第2話

 目を覚ますと、僕は騎士団本部の医務室のベッドで横になっていた。

 どうか夢であってほしい。

 その願いは痛みによって打ち砕かれた。


「ッツ!!」


 ひ、膝が痛い。

 シーツをめくって足を見てみると、僕の両膝から下は金属になっていた。

 悪い夢なんかではなかったらしい。




 特にやることもなく、何かをやる気力も起きず、ただボケーっと医務室の天井を眺めていると、コンコンとドアがノックされた。


「どうぞ~」


「目が覚めたか、騎士団長がお呼びだ、速やかに支度を整えよ」


 見舞いではないらしい。

 お腹の空き具合から推測するに一日は経っているはずなんだけどな……

 まあ、今更文句を言ってもしょうがない。

 病衣から騎士団の制服に着替える。

 両足が無いのは着替えるのにも不便だった。


 最低限の身だしなみを整えた僕は団長室へと向かう。


「う、おお、うわっ!」


 バランスが取れずに何度も転びそうになる。

 多少の情けなさを感じながら、義足に慣れるまで壁伝いで移動していった。



◆◆◆


「本日付で、君の騎士としての任を解く。今日の午後六時までに荷物をまとめて騎士団から去れ、通達は以上だ」


 団長室に入ってすぐ、開口一番に告げられたのは、僕のクビだった。

 クビも覚悟だとは確かに言ったけど、実際に言い渡されるのは予想外だ。


「理由をおたずねしてもよろしいでしょうか」


 僕がそう尋ねると、団長はため息を吐きながら答えた。


「はあ、そんなこともわからないのか? ゼロ・ディヴァイン元・一等騎士よ」


 わざわざ「元」の部分を強調して言ってくる。

 リノから聞いたことだが、どうやら騎士団長は僕のことが嫌いなようだった。


「昨日の朝、私は君に直接言ったはずだ、抜剣には申請が必要だとな。それにもかかわらず勝手に剣を抜き戦闘を行うという命令違反。さらに有事の連絡をしなかった職務怠慢。さすがに今回のことは目に余るのだよ。騎士団の規律を守るためにも違反者には責任を取ってもらわなければならない。」


