Chapter21.戦闘~闇の力~

 夜を無事に保護した僕たちは、宿屋に戻ってリウたちに事の顛末を説明した。

 リウもレンもアレキも桜爛も、安心したような表情で夜を迎え入れてくれた。



「……それにしても、死んだ双子の兄の魂を宿した存在、ねぇ……」


 再び眠りについた夜を眺めながら、桜爛が複雑そうに呟いた。

 その言葉に、同じように曖昧な顔をしながらこちらを見てくる仲間たちへ、僕は混乱させてごめん、と笑う。


「それでも、あさおにいちゃんはあさおにいちゃんだよ!」


 ね! といつもの幼い笑顔を浮かべたルーに頷いて、彼らを見回した。


「なんていうか、その……これからも今まで通り接してくれたら嬉しいな……なんて」


 そんな僕に、深雪がふわりと笑う。


「私はもちろん、そのつもりでしたヨ?」


「オレもオレも!」


「うん、そりゃあな」


 イビアとソレイユもそう言ってくれて、黒翼も無言で頷いてくれた。

 リウやレン、カイゼル、桜爛、アレキからも思い思いの言葉をもらった僕は、ほっと息を吐いてから、再び笑った。



 ……僕はずっと、夜以外の人間は全て夜を傷つけるだけなんだと思っていた。

 だから、一連の事件でみんなが夜のために尽力してくれたことにひどく驚いて……そして、とても嬉しかった。

 夜の寝顔を見ながら彼に優しい言葉をかけたり、冗談を言って笑い合ったりする彼らがいるこの場所は、すごく暖かくて。

 ありがとう、と呟いたそれは、音にならなかったけれど。

 もう一度、ここから始めよう。

 夜と僕のことを信じて受け入れてくれた、大切な仲間たちに報いるために。


 だから、僕はもう……大丈夫。


 +++


 ……翌朝。

 目を覚ました夜は、みんなに「迷惑かけて、ごめんなさい」と頭を下げた。

 それでも仲間たちは怒ることもなく、それぞれの言葉で彼の無事を喜んでくれた。

 そんな彼らに目を瞠る弟に、僕は近づく。


「……夜」


 僕の姿を見た夜は、一瞬怯えたような表情を浮かべて……そして俯いてしまった。


「……っおに、……あ……さ……」


 小さな声で「お兄ちゃん」、と言いかけてから僕の名を躊躇いがちに呼んだ彼に、僕は目線を合わせて微笑む。


「“お兄ちゃん”って、呼んでくれないの?」


「――っ!!」


 息を飲んだ弟の背に手を回し、そっと抱きしめる。……あたたかい。


「……お、にい、ちゃ……」


「うん」


「おにー、ちゃ……おに……ちゃ……っ!!」


「うん。……夜。僕の、大切な……大切な、おとうと」


 ぎゅ、と控えめに僕の背を握り返してくる彼を、僕も呼ぶ。

 途端に聞こえる嗚咽と、濡れる肩。


「おにい、ちゃん……お兄ちゃん、お兄ちゃん……っ!!

