第17話   この紙、大事なものなんじゃ……

 停車した駅から、列車が走りだす。この次の駅が、セシリアの到着する終点駅だ。


(あらら……わたしの他に誰も乗ってないわ……。もしかしたら、お客さん用の車両には乗ってる人がいるかもしれないけど、わざわざ席を立って確認することでもないわね……。でも、同じ車両に誰もいないと、もしもわからないことがあっても、すぐに聞けないから不安だわ……)


 列車初心者のセシリアは、矢のように過ぎていく景色を眺めて、そわそわ。賑やかな雰囲気の、大きな大きなテントや、華やかな色彩に彩られた建物の数が、どんどん減っていき、背の高い樹木がまばらに車窓に映るようになった。


(んん? なんだか、景色の雰囲気が変わってきたわね……)


 樹木には、暗色系の飾りがちりばめられていて、それらは青空に照らされて、鈍く輝いていた。月や星型、土星の形などなど、なんだか夜や宇宙を思わせる形をしている。


(よく目立つ飾りね。講堂で習った宇宙のデザインと、似てる形してるわ)


 他にも、デフォルメされたお化けや、かぼちゃに顔が描かれてあるキャラクターも、セシリアの視界に入るようになってきた。


(お化けと言えば、この地域に、お化け屋敷みたいな建物があるって噂があるのよね。ホラー寄りのテイストなのかしら。わたし、ホラーってよくわからないのよね……ここで学べるかしら)


 列車の速度が、緩やかになってきた。もうすぐ終点だ。セシリアは、指定された駅でしっかりと降りねばと、荷物をしっかりと持って椅子から立ち上がり、いつでも降りられるように身構えた。


 列車がどんどん速度を落としていく。


(あら? 何か落ちてる)


 黒い封筒が、通路に落ちていた。封は取れてしまって、ぺろりとめくれている。


(ここにあるという事は、従業員同士の仕事のやり取りで、必要な手紙なのかも)


 セシリアはこの駅に、落とし物を預ける場所があれば良いと期待しながら、手紙を拾って、列車が完全に停車するのを待ち、ようやく終点駅に降りることができた。


(あら、けっこうな人数のお客さんが降りてるわね)


 パンフレットを片手に、若い娘さんがはしゃいでいる。お客さんの層が、全体的に若かった。ここには、たいそう刺激的な娯楽があるのかもしれない、そう思ったセシリアもわくわくしてきた。


(後で、どんな催しものがあるのか、わたしも調べてみなくっちゃ。ド田舎から来たわたしが、おしゃれな女の子たちの流行を知るには、自分で調べてみるしかないものね)


 口で説明されたって、全く話についていけず、出てくる単語の意味もわからないのだから、一人でゆっくり調べるしかなかった。


 酒場のバイトは忙しくて、お客さんがしゃべっている内容をこっそり聞いている暇もない。メルとロビンの会話は、本当にたまたま運良く聞こえてきただけだった。


 駅は全体的に暗色系に着色されており、宇宙や星空をイメージしたようなキラキラした銀粉が、明るい空の下でもドリーミーな空間を演出していた。


 なんだか、壁紙に欲しくなるセシリアである。特に寝室。


「あ、そうだわ。駅員さんに、この手紙を届けないと」


 片手にしていた封筒を、目の前に持ってきた。白銀色の美しいインクで、「メルへ。ロビンより」と書いてある。


(ええ!? これ、さっきまで一緒に乗ってたロビンさんが落としたの!? それとも、ロビンさんから受け取ったメルが落としたのかしら)


 セシリアには、どっちかわからなかった。手紙の封筒を裏返してみると、『 』で強調された、ぎょっとする題名が書かれていた。


(『ジゼルと魔法の国』……? これ、わたしが子供の頃にシスター・ジゼルをモデルにして書いてた物語と、おんなじ題名だわ)


 偶然だろうか……。


 メルはセシリアが住んでいた教会を、何度も訪れた期間があり、セシリアはメルの講義に感銘を受けて、創作活動を始めた。メルが最後に訪れたときも、セシリアはジゼルの話を書き綴っていた。


(でもシスター・ジゼルが、わたしに黙って誰かに作品を渡すなんて、考えられないし……ただの、偶然なのかしら。あ~! この手紙の中身、気になる~。わたしがたくさん書いて、紐でつづって、どっさり書きためた、あの物語と一緒の題名だなんて、気になりすぎる!)


 セシリアは駅内ではしゃぐ人の気配が遠ざかってから、辺りに誰もいないのを確認し、封筒から、そっと手紙を取り出してしまった。


(こ、これは、この手紙の持ち主を、探す手がかりを得るため! だから、わたしは、そこまで悪いことはしてない……はずよ)


 いろいろと自分に嘘をつきながら、四つ折りされた黒い紙を、ドキドキしながら広げてみた。手書きのきれいな文字で、びっしりと文字が書いてある。


(なんて書いてあるのかしら……あら? これは――)


『次の劇の配役が決まったので、書いておきます。演目 ジゼルと魔法の国 主演 セシリア十八歳 ジゼル役』


 なんと、演劇の配役表であった。劇の題名は、何度見ても『ジゼルと魔法の国』。その主演、助演、大道具、小道具、ライト、音響、メイク、衣装さんなどなど、びっしりと担当者の名前が書かれていた。


(わたしと同じ名前の人が、主役を演じるのね。歳も同じだわ……)


『助演 フーラメール・ドーリィ ブリキ役』


 変わった響きの名前だった。少なくともセシリアの住んでいる地域では、聞いたことのない名前だ。


(フーラさんとか、ドーリィって呼ばれてそう)


『助演 ロビンソン・バード 悪の王子役』


 セシリアは今日会ったロビンを思いだした。アレで悪役を、どう演じるのだろうか、セシリアは彼の舞台を一度も観たことがなかった。


(役者さんだものね。きっと舞台に立ったら別人のように豹変するのかも。役に没頭しているロビンさんは、さぞすごいんでしょうね~)


 セシリアは次の行も読んでみた。


『助演 ライオネル・サンダース十三世 ライオンの役』


 セシリアの知らない名前だった。


(他にも、出演する役者さんの名前がたっくさん! いいな~、わたしもこの劇、観に行きたいなぁ! ロビンさんの悪役、観てみたい!)


 人知れずはしゃぎだすセシリア。ふと、冷静になる。


(この手紙、開封はされてるけど、もしもまだ誰にも読まれていなくて、それで今日中に絶対に読んでもらわなきゃいけない大事な書類だったら、大変! なにを悠長に読んでるのよ、わたし! 駅員さんに、落とし物として届けないと)


 セシリアは大慌てで、駅員さんを探した。駅員さんは、星座の描かれた真っ黒な制服を着ていて、帽子には星のワッペンが。切符売り場の窓口横に立っていたので、セシリアは彼に事情を説明し、ロビンはどこにいるかわからないので、この国で一番大きなテントの衣装係として働いているメルに、届けてもらうように頼んだ。


 駅員さんは、快諾してくれた。セシリアはほっとし、再度駅員さんにお願いしてから、誰もいない駅を歩きだした。


 列車は車庫に戻るのだろう、虹色の煙を上げるパフォーマンスを止め、静かに走り去ってゆく。その風圧に、金糸雀色の髪をなぶられながら、セシリアは夜空のような駅を出た。


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