「お言葉ですが、私の通信用魔道具で何度も連絡を取りましたが応答はありませんでした。私に支給された魔道具をもう一度調べていただけないでしょうか。」


「君に渡した魔道具は、私が直接渡したものだ、それを疑うということはすべて私の責任であると言いたいのか?」


「……」


「ふざけるな!」


 団長がバン! と執務机をたたく。

 額には青筋が浮き出ていて、せっかくのイケメンぶりが台無しだ。


「ふん、まあいい、君の処分自体は何があっても覆らない。それに、足が使えなくなった君のような剣士など、邪魔なになるだけだからな。」


 確かに、その点を指摘されれば僕も納得せざるを得なくなる。

 僕だって、義足で以前のような戦い方ができるとは思っていない。


「だがまあ、5年間分の最低限の働きは認めよう。ほら、受け取るといい、退職金の1000ケルスだ。ちなみに、治療費と義足の代金は引いてあるから安心するといい。」


 約三か月分の給料が退職金か……治療費と義足に、いったいどれだけのお金がかかったのやら。


「ありがとうございます。」


「それでは速やかに去って行ってくれ。無職の君と違って、騎士団長である私はとても忙しいのだよ、できれば二度と顔も見せないでくれ。」


 僕は素直に従い団長室を後にした。



◆◆◆


 荷物をまとめるといっても、本部に僕の荷物は殆どない、本部から少し離れたアパートの一室に全ての荷物が置いてある。

 というのも、入団二年目で新人を多く募集した騎士団で寮の部屋が一部屋足りなくなり、どの部隊にも所属していない僕が追い出されたからだった。


「明日からどうしようかな……」


 仕事を探そうか?幸いここは王都だ、まだ20歳の僕なら雇ってくれるところもあるだろう。

 大工、魚屋、鍛冶職人、パン屋、八百屋、王都は職業で溢れている。

 でも……


「剣と攻撃魔術しか取り柄のない僕が、今更別の何かになれるもんか……」


 騎士だった父の影響で、子供の頃から剣を振ってきた。

 僕にとって、魔術なんておまけもいいところ、あれは僕が積み重ねてきた力なんかじゃない。

 戦えないわけじゃない。でも、王都で戦うだけの人間を雇う仕事は、軍と騎士団しかない。

 これは僕のエゴだ。

 軍なら僕の魔術のことを教えると入れてくれるはずだ、彼らが求めているのはただ純粋な戦力だから。

 だが、王国軍は他国に攻め入る。

 そうなると、多くの人間を殺さなくちゃならない。

 護るための戦いではなく、ただひたすらに利益のために。

 何も、自分の手を汚すのが嫌だからじゃない。

 僕が騎士だった時、王都で殺人事件を起こした盗賊を何人か現場で殺した経験はある。

 だけど、それは自分の正義に従った結果だ。

 望まない、奪うだけの殺人など僕はしたくないんだ。


 いつの間にか、アパートに着いていた。

 少しさび付いているドアのカギを開ける。


「あれ? 閉まった?」


 ということは、ドアは開けっぱなしだったことになる。

 盗まれて困る物は無いけど、我ながら無用心だと呆れてしまう。

 もう一度カギを回し、今度こそ開ける。


「ただいま」


「おかえりなさい……」


 ……? おかしい、いや、一人暮らしなのが分かっていて「ただいま」を言う僕もおかしいっちゃおかしいんだろうけども。

 まさか「おかえりなさい」と返ってくるとは、五年ぶりに聞いた言葉だ。

 こんなことをするのは、僕の知り合いではたった一人だけ。


「リノ、来てたのか」


「すみません、先輩から貰った、いざという時の合い鍵、使っちゃいました。……ごめんなさい」


 リノは狭い部屋の隅で、膝を抱きかかえるようにして座っていた。

 目もとは少し赤くなって、うっすらと隈も出来ている。


「寝ていないのか?」


「はい……昨日から、少し、寝れなくって……」


 僕のせいだ。

 リノは僕が怪我をしたことを自分の責任だと感じてしまっているのだろう。

 泣いて、眠れなくなるほどに。


「……ゆっくり、少し話そうか」


 腰の剣を外し、リノの正面に座る。

 その時に金属製の義足が、ガシャンと音を立てた。


「! 先輩、や、やっぱり、足が………!」


 リノは僕に近寄り、義足を触った。

 繋ぎ目の部分を何度も確認するように触る。

 彼女の目には、涙が溜まっていた。


「ごめんなさい……! 先輩、ごめんなさい……!」


俯きながら、絞り出すようにして出した謝罪の言葉は酷く掠れていた。

違う、僕は彼女に謝罪の言葉なんて言って欲しく無い。

ましてや、泣かせたくも無い。

リノには笑顔が一番似合う。


「違うよ、これはリノのせいじゃ無い。ゴーレムの接近に気づかなかった僕の責任だ。リノが気負うことは何一つ無いんだよ?」


 これは僕の本心だ。

 あの時突然現れ、突然消えた謎のゴーレム。あいつにさえ、気づいていればこんな結果にはならなかったはずなんだ。

 だけど、リノの気持ちは変わらない。


「違います! あの時に私が来なかったら!先輩は攻撃を躱せていたはずです! 私が来たから! 私の、私のせいで……!」


「違うよ、僕はね、嬉しかったんだ」


「えっ……?」


 僕の言葉に驚いたのか、リノは顔を上げた。

 あーあ、折角の美人が涙で台無し……には、なって無いな、なんか、凄く可愛い。

 って、今はそんな場合じゃ無かった。

 僕は、彼女の頭を撫でる。


「だってさ、僕が騎士になってからの5年間で、僕のことを心配してくれたのはリノだけなんだ。今回も僕を心配して来てくれたんだろ?それが僕は嬉しかった。ちょっと油断しちゃうほどね」


 女の子の頭を撫でるのって初めてなんだけど、後で嫌がられたりしないだろうか? 折角顔上げてくれてたのに俯いちゃったんだけど!

