先輩、今日もイっちゃいますか？ ～女子中学生のなんちゃって旅行記～

先輩、どこでも好きな所へ連れて行ってくれるって言ったじゃないですか？

第１章 そうだ旅に出よう！

第１話 出会いは廊下で

「――ちょっとそこのあなた。無料で日本一周してみたくはない？　なんなら世界一周でもいいわよ！」

　その言葉に、突然心を鷲づかみにされたのは東上（とうじょう）　若葉（わかば）。先月この女襖（めぶすま）中学校に入学したばかりの新一年生。

　宝くじに高額当選したかと思うほどの、夢のような言葉。けれども、こんな片田舎の朽ちかけた中学校の中に、そんなおいしい話が転がっているわけがない。

　振り返った若葉の冷ややかな目に映ったのは、軽く制服を着崩した女子生徒の姿。上履きのゴムの部分が赤いところをみると、どうやら一年先輩の二年生らしい。

　若葉は声の主に向かって冷静な口調で、かといって先輩に失礼にならないように、慎重に言葉を選びながら真偽を確かめた。

「そんなおいしい話があるわけないじゃないですか、先輩。うちのおばあちゃんだったら引っ掛かっちゃうかもですけど、わたしは騙されないですよ」

「あたしは嘘なんかつかないよ。もしも興味があるのなら、ここにクラスと名前を書いて、放課後社会科室へおいで。あたしがあなたを、どこへでも好きなところに連れて行ってあげるから」

　そう言って先輩は、一枚のわら半紙をズイッと差し出す。

　絶妙なタイミングとその勢いに圧されて、若葉は思わず受け取ってしまった。きっとこの先輩にティッシュ配りのアルバイトをさせたら、効率よく捌けることだろう。

　そんなことをぼんやりと考えた若葉を尻目に、先輩は名前も名乗らず、やや長めの髪を右手で軽くなびかせると、回れ右して足早に去って行ってしまった。

（えーっ……。社会科室って何をする教室なの……？）

　一方的な先輩のペースに圧されて、若葉は茫然自失気味。

　このままじゃいけないと、慌てて先輩を呼び止めるために声を掛けた。

「ちょ、ちょっと先輩……」

「ハーッハッハッハ。待ってるわよーん」

　しかし、歩き出した先輩の足は止まらない。

　高笑いだけを廊下に残して、そのまま階段を下りて行ってしまった。

　追いかけようとしたものの、この下は上級生の教室が並ぶフロア。気後れした若葉は、追跡するのを諦めた。

　入学したてで学校のこともよくわかってないっていうのに、若葉はポツンと一人取り残されてしまった。

　やがて我に返った若葉は、手元に残ったわら半紙を眺めてみる。すると、その表面にはクラス名と名前を書く欄が印刷されていた。

　けれども、巧妙に折られたその紙を広げてみると、その全容が姿を現す。折りたたまれて隠れていた部分に印刷されていたのは、三つの漢字。

　――【入部届】。

　さらに部名の欄には、読みやすく可愛い丸い字で【机上旅行】と書かれていた。

　それを見て、若葉の頭の中にはクエスチョンマークが浮かぶ。

　欄内にある『部』の文字と合わせて読むと『机上旅行部』。机の上の旅行って言われても若葉はピンとこない。一体何をする部なのか……。

「なんじゃこりゃ」

　若葉の口から、独り言が思わずこぼれる。

　そのまま、わら半紙をクシャリと丸めて、すぐ横の教室にあったくずかごへポイ。

　若葉は理科室へ移動中だったことを思い出し、慌てて駆け出した……。

（うーん……。さっきのアレのせいで、授業が頭に入らないなー）

　理科の授業が始まったっていうのに、若葉はため息続きだ。

　小さい頃から旅行番組に目がなかった若葉は、色々な風景を目に焼き付けたい願望が人一倍強い。

　にもかかわらず、両親はといえば「忙しい」というばっかりで、どこにも連れて行ってはもらえなかった。祖母も足腰が弱っていて「遠出はしんどい」と、付き合ってはもらえない。

　だから、先輩から掛けられた言葉は嘘に違いないと思いながらも、若葉の心を揺さぶるには充分だった。

（話を聞くだけなら、被害はないよね）

　授業をうわの空で過ごして、若葉は一つの結論に至った。

　理科室から教室へ戻る途中で、さっきわら半紙を投げ込んだくずかごを漁る。

　旅行への興味と得体のしれない部活名、その好奇心に取り憑かれながら、拾い上げたわら半紙のしわを伸ばす。

「ダメもとで行ってみるかぁ……」

　若葉の口からは、再び独り言がこぼれていた。