第10話 天災バガボンド

「ところでシショー」

 開口一番、マナちゃんが猫なで声で話しかける。

 声の調子は字面では判別できないが、多分音の高さが半オクターブほど上がっている。

「口噛み酒っていわゆる神事で、巫女さんとか生娘がやってるイメージッスね」

「そうだね。時をかける少年の映画でも若い姉妹がやってたね」

「だから村の若い娘たちを集めてくるのは人数が必要だから良いんスけど、目の前に居る若い娘には要請はないんスか!?」

 そういってマナちゃんは巫女服に早着替え。

 そして神楽っぽい演舞。

 決して盆踊りに見えるとは言ってはいけない。

 またアメノウズメからのシットロト踊りになりつつあるので早めに手を打とう。

「うーん……今回はちょっとマナちゃんには難しかったかなぁ」

「んなっ!?」

 謎のポーズのまま固まってしまう。

 そしてゆっくりと体勢を整え、丁寧な仕草のまま一歩一歩近づいてくる。

 あれ、気のせいかな。

 背景に灼熱の炎が見えるよ?

 迫りくる影の面は般若か鬼神かな。

「なんでマナちゃんじゃダメなんスかっっっ!!! 穢れてるんスかっっ!!?? 清らじゃないと! うら若き乙女じゃないと思ってるってことッスかっっっ!!!???」

 思いっきり胸ぐらを掴まれ、涙目で訴えかけられる。

 ぐわんぐわんと頭は揺さぶられ、脳みそはプリンになってしまった。

 ああ、お花畑が見える…………。

 口から魂を吐き出して昇天してしまった私の魂の首根っこを握りしめ、マナちゃんは無理やり私の口の中に押し込んだ。

 ここまでまったく無駄のない動きである。

 その手練……慣れているのか!? 慣れているんだな!?

 私は自分のそんな無残な光景を雲の上から見ていたのだが、魂が戻されてからは俯瞰ではなく確かに私の瞳から見た景色に戻されていた。

 多分餅を喉につまらせた老人の感覚に一番近い。

 俯瞰のまま天国へ旅立つのだろう、きっと。

「――っ、ぁっ……」

 声が、まったく、出ないよ?

 酸欠状態から復帰するのにしばらくの時間を要した。


「って、ぷはぁ。ゲホッ、っああー……」

「シショー、大丈夫ッスか!?」

 今度は両肩をしっかり固定して下から覗き込むように見上げるマナちゃん。

 同じ失敗は繰り返さない。

 四人くらいに見えていた彼女が一人に戻ってきたのでそろそろ脳も復活してきたのだろう。

 残念ながらギャグ漫画ではないので死んでも改行したら元通りなんて都合の良い展開にはならないのだ。

 正気を取り戻すまでの過程をこんなに主観的に説明混じりに行う作品もあまりない思うけどな。

「あー、あー。……えっとね、マナちゃん。若い娘や子供が選ばれるのにはちゃんとした理由があってね。昔の人の死因で最も多かったのは虫歯と言われているんだ。治療方法も確立していない時代、そのまま菌が繁殖して死んでしまったと言われている。だから虫歯などの細菌が繁殖していない可能性の高い子供とかに口噛み酒をさせていたっていう合理的な理由があったんだ。……マナちゃんいつも甘いもの食べてるでしょ。だからあえて頼まなかったの」

「そ、そうだったんスか……! そんなこととはつゆ知らず、シショーを天国へ、いえ高天原送りにしてしまったとは……」

「いや、そこまでは逝ってない」

 多分。

「猛省ッス!!」

 口は三角、手は敬礼のまったく反省しているように見えないいつものポーズ。

「さらに猛省ッス!」

 口は閉じて舌だけ出して目線は右上、どこのマスコットキャラクターだ。

「これは激おこと激おこぷんぷん丸くらいの程度差があるッス」

「非常にわかりにくい!」

 もはやインフレ起こして、駅前のティッシュ配りを自分だけスルーされた程度でムカ着火ファイヤーくらいの扱いになってるだろあれ。

「いや、最初に説明したら良かったんだ。ちゃんと言わなかったわたしも悪いんだ」

「シショーは慈悲深すぎるッス。仏より心が広いッスね。にこにこぷんぷん丸ッス」

「どこの幼児向け番組だ」

「すっかり元通りッス。一安心ッス」

 ツッコミの速度が正気のバロメータなのか。

 SAN値は常にピンチ。

「でも、なんだかこの作品加齢臭がするッス」

「そこは年齢層高めとか言って!」

 表現が直接的すぎる!

