! トロールだって! くそっ、貴様の取り調べは後だ! 今すぐそこをどけ!」
門番君、急に偉そうになったな。
……しょうがない、騒ぎは起こしたくなかったんだけどな、できれば静かに帰りたかった。
僕はイメージする。
炎の矢、炎の剣、炎の槍、水の矢、水の剣、水の槍、氷の矢、氷の剣、氷の槍、風の矢、風の剣、風の槍、雷の矢、雷の剣、雷の槍、岩の矢、岩の剣、岩の槍……結構無理した……確実にオーバーキルだろう。
「行け」
空中に待機させていた武器をトロールに向けて放つ。
トロールは粗末なこん棒で防ごうとするが、そのこん棒と唯一身に着けている汚れた腰布ごと燃やし、凍らせ、切り裂き、感電させ、穿つ。
後には原型をとどめていない、いや、かろうじて焼け残った部分が茶色いからトロールということだけがわかる二つの死体だけが残された。
門番君は大きく開いた口が塞がっていなかった。
だから僕は出来るだけにっこりとして話しかける。
「どうかな? これで信じてもらえた?」
「黒髪、黒眼、属性魔術を武器のように見立てた魔術……」
「お~い」
彼は未だ呆然としていたが、何とかこちらに戻ってきたようだった。
そして僕と目が合うや否やものすごい勢いで頭を地面に叩きつけた。
「申し訳ありませんでした!!! まさか、ゼロ様ご本人とは夢にも思わず、先ほどのような無礼な真似を……!」
「いやいや、僕は別に貴族とかじゃないからね? 父さんと母さんもだよ? だからそんなにかしこまらなくていいよ。むしろ君は職務を忠実に果たそうとした。まさに門番の鏡だ」
「あ、ありがたきお言葉です! より一層精進します! おかえりなさいませ!」
門番君は敬礼までしてくれた。
ふう、これでやっと村に入れる。
だが、いつまでたっても馬車は村の門をくぐろうとしなかった。
あっ! そういえばリノをずっと置いてけぼりだった!
隣を見るとリノが呆然としている、というかあまりの展開に戸惑っているようだった。
まあ、そうなるよね。急に警備隊長の名前出したり、門番と揉めたりしたし。
僕は馬車を降り、馬車の前に立つ、そして門番君が言わなかったセリフを飛び切りの笑顔で。
「ようこそ! ディヴァインの村へ! ようこそ、僕の故郷へ! 僕たちはあなたを歓迎します!」
◆◆◆
「えっ!!? 先輩ってこの村の村長さんの息子さんだったんですか?!!」
「そんな驚くことかな? ま、僕はリノが商会長の娘さんって聞いたときに驚いたけどさ」
リノに話を聞くと、村の名前が僕の苗字と同じだということは地図で見て確認していたらしいが、単なる偶然だと思っていたらしい。
……しかし、僕がリノの両親のことを知らなかったことといい、今回のことも含めて案外お互いを知らないのかもしれないな。
僕はリノのことをもっと知りたい。って、こんなこと言ったらおかしいと思われるかな、僕も言うのは恥ずかしい。
僕がそんなことを考えていると、噂を聞いてきたのか、道行く多くの人が馬車の周りに集まってきた。
「やっぱりゼロ坊じゃねぇか!」
「ゼロ坊元気にしてたかい?」
「ゼロ坊! その立派な馬と馬車はどうしたんじゃ?! それにえらい別嬪さんまで連れて……ま、まさか、王都から嫁さんを連れてきたかの?!」
八百屋のじいちゃんが嫁さんというう単語を出すと、一斉に視線がリノに向いた。
「ふぇっ?! い、いえ、私はゼロさんの後輩のリノアリア・デルダルクです。先輩のお嫁さんではありません」
「じゃあ恋人か?」
「こ、こぴ!? 恋人でも無いです……私はただの後輩で……」
周りからは「うそー」や、「キャー」といった声が老若男女問わず上がる。
リノも怒ってはいないだろうけど、恥ずかしさからか顔を真っ赤にしていた。
そろそろ止めてあげないとな。
「はいそこまで! リノのことが気になるのはわかるけど、僕なんかと恋人何て勘違いされたらリノに迷惑でしょうが」
しん、と盛り上がっていた場が一瞬にして静まる。
「やはり相変わらず鋭いのは剣だけじゃったか……」
「な~んにもかわってないねぇ、あの嬢ちゃんは苦労するだろうさ」
「いい娘そうだからゼロ坊のことを支えて欲しいけどなぁ」
う~ん、目の前でこそこそ話されるのはあまりいい気はしないな。
このままいってしまおうかという考えが浮かび始めたところで、くいくいっと服の袖を引っ張られた。
「あの、先輩は私と恋人に勘違いされるのは迷惑……ですか?」
「そんなわけない」
「そ、即答ですか、なら、私も迷惑じゃないです……」
再び場が盛り上がる。
何でだ? なんでなんだ? 確かにリノと恋人のように勘違いされるのは全然迷惑じゃないし、僕はむしろ嬉しい。
でも、リノが迷惑じゃないと言ってくれたのだってそれはリノが優しいからで……あれ?
