26 尻切れトンボ




 ハリヤマからのメッセージを何度も読み返した俺は、肩を落として、大きくため息をついた。


 この一ヶ月間、俺の知らない間に、現世ではとんでもない事が起こっていた事がわかった。つまり、俺のコピー人間が、いつの間にか俺の身体を支配しているということだ。俺のコピー人間は、シンという名前をつけられているらしい。俺の名前、シンイチから連想して名付けたのだろう。しかし、いよいよ奇妙な事になってきた。




 俺は今、アイランドにいる。しかし、実際には意識だけがこの世界に飛ばされてきている状態だという。そして、俺の身体は意識不明の抜け殻となって六本木ヒルズのオフィスで管理されているという。さらに、クリタニユキが俺の身体を管理している、と言い、ユキは毎日俺の抜け殻となった身体と対面している。そしてユキはアイランドの中にいる俺と、毎日のようにSMSで連絡を取り合っている。


 その上で、今度はさらに、抜け殻となった俺の身体に、俺のあずかり知らない別の自意識、シンが誕生し、今や俺の身体を支配して、我が物としているという。そして、このままではシンに完全に乗り移られてしまい、俺の戻る場所がなくなるので、そうなる前に俺とシンを入れ替えるという。シンをアイランドに送り、俺を元の世界に戻す、と。




 ……もう、何がなんだかわからない。頭が混乱する。俺という人間は、どこまでが俺自身でどこからが俺じゃ無いんだ? 自分と自分以外との境界線がよくわからなくなってきた。


 とにかく、確かなのはあと一日半後、明後日の夜明けに、システムが再起動されて、俺はこの世界を去る、という事らしい。しかし、こんな大事な事を、ギリギリまで俺に知らせなかったハリヤマに腹が立つ。そしてきっと、ユキもこの事を以前から知っていたのだろう。しかし恐らく、ユキはハリヤマから口止めをされていたのだろう。


 俺はもう一度ハリヤマにメッセージを送った。


◇『どうしてギリギリになるまで俺に知らせなかった? ひどいじゃないか』




 返信は、五分後に届いた。


◆『申し訳ありません。でもわかってください。あらゆる事が確定するまで、ご心配をおかけしないよう情報提供することを控えていたのです。そして、再起動についてですが、シンさんという新たな自意識が誕生してしまった今、出来る限り早く状況に対処する必要があり、それにはシステム再起動しか方法が無いのです』


◇『しかし、再起動のタイミングが問題だ。さっきも言ったけど、今はとても大事な用件でバクタに向かっているところなんだ。これでは、用件を成し遂げる前にアイランドを去ることになってしまう』


◆『大事な用件の中途でタカハシさんの意識をこちらの世界に戻すことになってしまったのは申し訳なく思います。しかし、タカハシさん、よく考えてください。一番大事なことは何ですか? ゲーム内世界の、仮想空間内での用事を達成することですか? それよりも私は、タカハシさんの身体を心配しています。一番大事なのは、タカハシさんを無事にこちらの世界に戻すことです。違いますか』




 言われてみれば、確かにそのとおりだった。


 シンという新たな自意識が俺の脳内に誕生した今、シンをできるだけ早急にアイランドに追い出し、俺を元の世界に戻すことが必要なのだろう。ここでのんびりと様子をみていたら、シンが完全に俺の脳内に居つくことになりかねないのだろう。そうなったら、俺は帰る場所がなくなってしまうのだ。一生アイランドの中で生活することになる。いや、俺はアイランド内では死んでも生き返るのだ。ということは、永遠に……。ハリヤマがシステム再起動を急いでいるのも、無理はないのかもしれない。




 いつかは元の世界に戻るのだ。それが、自分の思った以上に早まっただけだ。バクタに行き、呪禁の護符を入手するという使命を貫徹できず、尻切れトンボの結果になるのは悔しいが、少なくとも旅にラモンを同行させて良かった。俺がいなくなっても、ラモンさえいれば儀式を行うことができる。……あとはラモンに任せよう。




 ……待てよ? 俺の代わりにシンが入ってくるということは……? 俺と入れ替わるということは、シンがプッピになるということか?


◇『質問。シンがこの世界に入ってきたら、完全に俺と入れ替わるのか? つまり、シンが俺に代わってプッピになるということ?』


◆『いえ、違います。プッピはテストプレイヤー1、つまりタカハシさんのキャラクターです。そして、シンはテストプレイヤー2として、全く別の“シン”というキャラクター名でアイランドに入ります。シンは、本人の希望もあり、ダマスの街の付近からゲームスタートさせる予定です。


 プッピは、タカハシさんがこちらの世界に戻ってくると同時に、アイランドから消えます。つまり、今はお仲間と旅に出ているんですよね? でしたら、明後日の夜明けの時間は、お仲間に気づかれないように、どこかで一人でいてください。突然目の前にいた筈のプッピが消えたら、お仲間はびっくりするどころの話じゃありませんよね』


◇『つまり、俺は明後日の夜明けに、突然姿を消す、と、そういうわけだな』


◆『そうです。お仲間が混乱しないよう、その時間帯はどこかで一人きりになれるようにしておいてください』




◇『わかったよ。突然の話だったのでびっくりしたけど、とにかく理解しました。明後日の夜明けに、俺はそっちの世界に戻る、と。そういう事だね』


◆『そうです。わかっていただけて嬉しいです』




 俺はハリヤマとの交信を終え、眠りについた。




 そして翌朝になった。


 何も知らないラモンとタータ……。


 俺はラモンに声をかけた。


「なぁラモン。もし俺がいなくなっても、バクタまで行って、使命をやりとげてくれよな」


「急にどうしたんだ。変な事言うなよ。まさかこんな街道のど真ん中で、あんた姿をくらます気か?」


「いや、なんでもない。冗談だよ。でも、もしもの事があって、俺がバクタまで行けなくなっても、一人でやり遂げてくれよ」


「それはもちろんだ。しかしどうしたプッピ。まるで今日にでも死ぬみたいな事を言ってるぞ」


「いや、死にはしないよ。冗談だ。でもとにかく、約束してくれ。バクタに行き、呪禁の護符を入手するという目的は、たとえこの先何があってもやり遂げてくれ」


「ああ、約束するよ。……変な奴だ」




 夕方になり、俺達はキャンプを張った。そして夕食を食べた。夕食後に、俺はタータを呼び出し、言った。


「なあタータ、もし俺がいなくなっても驚かないでくれ。俺がいなくても、バクタまで行き、ラモンが目的を達成するのを助けてやってくれ」


「何言ってるの? プッピ、どこかに行っちゃう気なの? 今日のプッピ、何だか変よ」


「そうだな。今日の俺はちょっとおかしいかもしれない。でも、約束してくれ」


「約束はするけど……。あなたどうしたの? 具合でも悪いの?」


「ああ、具合が悪いのかもしれないな。俺はこの世からいなくなるかもしれん。もしそうなったら、タリアによろしく伝えてくれ」


「何かわからないけど、あなた弱気になっているのね。……慰めてほしい?」


「いや、大丈夫だ。明日も早い。もう寝よう。おやすみ」


「……? おやすみなさい」


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