ウラバナシ3
札幌駅へ直に転移。少年はここに来るはずだ。……今度こそは驚かせない。
でもどうしたらいいだろう?
「ん……」
こういうときこそ、頼れる友人に相談だ。
リーネアに相談したら『足撃ち抜けば引き留められるんじゃ?』と言われることうけ合いなので、シェルに電話をかける。
「もしもし!」
『こんにちは、ひぞれ』
彼は電話が苦手だ。手短にしなければ。
「人を追いかけているんだが、あんまり驚かせたくない。どうしたらいい?」
『何してるんですか……?』
「ん……むう」
説明の時間も惜しい。
もどかしがる僕の様子を察してか、シェルはため息をついてから話を切り出してくれた。やっぱり優しい。
『……相手の逃走手段は…………まあ、不明でいいです。あなたの追跡手段は転移しかありませんよね。それを使うとなれば、驚かせないことはほぼ不可能なのでは?』
「うん」
僕では思いつかないのでシェルに相談している。
彼は有事においてとっても頼りになる友人なのだ。
『…………。頻繁な待ち伏せより、相手が落ち着いて話を聞ける環境をめがけ、ピンポイントに転移するのが良いと思います』
「む」
『それで逃げられたら、届け物は郵便にしなさい』
「……」
言った覚えがないことを知っているのは、彼の特徴。
さっきの逃走手段については、説明が長くなるから端折ってくれたのだろう。気遣いのできる有能な友人だ。
……でもやっぱり、背筋は冷える。夏に丁度いい恐怖だ。
『あなたは相手を怖がらせることをしました。きちんと謝罪をしなさい。……あと、一点に賭けるのは、追いかけ続けるよりはマシ、です』
では、と電話が切られた。
「さすがシェル。アドバイスが的確だ」
――*――
札幌に到着してまだ二日目。
あの子は早速何をしているのか。
「……」
あちこちに首を突っ込む習性は昔から変わらない。
300歳も近いのだから、もう少し落ち着いてほしいものだ。
「ひぞれ、なんて?」
アイスを食べながら俺に寄り添っていた妻の問いに短く答える。
「スーパーで出会った少年に届け物をしようとして逃げられ、追いかけ続けたせいで怖がられているそうだ」
「うーんと……札幌の初日で、だよね」
「ああ」
「……なんだか大変だね」
スマホを置いて、灼熱したような色合いの妻の髪に触れる。柔らかい。
「ん。……ふふ」
出会ったときから変わらず愛おしい。
「たぶん、ひぞれを追いかけて北海道に行くことになると思う」
「あら」
「留守を頼む」
「予知でもしたの?」
「姉から電話が。『土産は蟹が良い』と」
『お代を払うのでタラバを頼む』とだけ一方的に告げて切った。
機械が苦手な俺への配慮だとはわかっているが、それはさておき腹立たしい。姉と話すと些細なことで心がささくれ立つ。
「蟹かあ……北海道なら美味しいんだろうね」
「海鮮は折を見て買ってくるつもりだ」
札幌にも海産物はあるだろうが、新鮮なものとなれば、より海に近い港町で買った方がきっと美味しいはずだ。
「他にリクエストは?」
「チョコレートがいいな。前にお母さんが買ってきてくれた味の」
「買ってこよう」
俺の母が札幌に仕事で行ったとき、俺と姉のそれぞれの家にチョコレートを買ってきてくれた。有名店らしい。
子どもたちや兄弟たちの分もそこで買おう。
「お姉さんと仲良くした?」
「もちろんだ」
姉も俺と話すと腹が立つ。
なので、電話が切れる前に『土産は姉の家に直送する』旨を伝えておいた。
「俺たちほど思いやりのある会話をしている双子はいない。正味30秒で電話を終えた」
互いを尊重しあって短いやりとりで済ませている。
「……あなたも頑固ね。母さん心配してたよ?」
母が心配しているのはわかっているが……
対策として、母の前でだけ当たり障りない関係であると偽装するとか、協定を結んで必要最低限の会話に収めるようにするだとかが考えられる。
それについて切り出そうとすると姉と会話する羽目になってしまうので、結局は改善できていない。
「何でこうなの……」
「母様のところに行くと、必ず姉と鉢合わせを……」
姉と鉢合わせないように細心の注意を払っているのに、子どもたちを母に見せに行くなどしたときは確実に姉も来る。
双子だからか。
ふざけるな遺伝。
科学においては男女の双子は遺伝子がイコールではないが、魔術においてはそんなことは関係ない。異種族であればなおさらそうで……ほぼ存在ごと等号で結ばれているようなものだ。
「理不尽な怒り抱いてないで。……きょうだいだからって必ず仲良くしなくちゃいけないって思ってるわけじゃないの」
「ではこのままで」
「……私が言いたいのは、一度くらい話し合ってからお互い嫌いあってよってこと」
「……」
「初顔合わせの時、一目見ただけですぐ『嫌い』って言っただけだから」
俺が一目見て分かったように、姉も一目見てわかっている。
自分の片割れより嫌いな存在はこの世にいない。
「?」
妻が抱き着いてきて思考を止める。服から柔軟剤の匂いが香った。
「……アネモネ」
こちらでは花の名。
元居た世界では――
「変なこと話してごめん」
愛しい妻は、俺が伸ばした手を祈るように取って微笑む。……こうされると、妻の言葉を受け止めるしかなくなる。
「お姉さんとはまた今度ね」
「う……」
今度も何も、俺としてはそれが永遠に来ないことを願うばかりなのだが。
「まずは、ひぞれとリーネアによろしく」
「わかっている」
「どうせ迷惑かけるだろうから、最初からお土産きちんと持って行ってね。前払い」
「……」
その後、菓子折りの紙袋とともに説教も頂いた。
「あなたは自分と他の人の違いがわからないから、ざくざくと人を傷つけていくよね。わざとじゃないし、あなたも苦しむことがあるのは知ってるけど。傷つけていいわけじゃないのよ。他人に絡まれても酷いこと言ったら駄目よ」
「……」
「それにね。ひぞれとリーネアはあなたのこと知ってくれてるけど。あの子たちにも酷いこと普通に言ってるの。許してくれてるのはあのふたりがあなたに慣れているからであって、言葉の鋭さは全然変わらないよね。わかる?」
「はい」
「あと、わかってるからって勝手に相手の個人情報把握するのどうかと思うの。把握しちゃってたとしても、相手を怖がらせないようにするのも大切でしょう?」
「……はい……」
その他にも、アネモネからの耳に痛い忠言を受け取る。
俺の性格、性質、ふるまい……事細かに指摘し、改善できるようにと言葉を紡いでくれている。妻からのものならばありがたくも嬉しいのだが……突き刺さる鋭さはそれとは別物だ。
「……でね。公共の場でやらかしたら、責任者の人にきちんと謝るんだよ。わかった?」
「はいとても」
コンプレックスを突かれるかのような説教だった。
泣きたい。
「お土産は忘れないように持ち歩くこと」
「はい」
虚空に落とし込む。
リーネアやその父が持つ“武器庫”ほどには広くないが、紙袋程度なら余裕で入る。
「いつ出発するの?」
「ひぞれがホテルかどこかに落ち着いてからにする」
あの子は簡単に移動し続ける。
リーネアの方は弟子の少女が落ち着くのを待った方がいい。
屋内でなければ俺が落ち着かないので、出来ればどちらかの拠点で顔を合わせたい。
「わかった」
「それまでのんびりする。末っ子たちと遊ぼう」
「! うん」
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