33 アイランド
気が付くとシンは、空中を落下していた。
慌てて何かを掴もうとするが、両手は空しく空気を掴むだけだった。
次の瞬間、シンは背中から地面に激突した。全身に激痛が走った。
シンの頭の中は混乱していて、何も考えられなかった。
しばらくの間、呼吸を整え、気持ちを落ち着ける以外に何もできなかった。
だいぶ時間がたってから、首をもたげて周囲を見回し、現在地を確認しようとした。
ここはどこかの草原のようだ。
背丈ほどもある高い草が周囲を取り巻いている。
それ以上はまだわからない。背中が痛くて起き上がれないのだ。
さらに十分ほどじっとしていただろうか。
ようやく背中の痛みが軽減してきて、呼吸も楽にできるようになってきた。
肘を立てて、上半身を起こすことに成功した。
鳥の鳴き声が聞こえる。
それ以外には、何の物音もしない。
シンは思い出した。
……アイランドの中に入ったのだ。そうに違いない。
侵入ポイントが間違っていなければ、ここはダマスの街からそう遠くない場所の草原のはずだ。
シンは立ち上がり、周囲を見回した。背の高い草が邪魔で、遠くを見渡しにくい事もあり、どの方向にも、街らしきものは見当たらなかった。
シンはさらに思い出した。スマホだ。スマホに地図アプリがインストールされているはずだ。地図を頼りに、ダマスの街を目指せばいい。
体をまさぐってみたが、ポケットの中にスマホが入っている様子はなかった。
シンは周囲を見回し、スマホを探した。すると、足元に巾着袋が落ちているのを発見した。そして、数メートル離れたところに、鋼の剣が落ちていた。
シンは剣を回収し、近くに置きなおした。そして、巾着袋を拾い上げ、中身を確認した。中には、金貨が三枚と銀貨が五枚入っていて、金と一緒に、スマホが入っていた。
シンはスマホを取り出し、画面にタッチしたが、スマホは何の反応も示さなかった。それだけではない。スマホの画面は、割れて大きなヒビが入っていた。
しばらくの間、スマホを調べたが、どうしても電源は入らなかった。恐らく、スマホは死んでいる。画面にこれだけ大きなヒビが入っているのだ。落下の衝撃で壊れてしまった可能性が高い。
シンはため息をつき、その場に座り込んだ。スマホが使えない。これからどうすれば良いかわからない……。
途方に暮れて、頭を抱えてしばらくその場で座り込み続けていた。
その時だった。物音に気付いた。ガサ、ガサ、ガサ……という音。誰かが草をかき分けながら、こちらに近付いてきているのだ。
シンは顔を上げる。周囲を見回す。やがて、向かって正面の方向から人影が近付いてきていることがわかった。
「おーい」人影がシンに呼びかけている。
シンは、一瞬迷ったが、意を決して返事をした。
「おーい。ここです」
「今行くぞー」人影が言った。
草をかき分けて、一人の男が現れた。小柄なせむしの男だった。
老人といってもいい年恰好だ。左目をつぶって、右目だけでこちらを見ている。
「たまたま見ていたんだけどな、あんた、空から降ってこなかったか」
どうやらせむし男は、シンが空中を落下してきたのを偶然目撃していたようだった。
「はい……、いや、僕にもよくわからないんです。気が付いたら、落ちていたんです」シンは言い訳した。
「どうして空から降ってきたのかは知らんが、身体を痛めたんじゃないか? 大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。少し背中が痛みますが……」シンは答えた。
「向こうで、テントを張っているんだ。薬もあるし、お茶も食べ物もある。良かったらおいでよ」せむし男が言った。
特に断る理由も思いつかなかったので、シンはせむし男についていくことにした。
せむし男のテントは、しばらく歩いた所にあった。
「まぁ、座りなされ」せむし男は椅子がわりにしていると思われる平たくて大きな石をシンにすすめた。シンはすすめられるままに、石の上に座った。
「今、お茶をあげよう。冷たいお茶しかないが、いいかな」
「冷たいので結構です。ありがとうございます」
「ちょっと待っててな」せむし男はテントの中に入っていった。そして何やらガサゴソと荷物の中を探すような音が聞こえた後、水筒とコップを持ってテントから出てきた。
せむし男は水筒の中身をコップにあけて、シンに手渡した。
コップを受け取ったシンは、コップの中身を覗き込んだ。茶色の液体が入っている。小さなゴミのような物が浮いている。決して、美味そうな飲み物ではないことは確かだ。
「そんなものしかなくて悪いが、ま、飲みなされ」
断るのも悪いので、シンは思い切って飲み干した。奇妙な苦みのある茶だった。
「あんたは一体、どういうわけで空から降ってきたんだい」せむし男が聞いた。
「いやぁ……。えーと、わかりません」
「わからないって、何も? あんた、名前は?」
「名前は……シンです」
「どこから来なすった? ダマスかい?」
「いや、うーん……。その、覚えていません」まさか、別の世界からワープしてきた、などと言えるわけもなく、シンはそう言って誤魔化した。
「あんた、記憶を失っちまっているのかい」
「はい……。そのようです」
せむし男は、しばらくの間何も言わずにシンの顔を見続けていた。
「わしは、あんたの顔、見覚えがある……」
「本当ですか」もしかしたら、この男、タカハシと会ったことがあるのかもしれない、とシンは一瞬思った。
「わしは、あんたのような人間を探していたんだよ」せむし男がニヤニヤしながらそう言った。
「え……?」
「あんたは、ぴったりの人間だ。そうだろ」
「何……? 何ですか」
せむし男の不気味な物言いに、何かただならぬ雰囲気を感じ取ったシンは、この場を立ち去ろうとした。しかし、なぜか足に力が入らなかった。
「あんた、ぴったりの人間だ」せむし男は再びそう言い、クックックと笑った。
逃げなくては……。シンはそう思ったが、なぜか、身体中の力が抜けていった。そして、座っていることもできず、頭から地面に倒れ込んだ。
「やっと見つけた。ぴったりの人間を」せむし男が笑いながらそう言うのを耳にした。
シンは、気を失った。
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