Chapter20.覚醒~太陽の名の下に~
「夜……ッ!!」
雪深いホワイヴの街を、僕たちは駆ける。白の中に浮かぶ黒を追って。
「いたか!?」
「いいえ……」
イビアと深雪が会話を交わす。
あれから宿屋を飛び出していった夜は、この白銀の街に紛れてしまった。
「夜……っ! どうしよう、僕のせいで……っ!!」
目の前が涙で滲む。息が、上手く出来ない。
「しっかりしろ、朝!」
「まだ遠くには行ってないはずだから……手分けして探せば見つかるって」
カイゼルとソレイユが励ましてくれるけれど……もしも夜に、何かあったら……?
僕は悪い方へと考える頭を振って、顔を上げる。
――……もう傷つけないと誓ったんだ。また彼に辛い思いをさせてしまったけど……きっと、僕たちはやり直せるよね。
大丈夫だと、今はただ、信じていたい。
「よるおにいちゃんッ!!」
思考の渦に嵌まっていた僕を戻したのは、幼い声……ルーだった。
みんなが彼の視線の先を見ると、黒い服を纏った少年……夜が怯えたようにこちらを見ていた。
「夜……ッ!!」
近づこうと駆け出した僕を拒絶するように、夜も走り出した。だけど、今度はもう見失わない。
+++
入り組んだ路地裏を駆ける僕たち。いつの間にか雪は止んで、夜を追いやすくなっていた。
「……のっ、どこまで行く気だ!!」
カイゼルがイライラした様子で叫ぶ。
彼の言うとおり、夜は路地裏の奥へと走っていく。まるでこの場所を知っているかのように。
そうしてしばらく走っていると、狭い空間にたどり着いた。いわゆる行き止まり。その場所に、夜はいた。
「夜……ッ!!」
何度目かわからない彼の名を呼ぶ。夜は恐怖の色を宿した瞳で僕たちを見た。
頼りなさげな街灯の炎が、彼の姿を照らしてくれる。
「よるおにいちゃん、こわがらなくていいよ。だいじょうぶだよ」
ルーが夜に声をかける。けれど彼は真っ青な顔を俯かせて震えるだけだった。
「夜……」
そっと、僕は夜に近付く。ひゅっ、と息を飲む音が聞こえて、僕は少し切なくなった。
――ここまで夜を怖がらせてしまったのは、僕なんだ……。
もう傷つけないと誓ったばかりなのに。
けれど今ここで諦めてしまったら、もう二度と夜と分かり合えない気がして。
僕が再度夜を見ると、彼の怯えきった瞳から涙が溢れた。
「よ……」
「ごめ……なさ……ッ。ごめ、んなさい……ッ!!」
慌てて声をかけようとすると、夜の口から謝罪の言葉が漏れた。
「……夜」
「お、にー……ちゃ……っ。ごめ……なさ……っ」
ボロボロと涙を流す夜を、僕は力いっぱい抱き締めた。
「う……っ。おれ、よるの、せいで……おに、ちゃ……っ」
「夜、違う、違うよ……。君は何も悪くないよ」
未だに降り続く雪のせいで冷たくなった身体を抱き締める力を強める。僕の温もりと共に、想いが届けばいいと願って。
「ごめんね夜、辛い思いさせて。悲しい思い、させて……。
夜、夜……それでも君は、僕の大事な……」
泣きじゃくる夜に、僕はごめん、と謝る。
震えながら僕にしがみつく弟の姿に、どうしたら泣きやんでくれるだろう……僕の気持ちが届くのだろう、と考えていると、不意にルーが僕たちに近づいてきた。
「夜おにいちゃん」
彼はそっと夜と僕の手を取る。大切なものを、託すかのように。
「朝おにいちゃんは、夜おにいちゃんを恨んだり責めたりなんてしていないよ。……わかるでしょう?」
その瞬間、子ども特有の柔らかな掌から感情が伝わる。怯えきったそれは、夜のものだ。
ならばきっと、ルーの……【太陽神】のチカラで、僕の感情も夜に届いているはず。
そう思ってルーを見ると、彼は軽く頷いた。
「……ね? 朝おにいちゃんは夜おにいちゃんのことが、大切で大好きなんだよ」
優しい声。夜は涙で顔を濡らしながらもルーを見た。
優しいオッドアイの瞳。夜が、口を開く。
「……うそ、だ」
「嘘じゃないよ」
首を振った夜を、ルーはそれでも瞳をそらすことなくじっと見つめる。
「うそ、だ。だって……だって、どうせ、誰もよるのことなんて!!」
「……夜」
その慟哭が悲しくて切なくて、ぎゅっと夜を掻き抱く。
もっと早く君に出逢えていれば、ここまで傷付けずに済んだのだろうか。
「っいまさら……!! 今更やさしくしないでよ!! わかんないよ!!
