マキ編

第12話 「10 運命の輪」のカードの話 (10運命の輪)

 

 今日は「運命の輪」のカードの話をしようと思います。


 タロットカードは大きく分けて「天体系」「人物系」「イベント系」「ステータス系」の四種類あるという話を以前しました。驚いたことにこの四種類二十二枚のカードの組み合わせで、世の中の出来事をだいたい表現できてしまいます。


 ところがタロットカードは単体で時間の流れを表すことが少し苦手です。そこで、場所ごとに過去を表わすカードを置く場所、未来を表わすカードを置く場所というルールを作っています。これがスプレッドです。


 そんなタロットカードの中にあって、単独で時間の流れを表す不思議なカードが「運命の輪」です。この運命の輪はどこに出てもその先の未来と状況の変化を表します。正位置で出れば「好転」、逆位置で出れば「暗転」ですが、逆位置の場合は「変化しない」「満足できない変化」という意味のこともあるので要注意です。


 今回はそんな「運命の輪」を引いた僕の同級生の話です。




 季節は晩秋に差しかかったある日の夕方、僕と麻衣子先輩はサークルのメンバーと経済学部一階の小教室で学祭の準備をしていました。


 うちのサークルは例年ここで喫茶店を開いています。メンバーが旅して集めてきた世界の雑貨の即売コーナーと、ミニステージでのサークルメンバーの生演奏がウリです。学祭まであと三日。準備作業も大詰めでした。僕と麻衣子先輩はチケットを作る係で、部屋の隅にテーブルを寄せて作業をしていました。

 他のメンバーは買い出しとお店の飾りつけです。飾りつけはだいたい終わって、今は各々個人の趣味の世界に走っています。


 僕たちの作業自体は極めて単調。しばらくもくもくと手を動かしていた麻衣子先輩でしたが、飽きてきたのでしょう。こんなことを言い出しました。


「ねえ、ゆうすけクン」

「はい?」

「今からね、シチュエーションを言うから。それに合ったカードの組み合わせを考えて言ってみて」

「ほほう、面白そうですね。お願いします」

「じゃあね。結婚を考えた相手がいるけど自分の親が反対している」


 麻衣子先輩はテーブルの向かいでチケットを印刷したA4の画用紙にカッターを入れながら言いました。


「んー、恋人の正位置と、反対しているのが父親なら皇帝の逆位置リバース、母親なら女教皇の逆位置リバース

「両親ともに反対していたら?」


 僕はナンバリングマシンを押しながらうなります。皇帝は父親、女教皇は母親ですが、両親となるとどうなるんだっけ?


「……恋人、皇帝、女教皇の三枚全部が逆位置リバースって感じですか?」

「ふふふ、三枚組はナシ。そんなに逆位置リバースばっかり出たら別の読みしないといけないわよ」

「ですよね。なんだろうな、両親を表すカードってありましたっけ?」

「もう少し頭を柔らかく使わなきゃダメね。周囲の理解が得られないってことよ?」

「ああ、それなら運命の輪の逆位置リバースですか」

「そうね。それか星の逆位置リバース。世界の逆位置リバースでもいいかもしれないけど、それだと結婚自体は強行する感じになっちゃうかな。じゃ、次ね」

「はい」


 先輩のカッター捌きはなかなか上手です。あっと言う間にA4の画用紙がばらばらになっていきます。


「友達の彼女が気になっている」

「んー、悪魔と女帝」

「正解。じゃあ、その彼女も実はまんざらでもなかったら?」

「えー、悪魔と恋人の逆位置リバースですか」

「そうね。悪魔といっしょに出た男女関係を表すカードは、とにかくややこしい三角関係の含みがあるから。OLさんとか主婦っぽい人が引いたら不倫まで考えた方がいいわよ」


 僕はそこまで聞いて初めて、麻衣子先輩は僕に予行演習させてるんだ、と気が付きました。

 今年の喫茶店は麻衣子先輩と僕で占いコーナーを常設することになっていました。去年、麻衣子先輩が一人で気の向いた時にやっていたのが好評だったそうです。

 しかし、このシチュエーションから逆にカードを想像するのはなかなか難しい訓練です。とっさにいいカードが思いつきません。


「じゃ、もう一つね。昔、気になっていた子からモーションかけられて動揺している」

「えーと、月の逆位置リバースと……、昔気になっていた子? うーん、なんだろう」


 僕が首をひねっていると麻衣子先輩は言いました。

「ふふふ、答えはね、スプレッドの過去の位置に出る。占われている人がイメージする女性を表す人物系のカード。例えばゆうすけクンなら、そうねえ、片桐さんなら女帝、さっちゃんなら女教皇が出るのかしら?」

「あー、ひでえ。なんなんですか、その悪意あふれる例示は。やめてくださいよ、まったく。カードの組み合わせだけで表現すると思って考えてたのに……」

「とにかくいろんな場面をイメージトレーニングしておきなさいね。初対面の人を占うのって情報が少なくて割と難しいから」


 しかし、先輩、さっちゃんはともかく、なんでそこであずさを引き合いに出してくるかなあ。まあ、でも確かにそう言われるとなんとなくイメージはできました。麻衣子先輩は切ったチケットをさらさらとまとめて僕に渡します。僕はそれにがちゃがちゃとシリアルナンバーを打って行きます。狙ったところにナンバーを打つのは思いのほか簡単ではありません。