「ゼロ坊顔赤いぞー」
リノが僕を気遣っていってくれた言葉だったけど、意味だけ考えればすごくうれしすぎて、やばい顔熱い!
「リノちゃんだっけか?たぶんゼロ坊はまだ気づいてないから頑張るんだぞー」
何を応援されているんだ? まあ、リノが頷いてるから悪いことではないと思うんだけど。
そして急に話題は変わる。
一人の男の子が僕の義足に気づいたからだった。
「ねぇ? なんでおにいちゃんはそんなにあしがかたそうなの?」
「足が硬そう?って! ゼロ坊! そりゃあなんだ?!」
それから義足だと答えた後はもう大騒ぎだった。
帰ってきたことへの関係性と騎士はどうしたのかということ。
そして全員が本気で僕のことを心配して声をかけてくれた。
しかし、このままだと収拾がつかないし、これ以上ここに集まっていては村の仕事にも影響が出るだろう。
「すまない皆、今度説明するから今は僕を父さんと母さんのところに返してくれないか? できるだけ早く会いたいんだ」
村人たちは全員素直に道を開けてくれた。
僕達が行ってしまってからも僕を心配する声はやまなかった。
「いい人たちですね……」
「かなり心配性でなんでも色恋沙汰に結びつけようとするのが玉に瑕だけどね」
「ふふ、うちの使用人さんたちと似てますね、きっと、良い人たちばかりなんだなって思いました」
ああ、確かにそうかもしれないな。
実際根は良い人たちばかりだし、心配性なところもそっくりだ。
中心道を進むと村の中心に少し大きい庭付き馬小屋付きの家が建っている。
リノの両親の屋敷ほどではないが、この村で一番大きいのが僕の家だ。
つい少しだけティランとリステラを急がせてしまう。
まだ昼前だから父さんはいないだろうけど母さんはいるはずだ。
家の前に着いた僕たちは馬小屋にティランとリステラをつなぐ。
「すーはー……」
深呼吸して、五年ぶりに玄関のドアノブに手をかける。
…………………………開けれない。
いや、多分鍵はかかっていないんだけど、僕がドアノブを回せていないだけだ。
今更だけど、母さんになんて説明しようか……そう考えるとどうしてもドアを開けるのをためらってしまう。
「ん? リノ?」
そっと僕の背中を押してくれたリノの顔は少し不安げで、でもそれ以上に僕を応援してくれているような気がした。
「ありがとう、もう大丈夫だよ」
そうだ、何を気負う必要がある。
僕は実家に帰るだけ、その行為には何の不自然さも見つからないだろう。
それに、いつかは必ず伝えなければいけないことなんだ。
フーーーーーっと長く深呼吸してから今度こそ……とドアノブに手をかけようとしたとき、勝手にドアが開いた。
「「えっ?」」
「ふぇっ?」
中から出てきたのは短めの栗色の髪に、僕の胸くらいまでの身長の小柄な女性。
「ゼロ、君? ゼロ君!!」
「ぐふっ……」
僕のみぞおちに頭突きをかましながら抱き着いてくる。結構今のは深く入ったぞ……
そういえば起きてから鎧を着ていなかったことを今気づいた。
意識が飛びかけるくらいの頭突きを食らうことがわかっていれば……いや、怪我しちゃうから駄目だな。
「ただいま、母さん」
「おかえりなさい!」
ぎゅーーっと抱き着く母さん。
後輩の前でかなり恥ずかしい……
でも、母さんのおかげで五年ぶりに帰ってきたんだなって実感できたよ。
リノの目がすごく優しかったことだけは忘れない。
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