 撫でるのを止めるタイミングも分からないので、僕は彼女の頭を撫で続けたまま会話が途切れる。

 少しの沈黙ののち、先に沈黙を破ったのはリノだった。


「やっぱり、私のせいだったんですね……」


「いや、だからそうじゃな……」


「わかってます。先輩の言うことはわかりましたから」


 リノが顔を上げる。

 涙はもう止まっていた。


「確かに、先輩の言うこともわかります。でも、それじゃあ私自身が納得出来ないんです。だから、私が納得出来るようになるまで、私に何か手伝わせて下さい! 巡回の仕事でも、何でも、先輩の分まで頑張りますから!」


 責任感が強いな、少し強すぎる気がしないでも無いけど。 

 そうだ、リノにはあのことを伝えないと。


「うん、ありがとうその気持ちだけでも僕は嬉しいよ」


「気持ちだけなんかじゃ……!」


「でもね、僕は今日で騎士団をクビになっちゃっんたんだ」


 あまり、彼女が心配しないように出来るだけ笑いながら話す。

 僕は上手く笑えているだろうか?

 リノを見ると、彼女は呆然としていた。


「な、何で、先輩がクビになるん、ですか?」


「ああ、命令違反と職務怠慢が理由らしい。あと、足が使えなくなった剣士なんて邪魔だって言われたよ」


「何で?! 連絡ですか?! それなら、あの魔道具が原因です! 最初から通信の術式なんて組み込まれていませんでした!」


「そうなの?」


「そうです! あと、命令違反って、何ですか?」


「ん? ああ、魔道具が原因なんだけど、そのせいで抜剣の申請が出来なくてね、勝手に剣を抜いて戦闘行為をしたと言うことにされてしまったんだ」


「抜剣の申請ってなんですか?」


 リノは不思議そうな顔をした。

 少し声に怒りが混ざっているような気がしたのは気のせいだろうか。


「昨日の朝からかな? 騎士団に伝えられなかったかい? 剣を抜くには申請が必要で、許可を貰う必要があるって、おかしいな、僕は団長に直接伝えられたんだけど……」


「先輩は騙されたんです!!」


 突然、リノが大きな声を出した。

 騙された?僕が?誰に?


「どこまで先輩はお人好しなんですか! 騎士団長に決まってます! 第一、剣を抜くのに許可が必要なの自体がおかしいに決まってるじゃないですか! それに、法律にも書いてます! 『騎士は、国民の命と安全を守るために個人の判断での剣の使用を許可する。』それができない騎士なんて必要ないでしょう?! 私は支援魔術師なので、殆ど剣は使いませんが、そんな私でも剣を抜くのが許されているんです! それが、王国最強の先輩が許されないわけが無いです!」


 リノは早口でまくし立てた。肩で息をして、その目にはまたしても涙が浮かんでいた。

 王国最強の下りについては言い過ぎだと思うけど、リノの考えについては全くの同意だ。

 この命令自体、騎士の存在意義を問われるおかしいものだと思う。

 一つ納得出来ないのは、騎士団長が僕に術式の組み込まれていない魔道具もどきを渡したという点だ。

 そんなことをする理由がわからない。


「先輩は休みの日も巡回して、トラブルを解決しています。だから、住民の評判が良いのは騎士団では無く、先輩個人なんです。恐らく、騎士団長はそれに嫉妬したんだと思います。……もしかしたら、最近トラブルが多かったのも!」