「麻衣子さん、あゆみさんが呼んでますよ」


 しゃべりながらも結構作業をしていた麻衣子先輩を呼びにきたのはマキでした。


「あら、もうこんな時間。マキちゃん悪いけど、残りやっといてくれる?」

「はーい」


 麻衣子先輩はあゆみさんと何か用事があったようです。装飾のおかげで随分喫茶店ぽくなった教室の入り口であゆみさんが手を振っています。それに合図をしながら先輩は立ち上がって僕にいいました。


「じゃあ、ゆうすけクン。一時間ほどで戻るから、続きは後で、ね」


 僕は先輩の微妙にエロくて生々しく聞こえるセリフに少し動揺します。言い方に気を付けてくれよ、この人はまったく。


「ねえ、ゆう君」


 先輩の微妙なセリフをマキは聞き逃しません。瞬時に反応して、先輩の代わりに僕の向かいにちょこんと座りました。文字にするとさっちゃんを思い出す呼び方ですが、実際のマキはハードな大阪弁です。おなじ「ゆう君」という単語でも全然別に聞こえます。


「ん?」

「麻衣子さんとどういう関係?」


 彼女のこの質問は文字では伝えにくいのですが、あきらかに大阪のお節介おばちゃんのトーンでした。


「先輩と後輩。師匠と弟子」


 作業を続けながら僕は素っ気なく答えます。つけいる隙間もない僕の返答にマキは口をとがらせて露骨に不満そうです。


「そういう風には見えへんけど」

「それはマキの心が曇ってるからだろ。濁った眼には清流も澱んで見えるんだよ」

「へええ。そうなんかなあ。まあ、そういうことにしといたげる。それよりもゆう君、最近タケシくん挙動不審な感じせーへん?」

「え? タケシ? 別に思わないけど……」

「なんか最近変なんよー。私と話すとき極端に口数が増えたり逆に減ったり。私、なんか悪いことしたかな?」


……ははあ、あのイケメン天才童貞野郎、あからさまにマキを狙ってきたんだな、と僕は思いました。まったく見境ないというかなんというか。

 マキは関西地方では割と有名な女子校の出身で、人懐っこい大阪弁の明るい子です。


 うちのサークルの一年生は男が四人、女子が二人。イケメン天才童貞のタケシ、まじめで努力家の文学青年は仮の姿でその実態はエロ作家兼エロ漫画家のヒロキ、運動神経抜群のパンチラ大好き爽やかエロ男のテツロ―、圧倒的声量と速射トークを誇る大阪のおばちゃん系漫才少女マキ、常に夢見る脳内お花畑不思議キャラのいずみ、そして僕の六人です。僕を除く五人はそれぞれが特徴的なキャラと意外な能力や才能を持っていました。この五人といると自分の地味さが嫌になります。でも、みんなとても仲良しでした。


 この六人の中で誰かと誰かが付き合うのは少し波乱含みです。できれば僕はこの六人の和を乱したくないなと思っていました。もちろん、仲間内でだれか二人が付き合っても、六人の輪が全体として上手くいくことも多々あります。ただ、やっぱりどうしても付き合っている二人に対する遠慮が出てきてしまうし、最悪二人が別れたりしたら完全に瓦解してしまいます。仲間内で三角関係とかになったら目もあてられません。


 僕はタケシにマキを焚きつけたことを後悔しました。タケシに薦めるならサークル外の子にしておけばよかった……。


「マキさ」

「ん? なに?」


 このマキの「なに?」というセリフもしっかり大阪弁です。マキと話しているとこっちまでイントネーションが変になってしまいます。


「タケシと付き合ってみる気、あったりする?」


 マキは目を丸くしてこっちを見ると、いきなり笑い出しました。


「タケシくんと? ないない! あははは!」


 いや、その気がないのは分かったけど、そこで爆笑するのはちょっとタケシがかわいそうだぞ、と思いました。マキは豪快に笑い過ぎて出た涙を吹きながら続けます。


「だいたい私が男の子と付き合うなんて四十六億年早いわー。あははは、おかしー」


 四十六億年……。出たよ、マキの適当な数字。彼女は経済学部なのにすがすがしいぐらいに関係のない適当な数字を言うことがよくありました。

「ごめん。すぐ終わるから。あと0.2秒だけ待って!」とか「ちょっとあそこから駅まで歩くには遠いよ。42.195kmぐらいあるし」とか「食べ過ぎて体重増えたー。今体重計乗ったら二トンぐらいありそう」とか。大阪の人の特徴なんでしょうか。仲間内では「あいつの言う数字は桁がアテにならない」と言われていました。


 マキは笑いが治まり切らない様子で口元を押さえながら言います。


「でも、まあ、ゆう君となら付き合ってもいいかなー」


 僕は突然の爆弾発言に思わず手に持ったナンバリングマシンを落としてしまいました。あれ、結構重いんです。僕は足の甲を直撃した痛みに呻きます。


「いてー! マキ、変なこと言うなよ!」

「あ、本気にしたー? うそうそ。でもちょっとだけホントかも。あははは!」


 ああ、ちょっと腹立ってきた。こいつはまったく……。

 僕は憮然として「くだらないこと言ってないで作業しなよ」とマキの手元にチケットの画用紙を投げました。


マキは笑いを収めつつも笑顔のまま言いました。

 

「じゃあさ、ゆう君、ちょっと占ってみてくれへん? いつごろどんな彼氏が私にできるんか。分かるんやろ? タロットカードで」


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