Rock'N'Roll Coffee Machine
藤原キリヲ
Chapter0 藤野林檎
藤野林檎 その1
……青春だとか、趣味だとか、思想だとか、生き方だとか、
そういった色々なものに追い立てられたりなんかして、人は唐突に何かを創ること、表現することをはじめるわ。
時代は進んだの。今や誰もが好きに作品を創り、描き、奏で、自分を表現できるアーティストたちになった。一億人のうちの一部分。決して少ない数じゃない。
そして、その少なくない数のみんなは、みんながみんな子羊たち。迷える哀れな子羊たち。
みんなそれぞれの――改めて言葉にしなおす必要はない程度には軽い――事情があって、創作活動なんて面倒なしがらみに取り憑かれてしまった可哀想な子たちなのよ。
ああ、なんて可哀想な少年少女たち。
――「創作活動」だなんて、今や世に言う厨二病(私だって流行語くらい使うわ)なんかよりよっぽどくだらなくてややこしい病気を患ってしまった所為で、みんながみんな、だめになっていくの。
でも、見るも哀れ、語るも哀れなみんなは口をそろえて言うの。
それが素晴らしいことで、かけがえのないものだってね。
嫌だわ。本当に。なんて恐ろしく度し難い。
人間の表現に対する欲深さというものなのでしょうね。
Rock'N'Roll Coffee Machine
それは、ベーシスト泣かせの季節だったわ。
湿度と温度がやけに高くて、張り詰めた美しさを信条とする私にとっては優雅に振る舞いにくい気候だから。
そう、私は音楽家。今風に言うならバンドマンね。
徒党を組んで楽器を操る、街角のアーティスト。流しの歌うたい。
この街のライブハウス事情に詳しい人に聞いてみるといいわ。
彼らに言わせれば、私の腕前はまあまあ。見た目もまあまあ。人気もそこそこ。
……ええ、悪くない評価だわ。
でも、ここ最近、私の調子は最悪だったの。
ライブ前だというのに気持ちもいまいち高まらないし、いざ楽器を弾いてもなんだか全然しっくりこない。
最初は季節柄だと思ったわ。その日の気分だとも思った。
でも違ったの。本当は自分の所為なんだって、すぐにわかった。
私が思い描く一人前のミュージシャンなら、こんな不調、ありえない。
――困ったわ。近頃の私ときたら、まるでぬけがらみたいなのよ。
そんな悩みも口にした。
だというのに、私たちの演奏にお客はみんな大喜び。割れんばかりの大歓声、拍手喝采。
それがますます納得がいかない。私はこんなにもフヌケているのに、彼らはいったい何をそんなに喜んでいるの?
彼らはいったい、私の何を見ているの?
いえ。むしろ、私は、彼らに、いったい何を見て欲しいの?
……その自問が、答えを導いてくれたわ。
私ね、本当はアイドルになりたかったのよ。
モノを作ったり、表現したりっていう行為には、喜びと苦しみがつきものだわ。
私だってそう。嬉しいと感じる時もあるし、悩むこともある。
その頃はちょうどそれが目立ってある時期だったの。
私、人から褒められるのって好きだわ。
それがウソでもお世辞でも、今の自分には過ぎた評価でも、嬉しいの。
だって、そうされると、自分が本当にそうであるように思えてくるから。自分が自分の理想に近づいていくような気がするから。
みんなが私を讃えてくれると、その言葉ひとつひとつが自然と私を美しく高めていくような、そんな気がするの。
それって、とても素敵なことだわ。
だから私は楽器を持ったわ。
楽器を弾いて、歌をうたう女の子って素敵でしょう?自分もそうなりたいと思ったの。
そうして練習を繰り返してきて、今ではその通りの素敵な女の子になれているって自覚があるわ。
私は美少女だし、歌声は澄んで綺麗だし、演奏の技術だって悪くないわ。
無論まだまだ未熟だとは思うけれど、道行く人を惹きつけてそのまま魅了してしまうぐらいの音楽はやれているつもりよ。
ちなみに楽器はベースを弾いているわ。
落ち着いた私の風合いによく似合っていると思ったし、みんなそう言ってくれている。
それに、自分の指で弾き出されるあの低音は、他の楽器と違ってとてもセクシー。
……そんな、薔薇色の私が感じていた不調の正体。
気づいてみれば実に簡単なことだったわ。
なんのために音楽をやっているのか。それを忘れてしまっていたのよ。
近頃の私たち、それなりに評価されてきたわ。
チケットは完売御礼。ライブは毎回ホール一杯の大盛況。自主制作のCDの売れ行きも好調。
だからそれなりに忙しい。さしもの私も、優雅に振る舞う余裕をなくしてしまう程にね。
……なんて迂闊なのかしら。目的と手段の履き違えとはこのことだわ。
私は多忙のあまり、自分がなんのために音楽をやっているのかをすっかり忘れてしまっていたの。
私にとって音楽とは、仕事でも、生き方でもない。
細かく言えば趣味ですらない。
それは、「おしゃれ」のようなものよ。
私が抱く私の理想像を支える、一つの要素に過ぎなかったの。衣服や装飾品と、認識的にさしたる違いはないわ。
だというのにそれを大目的であるかのように振り回されて、元々自分がどういう人間であるかもわからなくなってしまうだなんて。
私にとって音楽は、自分を美しく見せるためのたしなみ。
その結果、みんなが私を褒めてくれれば、それだけでよかったのね。
だから、私ね、本当はアイドルになりたかったの。
みんなが私を褒めそやしてくれるから、私は音楽がとても大好き。
……私のことを、凛としていていかにもアーティストだと思っているファンの人たち(そういう評価はよく聞くわ。本当よ)にこれを言ったら、怒られてしまうかしら?
だから黙っておきましょう。思い出せたのは嬉しいけれど、内緒なの。
あまり過度に一方的なイメージを押し付けられても困るけれど、そういう超然とした雰囲気を持たれていることは私も気に入っているわけだし。
愚かで潔い私自身の話はこれでおしまい。
次は誰の話をしようかしら?
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