「それは考えすぎだよ」


 しかし、魔道具の件についてはそれが一番納得出来る。

 そうか、僕は団長に嫌われていたのか……少しショックだ。


「それなら、あのゴーレムは何だったんだろう」


「わかりません。団長と繋がりのあるものの犯行でしょうか?」


 団長は生粋の剣士だ、魔術を使うことは出来ない。

 それにあのゴーレムはかなりの力を持っていた。

 そしてそのゴーレムの証拠を消す程の実力を持つ魔術師はこの王国にもそういないだろう。


「まあ、何にせよ今回のことは不慮の事故として処理されるはずだ。証拠も無い僕にはどうすることも出来ない。」


 僕がそう言うと、リノは悔しそうに歯噛みした。


「そういえば先輩、クビになったって、これからどうするんですか? そ、その、足も、使えませんし」


 急に話題が変わって、今度は僕の今後の話だ。まあ、過ぎたことを話してもしょうがないからな。

 それに足は別に歩けないわけじゃない、少し慣れれば走ることも出来るはずだ、多分。


「それなんだけどね、僕は結局戦うことしかできないんだよ、物心ついた時から剣を握ってたからね。それでも、奪うための戦いは出来ればしたくないんだ。」


「そんなことないです。先輩ならきっと何でも出来ますよ!」


 この子は本当にいい子すぎる。

 ダメな先輩になってしまいそうだ。


「ありがとう、でもそれは少し買い被りすぎだよ、僕はそんな大した人間じゃないからね。それでね、僕は一回実家に帰ろうと思うんだ」


「えっ、先輩、帰っちゃうんですか?」


「うん、騎士をクビになったことと、両脚を失ったことを両親に伝えないといけないからね、それからもう一度やる気が起きれば王都に戻ってこようかな?」


 笑いながら答えたけど、もし、故郷に戻ったらもう王都に戻ることは無いだろう。

 僕の父さんも騎士だったけど、若いうちに騎士団を脱退して故郷に戻り、幼い頃に結婚の約束をしていた母さんと結婚したらしい。

 因みに母さんは前村長の娘で、父さんは現村長だ。

 父さんは警備隊の隊長も務めているから、父さんの跡を継ぐのもありかもしれない。

 まあ、僕には結婚を約束して将来を誓い合った女性なんていないわけだけど。

 それより、なんでリノはまるで世界が終わったかのような顔をしてるんだ?そんな、残念な要素はなかったはずだけど。


「と、ということは、先輩としばらく会えなくなるってことですか?」


「ん? まあ、そういうことになるね。そうか、リノがいるからな、たまには王都に顔を出しに「私も騎士を辞めてきます!」ええっ!!!」


 ちょ、ちょっと?! この後輩は何を暴走しているんだ? 騎士団を自分から辞める? 何のために?


「な、何でリノが騎士を辞めるんだ?」


「そ、それは、騎士が……そう! 騎士団のやり方に納得出来ないからです! 先輩みたいに頑張ってる人が評価されないなんておかしいです! だから私も辞めます!」


 た、確かに騎士団のやり方には納得出来ないけど、まさか辞めると言い出すとは思わなかった。

 それに、話の流れ的に僕と会えないのが寂しいからだと思っちゃった! は、恥ずかしい!!


「そういうことか……てっきり話の流れ的に僕と会えないのが寂しいからだと思っちゃったよ、ほんの一瞬だけだけどね、自惚れてたなぁ、ハハハ……」


 笑いながら誤魔化すしかないだろこんなの、ていうか何で僕は今こんなこと言ったんだよ、胸の中に一生しまっとけよ!


「そ、そんなわけないじゃないですか、ええ、前々から騎士団のやり方には納得出来なかったんですよ!」


 リノは顔を真っ赤にして怒ってしまった。

 しかし、わかっていても少しショックだなあ。


「……正直に寂しいなんて、言えるわけないじゃないですか」


「? ごめん、聞き取れなかった、もう一回言って貰える?」


「何も言っていません」


 おかしいな、何かボソッと言った気がしたんだけど、気のせいだったか。

 それよりも、今はリノのことだ。

 騎士はなんだかんだ言っても、王国で一番安定していて給料もそこそこ良い、それに見合うような職なんて王国にあるだろうか?


