掌編アラカルト(習作多め)
乙亥 穂積
今日、勇者が死んだ。
ある日のことでございます。
神父様が教会にある祭壇の前に立ち、母なる神へ祈りを捧げていると、正面のドアが勢いよく開きました。
振り返ると重そうな棺を引きずった少女が、神父様へと近づいて来るではありませんか。
「これはいったいどうしたことか」
神父様は少女に聞きます。すると彼女は、これまでのいきさつを話し始めました。
「魔物との戦いの中で勇者様が命を落とし、その棺を引きずって、ここまで必死に逃げ出してきたのです。蘇生をお願いしたいのですが、途中で財布や財宝を落としてしまいました。無茶は承知していますが、どうか、無償でお助けいただけませんか?」
神父様は困りました。神の奇跡を発現するために、相応の寄付を要求することは、この世界の
世界の創造主が記した聖典――『プレイヤーズガイド』の23ページ、「街の施設」の教会の項にも、そう書かれています。
当然、少女もそのことは分かっていました。
「どうか勇者様をお助け下さい、なんでもしますから、お願いします!」
けれど、それを承知の上で、少女は何度も頭を下げ、神父様に訴えます。その姿には、雨に濡れたチワワのような哀れさを覚えるほどでした。
神父様は悩みました。もしこれが四十を過ぎたオッサンだったらきっと、「この背教者め、出ていけ!」と蹴り出していたでしょう。
しかし今、自分の目の前にいるのは少女。
神父様はその懸命な姿に、心を打たれました。そして、こう告げました。
「分かりました、特別に祈祷を行いましょう」
少女はホッとしたのか、その場にへたり込んでしまいました。
神父様が棺桶の蓋を開けると、その中では憎らしいほどの笑顔を浮かべた少年が死んでいました。死の直前に、「また誰かに蘇生してもらえる」という考えが脳裏によぎったのでしょう。
(ああ、ぶん殴りたい)
神父様はふと湧いた思いを腹の底へぐっと押し込めると、神に向けて、祈りを捧げ始めました。
そして、教会の中が暗くなったと思うと……
勇者の遺体に向かって、特大の雷が落ちました。
というのも、この世界の神は本来超がつくほどの個人主義者で、自分の予定を邪魔されることを何よりも嫌ったのです。彼らが人間を助けることなど、本来はあり得なかったのです。
そんな彼らがなぜ、人間に力を貸してくれたのか。
人間達は普段から「お金」という捧げものをしていたからでした。この世界における「お金」は神の心すら動かす、万物の根源だったのです。
『プレイヤーズガイド』の7ページ、「世界説明」のゴールドの項にもそう書かれています。
この雷は世界の理に反した者への罰であり、「タダ働きなんて誰がやるか!」という、神からの返答でした。
後日。
消し炭になった勇者を埋葬することが、正式に決定しました。
《完》
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