騎士団をクビになった僕が後輩を幸せにするには

山登チュロ

第1話

 僕が巡回をする日は、絶対にトラブルが起きる。

 4日前に後輩にそう言われたときは、そんなことないって笑いながら返したけど、どうやらその説は立証してしまいそうだ。

 4日連続で悲鳴を聞いてしまうことになるとは。


「キャアアアアアアアアア!!」


 まず初めに遠くから聞こえてきたのは、若い女性の悲鳴だった。

 大通りを行きかう人全てが足を止める。

 悲鳴が聞こえてきたのは、コロシアムの方角からだった。


「……嫌な予感がするなぁ」


 すると、コロシアムの方から数人の男女が息を切らしながら走ってきた。

 その中の一人の男が、息を切らしながらも、目一杯息を吸い込み大声で叫んだ。


「オーガが脱走したあああ!!!」


 一瞬の静けさ、それは受け入れがたい現状を受け入れるために必要な時間。

 状況を認識した人々は、まず初めに足を動かそうとする。

 そうだ、僕が指示を出すから、できればそのまま静かに避難をしてくれ。

 そんな僕の思いは次の瞬間に破られる。


「う、うわああああああああああ!!!!!!!」


 一人の少年が恐怖によって混乱したのか、叫びながら走り去っていく。


「まずい!」


 もう遅かった。

 少年の行動は、時間が停滞しているともいえる大通りの現状を一気に進める引き金になる。


「「「「「「!!!!!!!!!!!」」」」」」


 まるで炎の魔術が爆発するような人々の声。

 もう収集はつかない。

 そう判断した僕は、速やかに通信用の魔道具を使用した。


「こちら王都巡回中一等騎士、所属部隊なしゼロ・ディヴァインです。コロシアムにて魔物が脱走するトラブルが発生した模様、至急現場に向かいます。」


 応答は無いが、通信用の魔道具を切る。

 大通りは、コロシアムとは逆方向に人が流れて大混乱を起こしている。

 人波をかき分けて、僕はコロシアムへと向かった。




 ◆◆◆


 全速力で駆け付けた現場は最悪と呼べるほどの事態だった。

 斧剣を持ったオーガが2体、こん棒を持ったトロールが1体、合計3体……。


「こちら現場のゼロ・ディヴァイン! 脱走した魔物は1体ではなく3体! オーガ2、トロール1、武装している! 応援を頼む!」


 くそっ! 相変わらず魔道具に応答はない。

 僕が全力を出せば勝てないことは無い、だが避難も完了していないこの場では、より被害を出してしまう可能性が出てくる。

 時間がない、早く結論を出さなきゃ!

 僕が焦り始めたとき、一人の女の子がオーガの目の前で転んでしまったのを見た。


「ひ、ひ、ヒッ!」


 腰が抜けたのだろう、歩けなくなった少女を見たオーガはニヤリと不気味な笑みを浮かべた。

 斧剣をゆっくりと振りかぶる。

 オーガは少女の絶望した顔を楽しんでいるんだ。


「クビも覚悟だ!」


 目の前で少女が真っ二つにされるところなんて見たくない!

