エウロパ2009

gaction9969

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 財布とケータイだけを鞄に放り込んだことを確認すると、挨拶もそこそこに事務所を飛び出すのであった。


 出欠を示す名札をひっくり返そうとするも、慌てた震える指で自分の左右どなりの人のを、右へ左へと弾き飛ばしてしまう。


 いいから行って、と言わんばかりの後輩の視線を感じ、もつれる足で階段を駆け下りていく。途中で下から上ってきた若い女の子とぶつかりそうになり、思い切り引かれながら睨まれながらも、既に汗が浮いてきた小太りの体を前へ前へと必死で運んでいくのであった。


 陣痛の間隔が短くなってきたから、とりあえず帰って来て、と妻からの電話があったのが先ほど。


 時刻11:40。あと二十分粘れば午後半休として処理できたのだが、その二十分の遅れで何か取り返しのつかないことになったら多分一生なじられ続けることになる、と二分くらい悩んだ末に、結局全休とすることに苦渋の選択をしたばかりなのであった。


 じゃあ午前中、課長にねちねちなじられた分は何だったんだろう、と仕事とプライベートの狭間で揺れ動く、久我クガ 学途ガクト、三十歳の春なのであった。


 もちろん、嬉しくないはずは無い。初めての自分の子供。結婚も奇跡だと思っていた自分が、子供まで授かって……と内心はうおおお、と叫び出したい気分なのである。


 しかし一方では出産に立ち会うことにしてからは、自分にそれが滞りなく行えるのか、不安と緊張でないまぜの気分を、この頃は一日に何度も感じていたのであった。


 病院-家-職場はそれぞれが5分徒歩で行き着ける好立地であったものの、慌てるあまり、靴箱の扉を開け、かがんで靴を履き替え立ち上がった際に、扉の角に頭が突き刺さるような角度でぶつけてしまうのであった。うめき声を引きつった顔面の筋肉に吸収させ、それでも家路を急ぐのであった。


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