生まれてきちゃいけなかったって、そう言われて……なのに、こんなの……。
こわい、よぉ……っ」
ぐちゃぐちゃになった夜の負の感情が、僕の心に突き刺さる。
つらい、くるしい、きらい、こわい、いたい、いたい、しにたい……生きたい、助けてほしい。
見つけた彼の想いに届くように、僕は抱きしめる力を強くする。
「……夜……っ!」
「……ねえ、夜おにいちゃん。もう怖くないよ。痛くないんだよ。みんな、優しい夜おにいちゃんが大切だから。
おにいちゃんを傷つける人なんて、もうどこにもいないよ。嫌なことはぜんぶ……終わったんだよ」
やさしい声音で語る【太陽神】は、見た目の幼さとはかけ離れたような大人びた微笑をふわり、と浮かべる。
「僕が、おにいちゃんを導くよ。
だから、ゆっくりでいいんだ。一緒に過去を乗り越えよう?」
そう言って笑うルーは、きらきらと輝く光を纏っていて。
――太陽の、光だ……。
夜がそう呟いたのが、聞こえた。
「……【太陽神】として完全に覚醒したのか、ルー……」
カイゼルの言葉に、ルーは彼の方を向き、安心させるように頷いた。
「……ね、夜おにいちゃん。もう……怖くないでしょう?」
「……こわ……く、ない……」
その光に触れた夜が軽く頷いて、ぎゅっと僕に抱きつく。今度は僕や深雪たちがルーを見た。
「……何が起こったんだ……?」
わけが分からない、というように、イビアが子どもに尋ねる。
「僕のチカラを媒体にして、夜おにいちゃんの心にあった負の感情を、朝おにいちゃんやみんなの想いのチカラで相殺したの」
「そんなことができるのか……」
ルーの説明に、すげえな、とソレイユが呟いた。比較的落ち着いてきたらしい夜の背中を、僕はそっと撫でる。
「でも、これは夜おにいちゃんが朝おにいちゃんやみんなを信じようとしてくれなきゃできないんだよ。
助けてほしいって……お兄ちゃんが僕たちに手を差し出してくれたから、できたことなんだ」
「……つまり、今の夜は俺達を信じようとしてくれてるというわけか」
そう言って夜を見た黒翼に、ルーがこくりと首を縦に振る。
「……きっと、もう大丈夫」
ルーが僕と夜を見て、朗らかに笑う。僕もルーにありがとう、と笑い返してから、弟に声をかける。
「……夜」
「……な、に?」
泣いたせいで赤く腫れてしまった瞳で、夜は僕を見つめる。ああ、宿に帰ったら冷やしてあげなければ。
「いつかまた、君が笑ってくれたら……僕はそれだけで幸せだよ、夜」
寒いけれど、触れて伝わる温度がひどく温かい宵闇。
再び降り始めた雪が、月の光に反射して僕たちを包んだのだった。
Chapter20.Fin.
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