 もっとオブラートに包むということを知るべきだこの娘は。

 前回年齢層が高いって表現で上手く逃げていたはずなのに!


「と、いうことで」

 手をぽんと叩いて仕切り直し。

「村の人達には口噛み酒を作ってもらうとして、その間に何か対策を考えないといけないな」

「天気を操って何とかするしか無いッスね」

「まだ執筆同時は公開されてない映画の話はやめなさい」

 あれだけ売れた次回作とかプレッシャー半端ないだろうな。

「てるてる坊主でも吊るすッスか? あ、それじゃ晴れちゃうッス」

「そういえば」

 わたしは家の壁に立てかけられている箒を見て思い出した。

「てるてる坊主は元になった話があって、確か中国の『晴娘チンニャン』って名前の女の子が嵐を鎮めるために天の神様に嫁入りするんだ。その故事があって、雨の日は箒を持った女の子の切り絵を門にかけて晴れを祈願するってのがてるてる坊主として伝わったらしい。『掃晴娘サオチンニャン』とも言われているみたいだね」

「箒は雲を散らすとかそんな意味合いなんスかねー」

「そうかもね。魔を払うというか、悪いものは何でも掃いてしまう役割なのかな」

「じゃあ箒をもっとジャンジャン作るッス!」

「といってもなぁ……。持ち手の竹はあるけれど、木の枝がもう残ってない」

「代わりはいくらでもあるッスよ?」

 そう言ってマナちゃんが取り出だしたるは稲穂だった。

 稲扱きの終わった残りだが、確かに束にしてくくりつけたら先の柔らかいタイプの箒に見えなくもない。

 作ってみるとそれなりの見た目に見えた。

「これならレレレのおじさんごっこがいつでもできるッス」

「いや、別にやりたくない……」

「じゃあレレレのおじさんの隠された悲しい過去でもするッスか?」

「何それ超気になる」

 なぜ常に掃除し続けているのか、長年の謎が解き明かされるのか!?

「チューラパンタカっていう人はお釈迦様に言われたとおり、毎日掃除をしながら教えを唱えていたらやがて悟りを開いたっていう言い伝えがあって、レレレのおじさんはその人がモデルと言われているッス」

 違った。

 もっと深い話だった。

 決して子沢山だったから家の掃除が大変で、子どもたちが巣立ってからも習慣がやめられなくて掃除を続けているだけの変わったおじさんではなかったのだ。

「この箒、所々に稲が残ってて振ったらポロポロ落ちるッス」

 おいおい、役に立たない箒だな。

 掃除するはずが手間を増やしてるじゃないか。

「魔除けとして戸に立てかけるッス」

 マナちゃんはあまり気にする素振りもなく箒を作り続ける。

 実用性はこの際気にしないでおこう。


 ……今更ながら、巫女服マナちゃんと竹箒って親和性高いな。

 賽銭投げて拝みたくなってくる。

 巫女さん拝むのも変な気がするが、そもそもここは神社じゃないからセーフ。

 ということで、南無南無。

「むっ、シショー! お寺じゃないんだからちゃんと柏手を打つッス!」

 即座に見抜かれた。

 仕方ない、ちゃんと二拍手。

 手を叩く度に謎の決めポーズを取る。

 撮影会か。

「おっ、やっぱりKNH48に入りたいなら大歓迎ですぞ」

 黙れアシナヅチ。いつの間に。

 大学のサークル勧誘よりもしつこく付き纏われつつも、口噛み酒と魔除けの箒作りは着々と進んでいった。

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