 ごめ……なさ、ごめんなさい、ごめんなさい……っ!! ……ありが、と……っ」


 謝罪の後に聞こえた「ありがとう」に、僕の目頭も熱くなる。

 うん、ともう一度頷いて、僕は夜を抱く腕に力を入れた。

 ずっと彼に触れたかった。降り注ぐ暴力から、その体と心を守りたかった。

 手にした温もりを、離さない。離したくない。……もう二度と。


 +++


 その、小一時間後。

 再びホワイヴを出て、桜華おうかへと続く道とは真逆の方向へ歩いていた僕たちは、いつものように草原で魔物の群れと戦っていた。


「っだーもう! 毎回毎回しつけえな!」


 イビアが怒ったように叫びながら呪符を投げる。


「というより、日に日に数が増してきていますネェ……」


「魔物が凶暴化してるから気をつけてって、ホワイヴにいた騎士団員が言ってたけど……」


 短剣を振るいながら深雪もうんざりしたように溜め息をこぼし、ソレイユは今朝方街を出る際にかけられた言葉を思い出して、それを口に出していた。

 各街に駐在する騎士団員たちの仕事は、もっぱら魔物退治なわけで。そんな彼らの忠告は、気のせいなどではないのだろう。

 僕は目の前にいた巨大なウサギもどきの魔物を魔法で倒してから、ちらりと夜の方を見やる。

 彼は無表情のまま、ただ黙々と剣を振り回していた。

 しかしその剣は前回のような黒い色ではなく、蒼い輝きを放っている。

 リウが言うには、あの剣は『所有者である夜の感情を反映している』のだそうだ。

 僕がそんなことを考えていると、以前はリウと共に僕たちに守られていたルーが詠唱を始める。


「――“光輝く導きの意思よ,太陽の名の下に降り注ぐ槍となれ! 『ブリューナク』!!”」


 その言霊に従って、空から幾多もの光の槍が魔物たちへ降り注いだ。


「うわ……すげーじゃんルー!」


「えへへー」


 ソレイユに褒められ、ルーは得意げに笑う。


「けど……まだ減らないねぇこいつらはッ!!」


 しかし、双剣を振り翳した桜爛が言った通り、魔物たちは最初に比べて減っているとはいえ、まだ沢山の数がいた。


「これもあのセルノアとか言う半獣人ビーストクォーターの女の子の差し金ってか?」


「……ありえそうだな」


 イビアとカイゼルがうんざりしたように溜め息を吐く。

 正直、こちらの魔力も気力も随分と減ってきている。愚痴を言いたくなるのも仕方ない。


「どうでもいいことを喋ってる暇があるならとっととこいつらを片付けろ!

 ――“紅蓮の世界に嘆きの制裁を! 『クリムゾン・フレイム』!!”」


 レンがそんな二人に怒鳴り、そのまま呪文を唱える。強力な炎の渦が、魔物たちを包み込んだ。


「――“風の鎖,炎の誓約,我が剣に宿れ! 『風炎陣ふうえんじん』!!”」

 その炎に便乗するかのように黒翼も詠唱し、魔力を込めた刀を燃える魔物たちへと振り下ろす。


(ずいぶん減った、と思うけど……このままじゃ……)


「……お兄ちゃん」


 魔物たちを見回し状況を確認していると、今朝の一件以来、僕を兄と呼んでくれるようになった夜が、不意に僕に近づいて来た。


「どうしたの、夜?」


「このままじゃ、キリがない……だから」


 真っ直ぐ僕を見る、深海のように暗い蒼の瞳。

 彼の言いたい事がわかり、僕は手を差し伸べてから頷いた。


「“同化”、しよう。夜」


 その言葉に夜は少し笑って、僕の手を取った。


 ――もう、怖くなんて無い。


 閃光が止んだ後、目を開いた『僕』は僕であり夜であった。ばさりと翼を広げ、空へ舞う。


「“同化”……? けど、なんか違わね?」


 ふとイビアの声が耳に届く。どこがどう違うのか、後で聞こう。


「“完全同化アブソリュートユニゾン”……ってところね。あの二人は、もう大丈夫」


「アブソリュート……ユニゾン?」


 リウの優しい声に、ルーが聞き返す。

 そんな地上の会話を何気なく聞いてから、『僕』は魔物たちへ向かっていった。

 手に現れた剣は二つ。太陽を象った剣と、星を象った剣だった。


『――“《オブリビオン》!”』


 暗く深い闇が、地上にいた魔物たちを包み込む。どうやら僕の“光”の力より、夜の“闇”の力の方が強いようだ。


『――“全て消え去れ……!! 《デストラクション》”!!』


 ネズミのような姿をした魔物を切り裂きながら唱えた魔法に、他の魔物たちも飲み込まれていく。

 気がつくと魔物たちは全て消え去っていて、静かな平原に戻っていた。


「すごい……あっという間じゃないか……」


 桜爛が呆然と呟いたのを聞きながら、ふわり、と地上へ降り立った。


「今は夜の力の方が勝っているけど……バランスが取れたら言うことなしね」


 “同化”を解除した僕たちにリウがにこやかにそう告げる。

 それにこくりと頷いて、疲れた顔をしている夜を支えながら僕はさっき疑問に思ったことを尋ねる。


「そういえば……さっきイビアが『何か違う』って言ってたけど、どう違ってたの?」


「あ、そうそう、見た目が違ってたんだよ。翼の色が白と黒になっててさ」


 その問いにイビアが答えてくれ、他のみんなも同調した。

 夜と顔を見合わせ、二人でなぜだろうと首を傾げていると、レンが教えてくれた。


「“同化”ってのはお前らの気持ち次第で見た目が変わるからな。

 今はお前らの気持ちがバランスよく一体化していたからあの見た目になったんだろう」


「よくわかんねぇけど……なんかすごいな」


 ソレイユが興味深そうに僕たちを見る。

 誉められるのは僕も慣れてはいないので、どこかくすぐったく感じた。


「すごい……のかな?」


 僕がそう苦笑いを浮かべると、謙虚だねぇ、と桜爛が僕と夜の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 その様子にみんなが笑って、和やかな空気が辺りを包もうとしていた……。

 そのときだった。


「さすがだね、“双騎士ナイト”」


 レンに似たような声が、唐突に僕たちの背後から響いた。


「あれだけいた魔物たちを倒してしまうだなんて……。

 ふふ、そうでなければ楽しくないけれどね……?」


 独特な口調に僕たちが振り向くと、そこにいたのは。


「久しぶりだね、レン」


「……ラン……ッ!!」


 その声の主を見て怒りに満ちた表情をしたレンと、彼によく似た容姿の青年だった……。



 それは、止まらない悲劇の発端。加速する、物語。



 Chapter21.Fin.

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