第23章

 派手な爆竹の音が鳴り響いたのは、タカシくんが無事に発表を終わらせ、何事もなくすんなり出てきちゃって、みんなでちょうど立川さんが運転するバンの前まで戻ってきてしまったところだった。


 一瞬ハッとして振り向くと、今どき珍しい大道芸の一団が大声を張り上げて通りかかった学生たちを呼び止めだした。近所にオープンしたラーメン屋の宣伝だとか言ってるよ。


「うあー、勘弁してよ。爆弾かと思っちゃったよ」


 あからさまにホッとした顔でせっちゃんがつぶやいた。あのさー、いい加減、爆弾の音と爆竹の音の違いくらいすぐ聞き分けようよ、分析官さま。ま、気持ちはわかるけどさ。


   ***


 それにしても、とんだ肩すかしだよなー。気合い入れまくってたのに、見事になーーんにも起きないんだもんなー。


 発表時間ギリギリまでみんなで会場の外で待ってて、タカシ君にさっさと発表してもらって(なんか、質疑応答入れて三十分くらいだった)、終わったらまたさっさと出てきちゃった。タカシくんは他の人の発表聞いたり、知り合いと挨拶したりしたがってたけど、ここはもうせっちゃんが「すいません。甥はちょっと旅の疲れで風邪気味でして」とか言って、押し切っちゃった。


 ……なんじゃそりゃーー?! あれだけ昨日はバリバリ襲ってきといて、予告で脅迫文まで出しといて、何もなしかーーい?! てか、せっかく昨日ジェシカに頼んどいた特別装備、今から届いても用なしかなあ……。


   ***


「いやー、何も起きなかったねー」


 バンに乗り込むなり、呆れたように池端さんが言うと、せっちゃんはいかにもホッとした様子で、


「起きなかったねー。よかった。ほんとによかった!」


 と笑みを浮かべた。


「いや、全然よくないでしょ。てことは、やっぱどう考えても、タカシくんの命じゃなくて、持ち物が狙いだったってことでしょ」


 あたしはつい大きい声を上げてしまった。


「だねえ」


「何その反応?!」


 あたしがキレかけてるというのに、せっちゃんはあいかわらずのほほんとしている。ちょ! 何それ?!


「だってさー。てことは、敵さん、もう欲しいものは手に入れたわけでしょ」


「それが何かわかんないの、気にならないわけ?」


「そゆのは、警察のテロ対策な人たちのお仕事だしー」


「だしー、って」


「でもって、今日の脅迫もフェイクだったみたいでしょ。じゃ、もう、アンダーソン博士の護衛、勝ったも同然じゃん。あとは空港まで送ってって、飛行機乗せちゃえば、私たちの任務は無事完了」


「せっちゃん、ちょっと前まであとで対応考えましょ、とか言ってなかったっけ?」


「それはほら、予告通り襲われたら、そのあとでっていうか。でも、この感じだと多分もう襲われないって」


「これだから公務員は。なんたる縦割り意識」


 あたしは思わず天を仰いだ。つっても、見えるのはバンの天上なんだけど。


「おいおい、キミもその公務員だから」


 池端さんが笑いながら言うと、


「言ってやって言ってやって。私はもう言い飽きました、そのセリフ」


 と、せっちゃん。はっはっは、あたしもすっかり聞き飽きたよー。てか、ちょっと前にも言われた希ガス。


「確かに、何盗まれたんだか、盗まれた本人もわかんないままとか、気持ち悪いことは悪いけどさー。ねえ、博士」


 せっちゃんが視線を送ると、タカシくんがこくこく頷いた。


「はい。というか、ボクのパソコン……」


「いや、少年。そこはあきらめよう。古今東西、泥棒に盗まれた品物が無事に戻ることはあんまりないから」


「そんなあ……」


 おいおい。博士か少年か、呼び方統一してあげなよ、せっちゃん。などと、二人が呑気なんだか何なんだかわかんない話をしているのを聞いてたあたしは、いつになっても車が発車しないことに気づいた。


「……どしたの、立川さん?」


 立川さんはダッシュボードについてるカーナビをいじっていた。


「うーん。なんか急に道が混み出しちゃってて、どこから羽田行こうか、悩み中なんだよ」


「羽田? 成田じゃないの?」


 と、聞くあたしの後ろからせっちゃんが声をかけてきた。


「成田は昨日の銃撃戦で今も閉鎖中。欠航やら振り替えやらで、ずっと大騒ぎなの」


 なるほどね。


「しっかし、平日とはいえお昼のこんな時間に渋滞って……。そいや護衛の車は?」


『こちら52。後ろにいまーす』


『55も同じく』


 あー、ほんとだ。二台とも、ちょっと離れたとこに駐車してら。


『52から31。キャンパス通り抜けて明治通り以外の道から迂回ルート探します?』


「31から52。了解。まずは迂回ルートを決定、共有するぞ」


『52、了解』


『55、了解』


 などと、立川さんたちが話してるところへ、助手席に座った池端さんが怪訝そうに声を上げた。


「渋滞の原因、もしかしてこれか?」


「何?」


 あたしが聞くと、池端さんは手にしたスマホの画面をこっちに見せてくれた。


「ワセダの理工学部キャンパスで爆弾テロ発生、だって」


 はあ?! ワセダの理工学部キャンパスってここだよね? 爆弾テロ? 何それ?? バンの窓の外には、さっきまでと同じ、ひたすら平和な景色が広がってる。なんのこっちゃー?


「渋滞の原因は避難車両か?」


 立川さんがつぶやく。


「みんな、このへんから逃げだそうとしてるってこと?」


 あたしが言うと、池端さんが、


「そうかも。ほら、こっちは爆弾じゃなくて毒ガスの話だ。サリンガスより恐い毒ガスが西早稲田から高田馬場に向かって広がりつつあるって」


「って、そんなの、現場見たら何も起こってないこと、すぐわかるじゃん!」


「ツイッターじゃそう言ってる人たちと、テロが起こってるって言ってる人たちとがdisりあってる。しかも、どっちも写真アップしてら」


 写真てことは、あからさまなフェイク(にせもの)を意図的に流してる連中がいるってことか。


「正反対の主張が二つぶつかり合えば、どちらかを信じるというより、最悪に備えて行動する人も出てくる。そして、それがある閾値を超えてしまえば、中立な人たちも雪崩をうってそれにならう。目の前の事象は結果的に上書きされうる、か……」


 あたしたちのうしろでせっちゃんがなんかブツブツ言い出した。


「……まさか!」


 あたしが振り向くと、せっちゃんはタカシくんの肩を両腕でガバッとつかんでいた。おいおい、何、今度は何なのー?

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