35 大祈祷師ルベロ
翌日の朝、俺達は大聖堂に出向いた。門番に、ルベロとの面談を申し込んだ所、無下に断られた。そこで俺はドゥルーダからの手紙を見せ、紹介状がある、と門番に再度交渉を試みた。
門番はドゥルーダからの手紙を検分してから、「ちょっと待っててくれ」と言って中座した。やがて門番は戻ってきて、「ルベロ様がお会いになるそうだ。入ってくれ」と言って、門を開けてくれた。
大聖堂の中は、広々としていて、空気がヒヤリと冷たかった。物音一つしない厳かな空間だった。俺達は聖堂の奥の間に通された。そこに、ルベロはいた。
ルベロは年の頃七十歳前後の老人だった。紫色の長いローブに身を包み、顎には白くて長い髭を蓄えていた。目は細く、その細い目をさらに細めて笑顔を作って俺達を出迎えた。
「遠い所から遥々来られたようじゃな。ま、座ってください」
俺達はソファに座ることを勧められた。遠慮なく座った。
「大魔法使いドゥルーダからの手紙をお持ちじゃと」
俺は頷き、ルベロに手渡した。ルベロは手紙をじっくりと読みはじめた。
「悪の魔法使いザウロスの事はわしもよく知っている」ルベロは言った。
「彼は、悪魔に魂を売った黒魔術師じゃよ。己の魂と肉体を分けることのできる恐ろしい魔導士じゃ。肉体が滅んでも、魂を分離させて、次に宿主となる肉体を探す。彼自身は永遠に滅ばない。恐らく、今の時点で彼はもう数百歳を数えるのではないかな。」ルベロは言った。
「あなた方は、ザウロスと対決して、ザウロスを倒したんじゃな。鋼鉄の心臓を貫くために、ミスリルの剣先を使ったのかな?」
「その通りです」俺は答えた。
「それは素晴らしい。それで彼の肉体は滅びたはずじゃ。でもな、彼の魂はそれだけでは死なん。肉体を滅ぼしてすぐに、彼の杖を燃やして打ち捨てなければならないのじゃよ」
「知っています。それはドゥルーダ様から聞いていました。しかし、ミスリルの矢で倒れたザウロスは、杖を燃やす暇もなく、杖もろとも砂と化し、舞い散ってしまったのです。杖を燃やそうと思っても、その隙がありませんでした」
「うむ……。さすがザウロス、じゃな。魂だけとなっても、杖を持ち逃げできるだけの力があるとは。しかしどのみち、杖を燃やして打ち捨てることが出来なかったのは事実じゃ。彼は今、この世界のどこかを魂となって彷徨っているだろう。次なる新しい肉体を探してな。そして、問題の護符じゃ。彼が残した護符は、彼がその力を復活させる時の鍵となるものじゃ。彼が護符を取り戻し、杖を手にした時に、初めて彼は元通りの強大な魔力を手にする事となる。その前に、行方不明になった杖はともかく、護符を処分しなければならぬ。……他ならぬドゥルーダの頼みだ。わしがこれから、ザウロスの護符に対抗するための、呪禁の護符を造ろうではないか。」
ルベロは、一呼吸おいて、話を続けた。
「そこで、じゃ。わしは魔法使いではない。祈祷師じゃ。祈祷師には祈祷師のやり方というものがあってな。呪禁の護符を造るにあたって、ザウロスと実際に対峙した者、もっとはっきり言えば、ザウロスの胸にミスリルの剣先を突き刺した者の協力が必要なのじゃ。……さて、お主達の中に、当てはまる者がおるかな?」
ラモンが手を挙げて言った。
「ルベロ様。私が、ザウロスの胸にミスリルの矢を突き刺しました」
「そうか。お主か。護符を造るにあたって、儀式が必要なのじゃ。儀式には、ザウロスに実際に手を掛けた者の、念が必要なのじゃ。お主の力を借りることになる。よろしいか」
「はい。もちろんです。よろしくお願いします」
「弓使いのラモンよ。長い儀式になるが、頼むぞ」
驚いたことにルベロは、ラモンが名乗ってもいないのに、彼の名前を知っていた。ドゥルーダの手紙に書いてあったというわけでも無いだろう。……どういう事だ? 超能力でもあるのか?
「プッピよ、お主もザウロスと対決したことは知っているが、今日の儀式にはラモンがいれば十分じゃ。そちらの娘様と一緒に、儀式が終わるまで街の観光でもしていてくれぬか。恐らく、儀式が終わって護符が完成するのは、夕刻になるだろう。夕刻に、またここに顔を出してくれるかい」
「はい。わかりました。……ところで、つまらない事かもしれませんが、聞いてもいいですか?」
「なんじゃ?」
「どうして、ラモンの名前を知っているのですか?」
ルベロは再び細い目をさらに細くして笑いながら答えた。
「わしは祈祷師じゃよ。祈祷師は、人の念を感じ取ることが仕事さ。お主らの名前を知ることなど、わけもないことよ。……なんなら、昨日の晩に食べた物だって当ててみせることができるよ。バクハードの名物料理は美味かったかえ?」
そういうわけで、ラモンは大聖堂に残り、ルベロの儀式に参加することとなった。
俺とタータは大聖堂を後にし、とりあえず街の繁華街に出て、散歩をすることにした。昼になれば飯を食い、その後はまた散策をして過ごすことになるか。
「ルベロ様ってすごいわね」タータが言った。
「ああ。びっくりした。ラモンの名前を知っていただけでなく、昨日俺達が食べた物まで知っている様子だったな。……祈祷師というのは、皆ああやって超能力のような物を持っているのかい」
「そんな事ないと思うわよ。トンビ村の祈祷師のウェイドがそんな力を持っているなんて聞いたことないもの。やっぱり、ルベロ様は特別なんだと思うわ」
午前中、バクタの街をあてもなく散歩し、繁華街の食堂で、二人で昼食を摂り、さて午後は何をして時間をつぶそうかという話になった。
タータが食堂の主人に、バクタの観光スポットについて相談をした。主人に紹介されたのは、ここから馬車でしばらく行ったところにあるカケラニという寺院だった。それは立派な建造物なのだそうだ。そして、寺院に隣接する庭園がまた素晴らしいのだという。俺達は食堂の主人に礼を言い、午後はカケラニに行って時間をつぶすことにした。
寺院は話のとおり立派な建物で、庭園も素晴らしかった。俺とタータは、傍から見ればまるでデートをしているカップルかのように一日を過ごした。その頃ラモンはといえば、昼飯も抜きで、大聖堂の中で延々とルベロの念仏を聞いていたらしい。
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