 かなり大きい魔物用の斧剣を防ぐなら……雷で痺れらせたほうが早いな。

 一本の槍を想像イメージする。

 雷だけで作られた魔術の槍、それを僕の頭上に現す。


「行け!」


 僕のイメージで、雷の槍はオーガへと飛んで行った。

 槍はオーガの胸に命中し、オーガは痺れて振り上げた斧剣を頭上に落とした。


「怖かったね、もう大丈夫だよ、あとはお兄ちゃんに任せて君は逃げるんだ」


 腰を抜かしている少女を立たせてあげて、できるだけ優しく話しかける。

 これが通常であれば通報間違いなしだけど、今は状況が状況だ、崩れてしまった少女の髪を整えてあげてからそっと背中を押してあげる。


「シノちゃん!」


「!ままぁ!!」


 どうやら母親が近くにいたらしい、まったく、親子連れでコロシアムの近くなんて危なすぎるぞ、いろんな意味で。

 でも、様子を見る限り心配は無さそうだ。

 そして、どこにそんな力があるのか、母親はシノちゃんを抱き上げ猛然と走っていく。

 さて、今現在、3体の魔物のヘイトは全て僕に向いている。

 おかげで視認できる範囲の人の避難は完了した。


「住民の避難完了、これより3体の魔物を討伐する。抜剣の許可を」


 これでようやく剣が抜ける。

 今朝、騎士団長によって新たに発表された騎士団の規則によって、抜剣は住民の安全を完全に確保し、騎士団本部に申請しなければ出来ないということになってしまった。

 相変わらず応答は無い、だが考えてみれば応答されたことなんて今まで一度もなかった。


「ま、申請したから大丈夫だろ」


 僕は剣を抜き――――――――――――文字通り全力で踏み込んだ。


「グオオオ?!!?!」


「まずは、一体」


 オーガの喉を切り裂く。 

 首を斬り飛ばすのは力の無駄だ、多対一の時は、いかに力を使わずに相手を無力化するかを考えなきゃならない。

 喉を切られたオーガは斧剣を落とし、苦しそうにもがく。

 もがいているオーガに雷の槍を撃つ、痺れている間に息絶えるだろう。

 残りは2体、一気にかたを付けてしまおう。

 僕は氷の槍をイメージする。数は……8本!


「グガアアアア!?!?!?!?」


「ギャロロロロロロロロ!!!」


 言ってしまえば大きい氷柱みたいなものだが、オーガやトロールの皮膚程度なら簡単に突き刺さる。

 だけど貫くだけなら岩でも出してとばせばできる。

 何で僕が氷を出したかというと、トロールは再生機能を持つからだ。

 ただの岩では再生してしまう。

 だけど氷の槍は、貫いた箇所を凍らせることが出来る。

 細かい位置調整なんかは出来ないがオーガに2本、トロールに6本の割合で槍を放った。

 トロールの氷漬けの完成だ。


「グガアア!!!!」


「終わりだ」


 もう魔力にも余裕が無いから、オーガには剣で止めをさす。

 あとは氷漬けのトロールに止めを刺せば終了だ。

 ここは今までと少し形を変えて炎の剣をイメージする。

 矢、剣、槍の順で消費する魔力が多くなり、消費する魔力が多いほど威力が上がる。

 近距離の相手には剣が一番効率がいい。

 トロールの周りを囲むように、15本の炎の剣を出現させる。

 砕き、溶かし、燃やす。

 これが僕のトロール討伐方法だ。


「魔物の討伐を確認、応援は不要です」


 一応連絡はしておく。

 今思ったけど、この魔道具が壊れているのかもしれないな、相変わらず何の返答もないし……

 と、思ったらようやく応援?だろうか、オーガに匹敵するほどの大きさのゴーレムがこっちに近づいてきた。


「先ぱーい! 大丈夫ですかーーーー!!!」


「ん? この声は、リノか!!」


 ゴーレムとは逆の、大通りの方から僕と同じ騎士団の制服に身を包んだ赤い髪の女の子が走ってくる。

 リノアリア・デルダルク、騎士団随一の支援魔術の使い手で僕の後輩でもある。

 あと可愛い、肩上くらいまでの赤い髪は完全に僕のドストライクだし、普段は結構クールなのにこういう時は真っ先に駆け付けてきてくれる。

 本当に、僕にはもったいないくらいできた後輩だ。


「コロシアムで魔物が脱走したと聞きましたが、流石はゼロ先輩です。まさかもう討伐しているとは……誰よりもトラブルに遭遇し、誰よりも迅速に解決する。騎士の鏡ですね」


「少し毒が含まれていた気がするのは気のせいかなリノ? 僕だって、トラブルに遭遇したくてしてるわけじゃないんだから」


「ふふ、冗談です。本当はもっと早く駆け付けたかったのですが、遅れてしまって申し訳ありません」


「いや、確かにリノの支援魔術があればもっと楽だったと思うけど、そこはしょうがないよ、僕の通信用の魔道具も壊れていたみたいだしね」


「魔道具壊れてたって……巡回の前に確認しなきゃだめですよ」


 確かにその通りだ。

 後輩に指導される先輩というのも情けないな。


「あれ? ゼロ先輩、この魔道具……」


「危ない!!!!!!!」


 制服の襟に着いた僕の通信用魔道具を確認していたリノを前に押しだすようにしながら避ける。


「ちょっ! せ、先輩?!」


「何でゴーレムが僕たちを攻撃してくるんだ!!」


 地面にめり込むほど強力なパンチを繰り出したゴーレムに、僕は岩の槍で反撃した。

 するとゴーレムはあっけないほど簡単に砕けて砂になった。

 くそ、いててて、やっぱり顔から飛び込むもんじゃないな。

 僕は立ち上がろうとした。


「あ、あれ?」


 立ち上がれなかった。

 膝が、両方の膝が熱い。

 この感覚は以前にも経験がある。

 剣などで深く切られたとき、その傷口が熱く感じる。

 今回はその比じゃなかった。

 手で確認する、膝から下が両方なかった。

 視界がぼやける。

 リノが僕を揺さぶって何かを叫んでいるけど、何を言っているかわからない。

 頬に熱い雨が落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る