21 ユキのパート その7




 シンのリハビリは順調に進んでいた。シンは、毎日六時に起床し、朝食前に軽い運動をした。午前中のリハビリでは、トレッドミルを使って、何キロも走った。昼食をはさんで、午後も自主的にトレーニングをしていた。この部屋から出ることができないシンは、体を鍛える以外にやることがないのだ。


 ユキは、シンが退屈にならないように午後になるとシンの部屋に行き、話し相手になった。話す内容は、他愛のない話ばかりだ。シンは部屋の外に出たがったが、それは針山が許可を出していなかった。

 また、部屋を出るには、ドアロック解除のための登録が必要だったが、シンはその手続きをしていないため、シンが一人で部屋を出ようとしても、扉は開かない。いつも窓の外を見つめているシンをユキは不憫に思った。




 ある日、針山がシンのもとを訪ねてきた。針山はユキとシンをソファに座らせた。


「シンさん、今日は、シンさんが意識を失うきっかけになった事故の話と、今後の方針について説明しにきました」針山は言った。


 そして、針山は今までの経緯をシンに正直に話し始めた。


 アイランドプログラムのこと。タカハシは予測外のトラブルにより、アイランドの中に意識が転移している状態であること。タカハシは元の世界に戻ることができず、今もアイランドの中で生活をしていること。そして、意識不明となり抜け殻となったタカハシの身体を、このオフィスの部屋の中で、万全の体制で管理をしてきたこと。


 ある日、意識不明だったタカハシが急に目を覚ました。それは、シンのことだ。タカハシの意識は今現在もアイランドの中に存在している。シンという自意識は、タカハシの脳が自己修復を行った結果、発生したものであると考えること。




「じゃあ、この体は僕の物ではなくて、アイランド? にいるタカハシさんの持ち物だということですか」シンは針山に聞いた。


「そうです。今後、タカハシさんがこの世界に戻ってくる際に、現状では、タカハシさんが戻ってくる場所がないのです」


「……僕は、どこにどいてあげたら良いんですかね」シンが苦笑しながら言った。


「タカハシさんが戻ってくるときに、入れ替わりに、シンさんがアイランドに入ってほしいんです」針山は言った。




 シンは、しばらく黙っていた。針山の提案について、考えている様子だった。そして、一筋涙を流した。


「アイランドの世界に行けば、僕は部屋から出て自由に暮らせるんですよね」


「そのとおりです。なんでもできる。自由な世界です」針山は言った。




 その後、針山はシンをプログラミングルームに案内した。プログラマー達の間を通り抜け、テストプレイ用のブースにシンを招き入れた。ブースの中には、巨大なスクリーンがあり、スクリーンから三メートルほど離れたブースの中央には、座り心地の良さそうなゲーミングチェアが設置されていた。


「どうぞ、座ってください」


 針山はシンに中央のチェアをすすめた。


 そして針山はブースの外にいる人間に向けて指をパチンと鳴らした。


 ブース内が暗くなり、スクリーンに映像が映し出され始めた。アイランドのデモ映像だ。中世ファンタジーをリアルに再現した世界。シンは、食い入るように映像を見つめていた。


「この世界に実際に入っていけるんですか」シンが映像を見つめたまま針山に聞いた。


「そうです。アイランドの中であなたは何でも自由にして過ごすことができる。馬に乗って草原を駆けまわっても良いし、ダンジョンに入って探検をしてもいい。アイランドの中では、制約は何一つありません。きっと、今よりも充実した生活を送ることができると思います」


「……いつ、行けるんですか」


「今、急ピッチで準備をしている所です。あと一か月以内には、シンさんがアイランドに入り、タカハシさんがこちらの世界に戻ってくるためのプログラム構築が終了する見込みです」


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