「リノ、騎士を辞めると言ったって、仕事はどうするんだ?両親だって納得しないだろ」


「両親なら大丈夫です。私の人生だからって納得してくれます。お父さんは商人ですけど、私が騎士になるって言った時もそうやって応援してくれました」


 いい両親なんだな。

 なるほど、それならリノがこれほどいい子なのも納得出来る。

 いや、待て待て、問題はこれからどうするかだ。

 騎士になるのはそりゃ、安定した職業だし、納得してもくれただろうけど、辞めたら無職だぞ? いや、リノは商人にでもなるのだろうか、でも、リノの支援魔術の腕だと、それは少し勿体ない気が……


「そこで、です! 先輩! わ、私と一緒に帝国に行って、冒険者になりませんか?」


 ……冒険者? 帝国? 私と一緒に?

 ちょっ、ちょっと待ってくれ、あまりにも情報がいっぱいで何がなんだか……


「ぼ、冒険者ってなんなんだ? 職業なのか?」


「冒険者は、人々の悩みや依頼などをクエストとして受注して解決するという、帝国ならではの職業です。どうですか? 先輩にぴったりじゃないですか?」


 確かに、僕にあっている気がする。


「でも、僕は義足だぞ? それも、両脚。僕は出来ると思うけど、受け入れてくれるかどうか……」


「心配ありません! 何でも冒険者は、最低限の実力を示せば誰でもなることが出来るらしいんです! そのかわり死んだり怪我をしたりすれば自己責任ですが、騎士団みたいに辞めさせられることもないんですよ!」


 どうですか? どうですか? と勧めてくる。

 自惚れかもしれないけど、僕のことを気にかけてくれてるんだなということが分かる。

 でも、何でこんなに気にかけてくれるんだろう。


「確かに、冒険者という職業は魅力的だと思う。でも、リノが騎士を辞めてまでなる職業でも無いと思うんだ。もし、僕の脚のことを気にしてるなら、何も心配はいらないよ?」


「そんなんじゃないです!」


 うおっ! うれしそうに話していたリノが急に顔を近づけてきた。

 ち、近いって。


「確かに先輩の脚のことも無いとは言いません。ですが、私が先輩と一緒に冒険者になりたいんです! ……それとも先輩は、私がいたら、邪魔、ですか?」


「そんなことはない! 僕だってリノが来てくれれば嬉しい!」


「じゃあ決まりです♪」


 リノはまるで悪戯っ子のように笑った。

 ああ、これを狙っていたんだな。

 顔を少し赤くしながら笑うリノを見ていたら、不安なんて弾け飛んでしまう。


「それじゃあ私は騎士団に辞表を書いて来ますね、あっ、それと明日にでも一緒に私の両親の家について来てくれませんか? 先輩と一緒に言った方が良いと思うので……」


「うん、わかったよ。僕も明日までに荷物をまとめておく」


 リノは先程まで膝を抱えて泣いていたとは思えないほど元気になっていた。

 何でこんなに元気なのかは、いまいちよくわからないけど、いつもの彼女より元気に見えるから良しとしよう。

 それにしても、リノのおかげで、僕の今ある不安は全部消し飛んだ。

 僕はもう、リノがいないとダメかもしれないな……なんてね。


「リノ」


「何ですか? 先輩」


 帰ろうとしていたリノを呼び止める。

 少し気分が上がっていたからかもしれない。


「さっき、僕と一緒に冒険者になりたいって言ってくれたの本当に嬉しかったよ、ありがとね」


「え、あ、あれは、そ、その、こ、言葉のアレというか、なんというか、あ、あーもうこんな時間ですね、今日は帰ります。さようなら先輩、お休みなさい!」


 今日一番テンパっていたな、僕もリノも時計なんて持っていないし、今は昼過ぎだから寝るにも早い。

 少しからかい過ぎたかもしれないから明日謝っておこう。


「それにしても冒険者か……僕の好きな人と、一緒に仕事ができるなら悪くないかもしれないな」


 自分で言って顔が熱くなる。

 ああ、そうだ。

 僕は彼女が、リノアリア・デルダルクが好きだ。

 でも、彼女と僕は釣り合わない。

 彼女に僕の両脚のことを背負わせてしまったことは後悔している。

 でも、今だけは彼女と一緒に、再び仕事を出来るかもしれないという可能性を喜ぼう。

 想いは胸に秘めて、僕は冒険者になるんだ。

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