第6話 名古屋市内観光

 昨日は富士山を通過した後、そのまま無事名古屋着。

 そこで下校時刻となったため、続きは今日へ持ち越し……のはずだったけれど、今日は阿左美に用事があるということで、放課後の活動はお休みに。

 その代わり今日は、部室でお昼を一緒に食べようという話になっている。電車内ではないので、机を四台くっつけてのお弁当タイムだ。


「せっかく名古屋まで来とるで、市内観光するがね」

「多々良先輩、それひょっとして名古屋弁のつもりですか? 多分名古屋の人に怒られますよ、それ」

「そりゃぁ困るでかんわ。どえりゃー……えーっと……」


(もう言葉に詰まるのね。その程度の知識で、どうしてやろうと思ったの……)


 相変わらず暴走し続ける多々良と、後輩という立場上、律義に突っ込む若葉。

 多々良をあしらい慣れた六実は、軽くそれをスルーして話題を切り替える。


「それより先に、お昼食べましょ。みんなのお弁当はなに?」


 そう言って、六実が取り出したのはおにぎり。けれど良く見るとあれは違う。おにぎりからはみ出した衣、あれは『天むす』だ。

 若葉が隣の多々良のお弁当箱に視線を移すと、顔を出したのは『エビフライ』。嫌な予感がして阿左美のお弁当を見ると、そこにあったのはなんと『ひつまぶし』。しかもタッパーに薬味、水筒には出汁まで用意してある。


(なにこれ……。そういう趣向なの? 机上旅行を甘く見てた……)


 まさか各自、お弁当に名古屋名物を持参してくるなんて思いもよらなかった若葉。いつも通りに、中身を母親に任せたことを後悔した。

 けれど、いくら念じたところで中身が変わるはずもない。運を天に任せた若葉は、お弁当箱の蓋を「えいっ」と開く。


「おー、若葉ちゃんもやるねぇ」

「おいしそうですぅ。一切れ交換しませんかぁ」


(あれ? これって名古屋名物だったっけ?)


 若葉のお弁当箱にはトンカツの姿。自信がなかったけれど、六実と阿左美の反応を見るとセーフらしい。若葉はホッと胸を撫で下ろす。

 けれどもそこに、一緒に入っていたソースをかけた瞬間、部室の空気が一変した。


「そこは味噌だろー!」


 多々良の容赦のない突っ込み。

 若葉は名古屋名物に『味噌カツ』があったことを、たった今思い出した。


「それにしても、お弁当にウナギってすごいね、阿左美ちゃん」

「うん、うん。それに機転利かせて、お弁当に名古屋名物を選ぶなんてすごい。この部活に来るようになったのって、わたしと同じ一昨日からなのに……」

「名古屋名物ぅ? なんですかぁ? それ。これは、普段通りのお弁当ですよぉ」


(え、ひつまぶしを常日頃からお弁当にしてるって、いったいどんな家なのよ……)


 阿左美の家に金持ち疑惑が持ち上がる。そして同時に、『ひつまぶし』のお弁当を偶然持ってくるという強運も、只者ではないことを匂わせた。

 もっとも、そこまで考えていたのは若葉だけかもしれないけれど……。


「ねえ、ねえ、ねえ、見て、見て、これ」


 エビフライをくわえながら、多々良が突然スマホを差し出した。

 何事だろうとそれを覗き込む三人に向かって、残念そうな叫び声をあげる。


「たはー! 出発一日遅らせれば良かったわー。今日だったらほら、富士山がこんなにクッキリ」


(あれだけ断言してたのに、なんでライブカメラ見てるの、この人? 返して、昨日の私の共感を返してよ)


 昨日かっこいいことを言って、多々良のことを少し見直していた若葉。けれどもその敬意は、一瞬にして地に落ちた。

 呆れ果てた若葉はため息をつくと、気を取り直して今日の目的を多々良に再確認する。


「それよりも、名古屋の市内観光って何やるんですか? 多々良先輩」

「昼休みはあんまりゆっくりもしていられないからねー。残り時間は三十分、駅周辺で見られるもの探そうか。さぁ、みんなもスマホで検索だ!」


(相変わらず、移動時間にはこだわるんだ……。それにしてもスマホは校則違反なんだから、多々良先輩以外持ってるわけが……!)


