Chapter26.友情~君の想い~

 負傷した黒翼を連れて、ラン率いる“黒き救世主ダークメシア”との戦いから離脱した僕たちは、先ほどの戦場から少し離れた森の中で手当てをしていた。


「姫……」


「大丈夫……回復魔法もかけたし、安静にしていたら良くなるわ」


 心配そうなイビアに、リウが優しく笑いかける。

 黒翼の傷は出血の割に深くはなかったようで、本人の治癒力の高さもあり、今も眠ってはいるけどすぐに良くなるらしい。

 それを聞いたイビアは、安心したように息を吐いた。


「よかった……」


「……イビア、さっき……マリアを殺したって……」


 そんな彼に、アレキが言いづらそうに問いかける。

 そうだ、さっき彼は確かにランにそう叫んでいた。


「ああ……。あいつ……あいつが、ランがマリアを殺したんだ……」


 俯いてぎゅっと、拳を握りしめるイビア。


「マリアは、あいつに殺されたんだ……思い出したんだ、あいつの顔……」


「イビア……」


 泣きそうなイビアの声。

 僕たちはかける言葉もなく、彼の名前を呼ぶしかできなかった。


「……あの、バカ兄が……ッ」


「そ……んな……。あいつ……レンたちの故郷だけじゃなくて……マリアまで……!!

 マリア……なんで……ッ!!」


 ぐっと歯を噛み締めてレンが唸るように呟き、マリアの兄であるアレキも辛そうに拳を握る。

 ひどく重たい空気が、僕たちを包み込んだ。


「……イビアさんとアレキさんは、敵討ちをしたいのですか?」


 しばらくしてその空気を破ったのは、深雪だった。


「……え……?」


 突然のことで困惑するイビアに、深雪は更に問いを重ねる。


「マリアさんを殺したのが、ランさんだと判明して……なら、そのマリアさんのためにランさんを殺したいのですか?」


 首を傾げる歌唄いに、アレキが声を荒らげた。


「当たり前だ!! あいつのせいで……あいつのせいで、マリアは……妹はッ!!」


 しかしイビアは黙ったまま俯いて、何かを考えているようだった。


「それはそれでいいんだけど……ちょっと、落ち着けよ」


 ふう、とため息を吐いて、ソレイユがアレキを宥める。


「落ち着けって……!! 落ち着けるかよ! あいつが……!!」


「でしたら、黒翼さんはどうなるのです?」


 激昂するアレキに対して、深雪が冷静に彼を見つめる。


「え……?」


「イビアさんを守ろうと、身を挺してまでイビアさんを助けた黒翼さんは……どうなるのです?」


 深雪たちの視線が、横たわったまま目を覚まさない黒翼に移る。


「……イビア、アレキ。

 何で黒翼がイビアを庇ったか……わかる?」


 それまで成り行きを黙って見ていたリウが、そっと二人に尋ねた。


「……それ、は……」


「契約条件」


 思い当たることがあったのか、苦々しく顔を歪めたイビアに彼女が答えを示す。


「イビア、あなたと黒翼の契約条件は『お互いや他者を護る』こと。

 ……あなたに、死んで欲しくない……あなたを護りたい、そう思って黒翼は咄嗟に行動した……そうよね、ルー?」


 リウはそう言って、隣にいた赤毛の子供に同意を求める。


「うん。リウおねえちゃんのいうとおりだよ」


 【太陽神】は全てを慈しむように、ふわりと優しく微笑んだ。


「復讐なんてしたところで何もならない。……きっと、虚しさと哀しさしか残らない。

 イビアおにいちゃんたちはそれで気持ちが晴れるとしても、だれも救われない……きっと。

 黒翼おにいちゃんは、イビアおにいちゃんにそんな想いをしてほしくない……ただ、生きてほしいって思って庇ったんだよ」


「生きて……ほしい……」


 他人の感情がわかるルーの言葉を受け、イビアは呆然と呟くとそのままそっと眠る黒翼の傍に座り込む。


「……これからもきっと黒翼は、イビアが敵討ちをしようとする度に阻止したり、庇ったりするよ。

 ……その命をかけてでも」


 更に凪いだ海のような静かな声で夜が諭すと、やがてイビアは深く頷いた。


「……そう、だよな……。ごめん……姫……。オレ、何もわかってなかった……自分のことばっかり考えてた。

 ……オレは、ひとりじゃない……姫が、いてくれたのに……」


「イビア……」


 その様子を見ていたアレキが、驚いたように彼の名を呼んだ。


「……アレキ。オレ……マリアのことを忘れるわけじゃ、ない。あいつのことも……許せない、けど……。

 でも……復讐とか、恨むのとか……もう、やめようと思う」


 真っ直ぐなエメラルドグリーンの瞳で、イビアはアレキを見つめる。

 それはきっと、ずっと考え続けてきた過去への結論。


「オレのこと庇ってこんな怪我をした友達がいるんだ。

 もう……こいつを悲しませたくない。嫌な思い、させたくない。

 ……失いたく、ないんだ……守りたいんだ、今度こそ」


 未だ眠る黒翼の手を握り告げるイビア。

 彼は更に想いを吐き出す。


「……オレのアヴィレセクターに言われたよ。

 “大切なものが何かを理解し、いざという時に何を優先するか。それが、重要だ”って。

 その時浮かんだのは……姫のことだった。

 とっくに分かってたんだ、オレは……姫が大事だってことに」


「イビア……。……そうか」


 その静かだけどはっきりとした言葉を受けて、アレキは静かに瞳を閉じた。


「……お前がそうしたいなら、そうすればいい……」


「アレキ……!」


 そう言った彼に、イビアが大きく目を見開く。


「他人のことまでごちゃごちゃ言えないしな……。確かにアイツは許せないし、殺したいほどに憎い。

 けど……オレも、考え直した方がいいのかもな……」


 そっと自嘲気味に笑うアレキ。それを見たイビアは、黙って微笑んだ。

 ――その時。


「……う……」


 ふと、うめき声が聴こえた。

 僕たちがその方向を見やると、黒翼が目を覚まし体を起こそうとしていた。


「姫!」


「黒翼!!」


 僕たちは、一斉に彼の名を呼ぶ。

 一番近くにいた夜が、黒翼が起き上がるのを支えていた。


「姫……ごめん。オレのせいで……!!」


「イビア……俺は、大丈夫。怪我……無い……?」


 優しく微笑む黒翼。イビアはその表情を見て、泣きそうな顔で笑った。


「オレも、大丈夫だ。ごめんな……ありがとう。

 ……姫……オレが守るから。今度は、絶対に。……だから」


 途中で言葉を区切って、イビアは黒翼の手を取り、続けた。


「だから、こんな無茶……しないでくれ……。

 ――黒翼」


 過去を超えた先に見つけた、大切なたからものを教えるような声音。

 その呼び名を聞いた黒翼は一瞬驚いた表情をして……そして次に、綺麗に笑って、頷いた。


 木々の隙間からそんな彼らを見守っていた山吹色の髪の少女が、嬉しそうな……安心した笑顔で、空へと消えていく。


(イビア、どうか、しあわせに……)


 お互いがお互いを想う優しい気持ちが、二人の過去を溶かしていった。

 それは、どこまでも純粋な……――



 Chapter26.Fin.

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