 よく見ると、六実も阿左美も下を向いてスマホを操作している。

 スマホなんてなくても困らないと思っていた若葉だったけれど、その信念がガラガラガラと音を立てて崩れていく瞬間だった。

 そんな羨望の眼差しを向ける若葉に気付いた六実は、気遣いの言葉をかける。


「ほら私の家遠いから心配らしくて、親が無理やり持たせるのよ。だからあんまり気にしないでね?」

「はい……。(やっぱり私も、次の誕生日にねだってみようかな……)」


 そんな六実が気になる名所を見つけたらしい。

 六実が話を持ち掛けると、多々良は奇声を上げてそれに答えた。


「ねえ、多々良。これなんだろう? 駅の近くらしいけど」

「うひょー、なんだこれ、面白そー。ここに行こう、ここに」


 多々良が一発で興味を示した場所。若葉と阿左美もスマホを覗き込む。

 そこに映る写真は、真っ白いマネキンのような人形。けれどもそのシュッとしたスタイルは、まるで宇宙人のよう。

 若葉も一緒になって興味を示していると、阿左美が自信満々に答えた。


「あぁ、わたしぃ知ってますぅ。ナナちゃんですよねぇ、これぇ」

「へぇ、ナナちゃんて言うんだ。どれどれ……」


 さらに詳しく検索する六実。

 そしてその検索結果を読み上げ始めた。


「えーっと、身長6.1メートル、体重600キロ……」

「なんでー、なんで7メートル、700キロじゃないのー。残念過ぎるだろー」

「名前は後からつけたんじゃないんですか? 多々良先輩」

「そっかー、それじゃ仕方ないかー。でも残念だなー」


 若葉の言葉にも、手のひらで顔を覆ったまま天を仰ぐ多々良。どうしてそこまで残念がるのか……。

 そして、さらに検索を続けていた六実が、名前の由来を探り当てた。


「名鉄セブンの前に建てられたので、その名を『ナナちゃん』と命名……」

「なるほどねー、六実ご苦労! で? 誰がやる? ナナちゃん」


 突然、わけのわからないことを言い出した多々良。

 若葉の眉間にしわが寄る。


「え? 何言ってるんですか? 先輩」

「昼休みもうすぐ終わっちゃうから、はよ」

「そんなの、言い出した多々良先輩が――」

「よーし! ジャンケンだ、ジャンケンで決めるぞー」


 若葉の声を無視して、多々良は強引にジャンケンという公平っぽく見える手段を選択する。

 そしてその被害者となったのは……。


「なんで私が、こんな目に……」

「名古屋の観光名所だぞ、胸を張らんかい! 六実」

「六実せんぱぁいのナナちゃん、見てみたいですぅ」

「諦めてください、六実先輩」


 ガックリと肩を落としたのは六実だった。

 さっそく六実は、スマホの写真を見ながらポーズを取ってみる。


「こ、こんな感じ?」

「もっと両手のひらだけ水平に、ペンギンみたいな感じですよ。六実先輩」

「ほら、六実。もっと首を長く伸ばして」

「伸びるか!」


 ナナちゃんを演じる六実を、腕組みをして見つめる多々良。納得がいかないらしく、何度も首をひねる。


「全然迫力を感じないなー。これじゃただの六実……、いやロクちゃんだな」

「(ククク、誰が上手いこと言えと……)それじゃあ、こうやって両側に椅子を置いて、この上に立ってみたらどうですか? 先輩」


 若葉の提案で椅子を二脚少し離して置き、片足ずつ載せて仁王立ちになる六実。背が高くなった分、さっきよりは迫力が増した気がする。

 若葉と多々良がロクちゃん……、いやナナちゃん像を見上げていると、阿左美がスマホで見つけた情報をみんなに伝えた。


「なんかぁ、ナナちゃんの股下をくぐるとぉ、いいことがあるらしいですよぉ」

「おー、それはさっそくやってみなければ」


 ノリノリで実行に移す多々良。三人で一列に並ぶと、椅子と椅子の間をしゃがみながらチョコチョコと進む。

 そしてやっぱり、スカートの下まで来ると上が気になってしまうもの……。


「コラコラコラ、上を見上げるな!」


 慌てて六実がスカートを押さえる。

 けれども多々良が、そんな場面を見逃すはずがない。


「おほー、白地にピンクの水玉! 阿左美の言う通り、良いことあったわー」


 そのまま椅子から飛び降りて、多々良に馬乗りになる六実。握りしめた拳は、ワナワナと打ち震えている。


「今日は許さない、絶対に殴る」

「まて、まて、あの状況じゃ絶対に見ちゃうって。逆の立場だったら、絶対六実も見てたって」


 多々良が慌てて取り繕う。

 今日は本当に殴り掛かりそうな六実の拳を、若葉が握りしめながら仲裁に入る。


「まあ、まあ、まあ、六実先輩も抑えて、抑えて。多々良先輩も、悪気があってやったわけじゃないでしょうし……」

「この子が悪気の塊だってことは、もう若葉ちゃんもわかってるでしょ」


(でも、わたしも見ちゃったんだよね……。ピンクの水玉……)


 ――キーン、コーン、カーン、コーン……。


 昼休み終了の校内放送が、部室に鳴り響く。

 その音に部員全員の動きが一斉に止まった。


「じゃ、じゃあ、明日の放課後は午後三時集合ね。一五時十三分名古屋発のぞみ37号に乗るから、遅れないように!」


 一瞬の隙をついて多々良は馬乗りの六実から逃れると、明日の予定を一方的に告げて部室から駆け出していった……。

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